第41話 鐘楼の奥
前書き
“壊れている”から壊す。
それは簡単です。
でも。
もしそこに、
まだ“誰か”が残っていたら。
止めることは、
急に難しくなる。
⸻
鐘の音が、谷へ響いていた。
ゴォン――
低い。
重い。
不快な振動。
宿屋の窓がわずかに揺れる。
ノアは女を押さえ込んでいた。
女の腕が暴れる。
関節が軋む。
普通の人間なら、とっくに壊れている力。
だがノアは離さない。
「止まって」
女の赤い目が揺れる。
「……あ……」
次の瞬間。
また鐘が鳴る。
ゴォン――
女の体が跳ねた。
暴走。
黒い液体が口から溢れる。
宿屋の中で悲鳴が上がる。
「ひっ……!」
「やめろ……!」
ピップが弓を構える。
「ノア!」
「撃たない」
ノアは即答した。
力を調整する。
壊さない。
でも止める。
女の肩を押さえ。
体重移動をずらし。
動線を潰す。
ガルドに教わった。
力を逃がす。
壊すんじゃない。
止める。
「……っ」
女の動きが少しずつ鈍る。
だが。
完全には止まらない。
鐘が鳴るたび、内部信号が跳ねる。
ノアは女を見る。
目。
まだ残ってる。
怖がっている。
苦しんでいる。
つまり。
まだ“人”だ。
「……助ける」
ノアが呟いた。
老人が叫ぶ。
「無理じゃ!!」
ノアは振り返らない。
「原因がある」
そして。
ゆっくり顔を上げた。
谷の奥。
霧の向こう。
鐘楼が見える。
崖沿いに立つ、古い石塔。
その頂上で。
鐘が揺れていた。
誰も触っていないのに。
⸻
宿屋の空気は重かった。
女は縄で拘束されている。
だが完全には止まっていない。
時折、痙攣みたいに体が跳ねる。
鐘が鳴るたびに。
ピップが顔を青くする。
「これ……絶対あの鐘だよね」
「うん」
ノアは鐘楼を見る。
「繋がってる」
「繋がってる?」
「動かしてる」
老人が震えながら言う。
「昔はあんな鐘じゃなかった……」
宿屋の女将も頷く。
「ただの時鐘だったんだよ」
「いつから変わった?」
ピップが聞く。
老人は顔を伏せた。
「半年前じゃ」
半年前。
「最初は、音が変わっただけだった」
「音?」
「少し濁るようになった」
女将が続ける。
「その後、夜になると霧が出始めた」
「それで」
老人の声が震える。
「人が消え始めた」
宿屋が静まり返る。
「最初は酔っ払いじゃった。夜に外へ出て、そのまま帰らん」
「次は狩人」
「その次は……子ども」
ピップの顔が曇る。
ノアは鐘楼を見る。
内部で何かが反応していた。
嫌な感覚。
でも。
どこか知っている感じ。
「……古い」
「え?」
ピップが見る。
「ノア?」
「知らない。でも……知ってる感じがする」
老人たちは理解できない顔をしていた。
だがピップだけは、少し慣れてきていた。
ノアは時々こうなる。
何かに触れると。
内部のどこかが反応する。
⸻
その夜。
鐘は止まらなかった。
ゴォン――
一定間隔。
まるで脈みたいに。
ノアは窓際に立っていた。
外を見る。
霧。
白い。
そして。
微かに動く影。
人影。
複数。
「……いる」
ピップが震える。
「何人」
「五」
「うわぁ……」
宿屋の中がざわつく。
女将が子どもを抱き寄せた。
老人が呟く。
「今夜は多い……」
ノアは鐘楼を見た。
原因。
止めるなら。
あそこだ。
「行く」
ピップが顔を上げた。
「今!?」
「増える」
また鐘。
ゴォン――
外の影が一斉に動いた。
宿屋へ向かってくる。
ピップの顔が引きつる。
「来る!!」
ドン!!
扉が揺れる。
別の窓。
ガン!!
女将が悲鳴を上げる。
外から声。
「……あけて」
「……さむい」
「……いたい」
ピップが震えた。
「やばいってこれ……」
ノアは静かに立っている。
考える。
全部を守る。
鐘を止める。
村人を守る。
壊れた存在を止める。
同時。
難しい。
「……分担」
「え?」
ノアがピップを見る。
「鐘を止める」
「ノア一人で?」
「ピップはここ」
ピップが顔を歪める。
「いや待って、それ危なくない!?」
「ここも危ない」
外から衝撃。
窓にヒビ。
村人たちが怯える。
ノアは静かに言った。
「僕は壊れにくい」
「そういう問題じゃ……!」
ピップは止まる。
ノアを見る。
真面目な顔。
でも。
前と違う。
“自分で考えている顔”だった。
ピップは拳を握る。
「……十分」
「え?」
「十分だけ」
ピップが立ち上がる。
「十分だけ時間作る!」
ノアが見る。
ピップは弓を握った。
震えている。
でも逃げていない。
「その間に止めて」
ノアは数秒止まった。
それから。
「……うん」
⸻
次の瞬間。
窓が割れた。
霧と一緒に人影が飛び込む。
赤い目。
壊れた関節。
だが。
服は普通の村人だった。
ピップが叫ぶ。
「うわぁぁぁ!!」
矢を放つ。
命中。
肩を貫く。
だが止まらない。
「効かない!?」
「痛覚が壊れてる」
ノアが前へ出る。
最小動作。
首。
肩。
膝。
関節制御。
ガッ。
人影が崩れる。
壊していない。
だが立てない。
「すご……」
ピップが呟く。
ノアは振り返る。
「行く」
「うん!」
ノアが窓から飛び出した。
霧。
冷気。
谷風。
鐘が鳴る。
ゴォン――
ノアの内部が軋む。
「……っ」
少しだけ。
嫌なノイズ。
だが止まらない。
鐘楼へ向かう。
崖沿いの道。
白い霧。
そして。
途中で、影が立ち塞がった。
三体。
壊れた存在。
赤い目。
だが。
動きが違う。
「……速い」
次の瞬間。
一斉に飛び込んできた。
ノアが受け止める。
衝撃。
岩が砕ける。
普通の村人じゃない。
強化されている。
「……命令」
鐘。
あれが強めている。
一体が噛みつこうとする。
ノアは腕を差し込む。
口を固定。
回転。
地面へ。
だが。
別方向から二体。
ノアが避ける。
崖が砕ける。
「……多い」
ノアは理解した。
これ全部を止めながら進むのは。
難しい。
鐘が鳴る。
ゴォン――
三体が同時に跳ねた。
加速。
内部駆動。
ノアの目が細くなる。
「……命令同期」
また。
知らない言葉が口から出る。
だが。
意味は分かる。
鐘が、繋いでいる。
だから。
止める。
ノアは鐘楼を見た。
霧の奥。
石塔の頂上。
そこに。
“何か”がいた。
鐘の横。
人影。
いや。
違う。
あれは。
「……同系統」
ノアの内部が大きく反応した。
冷たいノイズ。
記録。
警告。
そして。
微かな既知感。
鐘楼の上の影が、ゆっくりこちらを見た。
赤い光。
人じゃない目。
鐘が鳴る。
ゴォン――
谷中の壊れた存在が、一斉に動いた。
⸻
後書き
今回は、
* 鐘=制御信号
* 壊れた存在にも“人”が残っている
* ノアと同系統らしき存在
が描かれました。
そして旅編はここから、
少しずつ“文明崩壊SF”の顔を見せ始めます。




