↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
REMNANT ― 廃棄予定の旧式兵器は、異世界で家族を得て心を覚える ―  作者: 和泉發仙


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
39/93

第38話 旅の商人アーリッヒ

前書き


旅は、戦いだけではありません。


道。

火。

食事。

知らない土地。

そして、出会った人の話。


今回は、ノアたちが初めて“外の世界の匂い”を知る回です。





⸻


 村を出て三日目。


 山道は、思ったより長かった。


 ノアは歩いている。


 ずっと歩いている。


 森を抜け。


 浅い川を渡り。


 岩場を越え。


 獣道みたいな細い斜面を進む。


 空気が変わっていた。


 村の空気より乾いている。


 風が強い。


 木々の匂いも違う。


 ピップは杖をつきながら息を吐いた。


「……山ってこんなにしんどいの?」


「疲れた?」


「めちゃくちゃ疲れたよ!」


 ピップは荷物を背負い直した。


「ノアはなんで平気なんだよ……」


「……重さはある」


「あるの!?」


「でも壊れない」


「その基準やめて!」


 ノアは少し考えた。


 疲れる。


 それは分かる。


 足は重くなる。


 内部温度も上がる。


 関節の負荷も増える。


 でも。


 止まるほどではない。


 ピップは岩に腰を下ろした。


「ちょっと休憩……」


 ノアは周囲を見る。


 高い山道。


 遠くに谷。


 空は広い。


 風の音だけが流れていた。


 村では聞かなかった音だ。


「静か」


「え?」


「村より静か」


 ピップは笑った。


「それ、逆に危ない時あるよ」


「危ない」


「うん。鳥もいないってことだから」


 ノアは空を見る。


 たしかに、いない。


「……覚える」


「あと熊も出る」


 ノアは止まった。


「熊」


「なんで反応したの」


「リリが言ってた」


 ピップが吹き出した。


「気にしてたの!?」


 ノアは真面目に頷いた。


「危険?」


「危険だよ!?」


「どれくらい」


「デカくて速くて強い!」


「壊れた存在みたい」


「もっと毛がある」


「毛」


「そこ?」


 ピップが笑う。


 旅に出てから、少し笑う回数が増えていた。


 ノアはそれを見ていた。


 笑う。


 安心している時に出る。


 怖くない時に出る。


 少しずつ、理解できるようになっていた。


⸻


 その日の夕方。


 二人は山道の途中で煙を見つけた。


「火?」


 ピップが目を細める。


 ノアは匂いを拾う。


 木。


 油。


 干し肉。


 そして。


 馬。


「人」


「ほんと?」


「うん」


 二人は慎重に近づいた。


 山道の少し開けた場所。


 そこに、古びた荷馬車が止まっていた。


 馬は二頭。


 布を張った簡易天幕。


 小さな焚き火。


 そして。


「いてててて……っ」


 老人がいた。


 白い髭。


 大きな鼻。


 厚い外套。


 だが、立ち上がる時に片膝を押さえている。


「……人だ」


「そりゃ人だよ」


 ピップが小声で返す。


 老人は二人に気づいた。


「お?」


 目を丸くする。


「旅人か?」


 ピップが少し前に出た。


「えっと……そうです」


「こんな山道を子ども二人で?」


 老人は驚いた顔をした。


 だが、すぐに笑う。


「ほっほ。世も変わったのう」


 ノアは老人を見る。


 膝。


 歩き方。


 重心。


 右足をかばっている。


 関節の動きが歪んでいた。


「故障?」


 老人が吹き出した。


「ぶはっ!」


「ちょ、ノア!」


「いやいや面白い坊主じゃなぁ!」


 老人は笑いながら膝を叩く。


「まあ故障みたいなもんじゃ。長年の付き合いよ」


「痛い?」


「そりゃ痛いとも。若い頃に無茶しすぎてのう」


 老人は焚き火を指した。


「飯は食ったか?」


 ピップがノアを見る。


 ノアもピップを見る。


 二人とも少し警戒していた。


 老人は苦笑した。


「安心せい。こんな歳で山賊はやらん」


「山賊いるの?」


「おるぞ?」


 ピップの顔が引きつった。


 老人は大笑いした。


⸻


 焚き火の前。


 鍋から湯気が立つ。


 香草の匂い。


 肉の匂い。


 ピップの腹が鳴った。


「うわ、裏切った」


「腹は正直じゃな」


 老人は笑った。


「ワシはアーリッヒ。旅商人じゃ」


「商人」


「うむ。各地を回って物を売る。塩、布、薬草、道具……なんでもじゃ」


 ノアは荷馬車を見る。


 箱。


 樽。


 布包み。


 知らないものが多い。


「お前さんらは?」


「ピップ」


「……ノア」


「ほう」


 アーリッヒはノアを見る。


 じっと。


 観察するように。


「変わった目をしとるな」


 ノアは少し止まった。


「怖い?」


「いや?」


 アーリッヒは肩をすくめた。


「旅をしとるとな、もっと妙なのを山ほど見る」


 ピップが少し安心した顔をする。


「お前さん、人じゃないな?」


 ピップが身構えた。


 だがアーリッヒの声に敵意はなかった。


「……旧式」


「旧式?」


「ノアだよ」


 ピップが少し強めに言った。


 アーリッヒは数秒止まり。


 それから笑った。


「ならノアでええ」


 ノアは瞬きをした。


 それだけだった。


 でも。


 少しだけ胸の奥が軽かった。


⸻


 食事の後。


 アーリッヒは立ち上がる時に顔を歪めた。


「いてて……」


 ノアが見る。


 膝。


 右足。


 ズレている。


「……少し触る」


「ん?」


 アーリッヒが首を傾げた。


「ノア?」


 ピップが嫌な予感をした顔をする。


 ノアは膝の位置を見る。


 関節。


 筋肉。


 負荷方向。


 ガルドに教わった。


 力を逃がす。


 支点を合わせる。


「痛い?」


「そりゃ痛いとも」


「直す」


「は?」


 次の瞬間。


 ゴキッ。


「ぎゃあああああああっ!!!」


 山に悲鳴が響いた。


 鳥が飛び立つ。


 ピップが飛び上がった。


「ノアーーーー!?」


 アーリッヒが膝を抱える。


「な、ななな何を!?」


 ノアは真剣だった。


「ズレてた」


「ズレてたからって!!」


 アーリッヒは涙目で立ち上がる。


 そして。


「……あれ?」


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 止まる。


「痛く……ない」


 ピップも止まる。


「え?」


 アーリッヒは歩き回った。


「おお……」


 屈伸。


 しゃがむ。


 立つ。


「曲がる!!」


 ノアは頷いた。


「戻した」


「戻したってお前……!」


 アーリッヒは本気で驚いていた。


「十年以上じゃぞ!?ワシ、この膝でずっと……!」


 老人の目に涙が浮かぶ。


「ありがとう!!」


 アーリッヒはノアの肩を掴んだ。


「長年膝の痛みに苦しんどったんじゃ!!」


 ノアは少し困った顔をする。


「痛かった」


「めちゃくちゃ痛かった!!」


 アーリッヒは大笑いした。


「お礼といってはなんだが――」


 焚き火の前で胸を叩く。


「ワシに出来る事ならなんでも聞いてくれ!!」


⸻


 その夜。


 焚き火を囲みながら、話は続いた。


 ノアは初めて、外の世界の話を聞いた。


「この山を越えると谷地帯じゃ」


 アーリッヒが地図を広げる。


「さらに東へ行けば交易都市ベルクア。冒険者も多い」


「冒険者」


「依頼で食う連中じゃな。魔物退治、護衛、遺跡探索……なんでもやる」


 ピップが目を輝かせる。


「ほんとにいるんだ」


「山ほどおる」


「強い?」


「強い奴もおる。弱い奴もおる。大体は死ぬ」


 ピップの顔が引きつった。


 アーリッヒは笑った。


「まあそんな顔するな。全部が地獄ではない」


 ノアは地図を見る。


「ここ」


「ん?」


「黒い」


 地図の一角が塗り潰されていた。


 アーリッヒの顔が少し変わる。


「そこは最近、近づくなと言われとる」


「なぜ」


「村が消えた」


 焚き火が揺れる。


 ピップが黙る。


「争った跡もなかったそうじゃ」


 ノアは静かに聞く。


「人だけ消えた。家も畑も残ったまま」


 ピップが小さく言った。


「……似てる」


 アーリッヒは二人を見た。


「お前さんら、その件を追っとるのか?」


 ノアは頷いた。


「止める」


 老人は少し黙った。


 そして。


「なら覚えておけ」


 焚き火の向こうで、アーリッヒの顔が暗くなる。


「最近、世界の空気がおかしい」


「空気」


「昔はなかった妙な噂が増えとる」


 指を折る。


「消える村」


「夜だけ動く影」


「黒い霧」


「帰らん冒険者」


「山で鳴る鉄の音」


 ノアの内部が少しだけ反応した。


 鉄。


 音。


 記録の奥で、何かが引っかかる。


「知ってる?」


 ピップが気づく。


「……分からない」


 だが。


 “何か”に近づいている。


 その感覚だけはあった。


⸻


 夜も深くなった頃。


 アーリッヒは酒を飲みながら笑った。


「しかし旅とは不思議なもんじゃ」


「不思議」


「どこへ行ったかは忘れる」


 老人は空を見る。


「じゃが、誰と歩いたかは残る」


 ノアは聞いていた。


 誰と歩いたか。


 村。


 リリ。


 ガルド。


 エルナ。


 ピップ。


 そして。


 アーリッヒ。


 少しずつ。


 旅が“人”で埋まっていく。


⸻


 翌朝。


 山には朝靄がかかっていた。


 馬車の準備を終えたアーリッヒが振り返る。


「北へ行くなら谷道を通れ」


 地図を渡す。


「崖沿いだが、山越えより安全じゃ」


「熊は?」


 ノアが聞いた。


 アーリッヒが吹き出した。


「おる」


 ピップが青ざめた。


「やっぱり!?」


「じゃが火を絶やさん限り、そう近づかん」


 アーリッヒはノアを見る。


「お前さんなら熊より怖そうじゃがな」


 ノアは少し考えた。


「毛は少ない」


 ピップが笑い転げた。


「そこ比較する!?」


 アーリッヒも腹を抱えて笑った。


⸻


 別れの時間。


 馬車が動き出す。


 鈴の音。


 車輪の軋み。


 山道へ消えていく。


 アーリッヒは振り返り、大きく手を振った。


「生きろよ、小僧どもーーー!!」


 ピップも振り返す。


「そっちもーーー!!」


 ノアは少し遅れて手を上げた。


「……また」


 アーリッヒが笑う。


「ああ!また会おう!!」


 そして荷馬車は、朝靄の向こうへ消えていった。


⸻


 静かになる。


 風だけが吹いていた。


 ピップが息を吐く。


「……行っちゃったね」


「うん」


「なんかさ」


 ピップは少し笑った。


「旅って感じしてきた」


 ノアは山の向こうを見る。


 知らない場所。


 知らない人。


 知らない危険。


 でも。


 少しだけ分かってきた。


 旅は、歩くだけじゃない。


 出会うことだ。


「……うん」


 二人は再び歩き出す。


 山を越え。


 谷を越え。


 世界の奥へ。


⸻



後書き


アーリッヒは、「外の世界」の入口になるキャラクターでした。


ノアは今回、


* 人を治す

* 旅人と話す

* 世界を知る


という、“戦い以外の旅”を経験しています。


そして、少しずつ。


「誰と歩いたか」が、

ノアの中に積み上がり始めています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。