第51話 喋る影
前書き
壊れた存在は、
ただ暴れるだけではありませんでした。
もし。
そこに“言葉”が残っていたら。
それはもう、
ただの怪物では済まなくなります。
⸻
グランヴェイル東水路区画。
夜霧が流れていた。
石造りの水路。
古い橋。
濁った水。
そして。
赤い光。
ヨランダたちは屋根伝いに移動していた。
灰狼の連中も真剣な顔だ。
ピップは必死についていく。
「ちょ、待っ……都会の屋根怖っ……!!」
ディンが呆れる。
「よく今まで旅してこれたな」
「基本ノアがなんとかしてた!!」
ノアは前方を見ていた。
気配。
多い。
「……十三」
灰狼の弓手が顔をしかめる。
「増えてるな」
だが。
数より問題なのは。
“声”。
風に混じって聞こえていた。
『……いたい』
『……さむい』
『……どこ』
ピップの顔が青くなる。
「うわぁ……」
ヨランダの目が細くなる。
「前はここまで喋らなかった」
ベラスが震えた声で言う。
「適応が進んでいる……?」
ノアは止まった。
前方。
広場。
そこにいた。
⸻
壊れた存在たち。
⸻
以前より“人間らしい”。
歩き方。
視線。
動き。
まだ壊れている。
でも。
前より“人”に近い。
その中央。
一人の女が立っていた。
長い髪。
破れた服。
赤い目。
だが。
真っ直ぐこちらを見ていた。
「……いる」
女が呟く。
ヨランダが剣へ手をかける。
「来るぞ」
だが。
女は動かなかった。
代わりに。
「……かえりたい」
空気が止まる。
ピップの顔が引きつった。
「え」
女の目が揺れる。
「……おうち」
周囲の壊れた存在たちも、低く呟き始める。
『……かえる』
『……いたい』
『……さむい』
灰狼の若い剣士が後退った。
「なんだよこれ……」
ノアは女を見る。
残っている。
まだ。
完全に壊れていない。
ヨランダも気づいていた。
だから。
剣を抜けない。
その時だった。
ゴォン――
鐘。
遠く。
街の地下側から。
女の顔が歪む。
「……あ」
次の瞬間。
赤い目が激しく光った。
暴走。
「散れ!!」
ヨランダが叫ぶ。
壊れた存在たちが一斉に飛び込んできた。
⸻
戦闘が始まる。
狭い水路区画。
石橋。
足場が悪い。
灰狼が迎撃。
盾。
槍。
連携。
だが。
以前より動きが読めない。
壊れた存在たちは、避け始めていた。
「避けた!?」
弓手が叫ぶ。
「学習してるぞ!!」
ヨランダが高速で踏み込む。
細剣。
首筋。
急所。
だが。
女型が防いだ。
ガギィン!!
ヨランダの目が変わる。
「……嘘だろ」
壊れた存在が。
剣術みたいな動きをした。
「危ない!!」
ノアが割り込む。
女型の腕を掴む。
その瞬間。
女がノアを見た。
「……おなじ」
ノアが止まる。
「?」
「……ひとじゃない」
内部が軋む。
ノアの目が揺れる。
女型が笑った。
壊れた笑顔。
「……こわれる」
次の瞬間。
女型の口から黒い液体。
暴走。
異常加速。
ノアごと石橋を突き破った。
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水路へ落下。
ドォン!!
水飛沫。
冷水。
ノアはすぐ立ち上がる。
だが。
女型は四つん這いで壁へ張り付いていた。
完全に人間じゃない。
赤い目。
裂けた口。
でも。
涙だけが流れていた。
「……たすけて」
ノアの動きが止まる。
女型が頭を抱える。
「いたい」
「やめて」
「きこえる」
鐘。
地下。
命令。
ノアは理解する。
街のどこかに。
“もっと大きな核”がある。
だから。
ここまで侵食が進んでいる。
女型が叫ぶ。
「ころしてぇぇぇっ!!」
次の瞬間。
飛び込んできた。
ノアは受け止める。
暴れる。
泣いている。
壊れている。
でも。
まだ“人”だ。
「……止める」
ノアが呟く。
力を調整。
壊さない。
でも止める。
関節。
重心。
呼吸。
そして。
頭部後ろ。
赤い結晶。
「……ここ」
ノアの指先が触れる。
女型が震えた。
「ぁ――」
ノアは静かに結晶を抜き取った。
パキン。
赤い光が消える。
女型の体から力が抜けた。
ゆっくり崩れる。
ノアが支える。
女型はもう赤くない目でノアを見た。
「……ありがとう」
小さな声。
それだけ言って。
静かに止まった。
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水路の上。
戦闘も終わっていた。
灰狼たちが息を切らしている。
ピップが橋の穴から顔を出した。
「ノアー!?」
「……いる」
「よかったぁぁ……!」
ヨランダも飛び降りてくる。
そして。
ノアの腕の中の女を見る。
赤い光は消えている。
静かな顔だった。
ヨランダが低く言う。
「止めたのか」
ノアは頷く。
「……苦しそうだった」
ヨランダはしばらく黙っていた。
それから。
「お前」
「?」
「ほんと面倒な戦い方するな」
だが。
その声は少し優しかった。
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その時。
ベラスが水路壁を見て固まった。
「これ……」
全員が見る。
古い石壁。
その奥。
微かに見える金属。
線。
刻印。
ノアの内部が大きく反応した。
「……施設」
ヨランダが目を細める。
「地下か」
ベラスの声が震える。
「グランヴェイルの地下に、古代設備が埋まっている……」
そして。
奥の闇から。
ゴォン――
また鐘が鳴った。
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後書き
今回は、
* “喋る壊れた存在”
* 赤い結晶による制御
* グランヴェイル地下施設の存在
を描きました。
そしてノアは、
初めて“救えた”壊れた存在を経験しました。




