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今度は三国志の真っ只中にいます  作者: 水原伊織


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58/65

58.異形が消えた鄴で判明した真実――黒い塊はタイムマシンだった

数万の兵が列を成して進む光景は、廠が、劉禅として軍を率いていた、あの時代以来だった。


先行する紅陽と張飛の騎馬隊から、伝令が駆け込んできた。


「報告! あと数キロで城門に到達します!」


劉備は頷き、手を上げて全軍に停止を命じた。

「ここで一度、隊列を整える。妙だ。ここまで、まったく襲撃がない」

伝令が駆け去っていくと、劉備は廠の方へ馬を寄せた。

「廠殿、やはり妙ですな。異形が、一体も出てこないなど」


廠は周囲の静けさを確かめるように目を細めた。

「城内に籠もっているのかもしれない。あるいは呼び戻されているのか」

劉備は息を呑んだ。

「巣が、何かを準備している?」

廠は答えず、ただ前方を見つめた。


----


やがて、黒く染まった城壁が視界に入ってきた。


その中央。

「……開いている?」


廠の呟きと同時に、紅陽が馬を走らせて戻ってきた。

「殿、我々が着いた時には、すでに門は開いておりました」


張飛も続く。

「誰もいねぇ。異形の影すら見えねぇ……気味が悪いぞ」


劉備は眉をひそめた。

「罠か、それとも、誘っているのか」


趙雲が槍を構え、静かに言う。

「城門の内側から、風が吹いています。まるで、呼吸のように」


廠は馬を進め、開いたままの城門を見上げた。

黒く溶けた石、脈打つような地面。

門の奥は闇に沈み、何も見えない。


紅陽が息を呑む。

「殿、どうしますか」


廠は槍を握り直し、静かに答えた。

「全軍、ここで一度停止。紅陽、張飛、趙雲が先行して内部を探る。劉備殿は後方で全軍を整えてくれ」


劉備は頷いた。

「わかった。廠殿、どうか無茶はなさらぬよう」


廠はわずかに笑った。

「無茶はしない。だが“覗かねばならない”時もある」


城門の奥から、かすかな地鳴りが響いた。

まるで、巨大な何かが眠りから目覚める前の呼吸のように。


廠は馬を進めた。

「行くぞ」

黒い闇が、彼らを待ち受けていた。


----


城門をくぐった瞬間、廠たちは思わず馬を止めた。


「……これは」


張飛が低く唸る。

城内は、かつての鄴の面影をほとんど残していなかった。


建物は黒く溶け、地面は脈打つように波打ち、まるで巨大な生き物の体内に迷い込んだかのようだった。


「異形が……いない?」


趙雲が周囲を見渡し、眉をひそめる。

紅陽が槍を構えたまま、廠の横に寄った。


「殿、気配がありません。まるで、全て消えたように」


その言葉と同時に、城の中心部、かつて政庁があった場所の奥から、奇妙な光が漏れた。


「殿、あれを!」


紅陽が指差す。

廠たちは馬を進め、廃墟の奥へと向かった。


そこにあったのは、巨大な黒い塊。

球とも、卵とも、岩ともつかぬ物体だった。

表面はぬめり、脈動し、時折、光が内部から漏れ出す。


「……吸い込まれている」


張飛が呆然と呟いた。

巨大アリの残骸が、半魚人の死骸が、さらにはまだ生きている異形までもが、その黒い塊へと引き寄せられ、触れた瞬間、光に包まれて消えていく。

まるで、異形を回収しているかのように。


趙雲が震える声で言った。


「これは何なのですか」


廠は答えられなかった。

ただ、胸の奥で確信していた。

これは、異形の“巣”ではない。おそらく、異形の“源”だ。


紅陽が息を呑む。

「殿、動いているように見えます」

「起動している、のかもな」

廠の声は低く、重かった。


やがて、最後の異形が光に飲まれ、黒い塊は静かに脈動を止めた。

城内には、異形の一匹すら残っていなかった。


ただ、廃墟と、黒い塊の残した焦げ跡だけが広がっていた。

張飛が槍を肩に担ぎ、呆れたように言う。


「なんだよ、これは。戦う相手がいねぇじゃねぇか」


劉備が馬を進め、廠の横に並んだ。

「廠殿、何が起きたのです」


廠は首を振った。

「わからない。だが、これは終わりではない。異形はどこかへ行っただけだ」


劉備は息を呑んだ。

「どこかへ……?」

「それを確かめる術は、今はない。だが、ここに留まるべきではない」


廠は槍を収め、全軍に向けて声を上げた。

「全軍、撤収する!神域へ戻り、情報を整理する!」


劉備も続けて号令をかける。

「劉備軍、隊列を整えよ」


城門を出る頃には、鄴の城内は完全な静寂に包まれていた。

風が吹き抜け、黒い廃墟が軋む音だけが響く。


廠は最後に一度だけ振り返った。

「……あれは、何だったのか」


誰も答えられなかった。

神軍と劉備軍は、謎を抱えたまま、静かに神域へと戻っていった。


その背後で、黒い廃墟はただ沈黙し続けていた。まるで、次の“起動”を待っているかのように。


----


その夜、軍議は明日へ持ち越され、将たちはそれぞれの持ち場へ散っていった。

戦場の熱気が嘘のように、神域の夜は静かだった。


廠は織の部屋を訪れた。

灯りは小さく、外の風が紙障子を揺らしている。


織は廠の胸に身を預け、そっと囁いた。

「……今日も、お疲れさま」

廠は織の髪を撫で、静かに抱き寄せた。


やがて二人は寝台に身を横たえ、互いの温もりを確かめ合うように、静かに交わった。


----


行為の後、織は廠の胸に頬を寄せたまま、ふと懐かしそうに笑った。


「ねぇ、廠。前の世界、覚えてる?あの、未来の街のこと。空を飛ぶ乗り物とか、光る板とか」


廠は目を閉じ、織の背を撫でながら答えた。

「懐かしいね。あの世界は、もう遠い昔のようだ」

「でもね、あの世界にはあったでしょう?時間を越える研究とか、過去を変えるとか、未来を見るとか。そんな話、よく聞いた気がするの」

廠は「そうだな」と呟き、織を抱きしめたまま、ぼんやりと天井を見上げた。


その瞬間。


胸の奥で、何かが弾けた。


「……それだ」

廠は思わず声を上げ、上体を起こした。

織が驚いて身を起こす。


「えっ、急にどうしたの?」


廠は息を荒くしながら言った。

「タイムマシンだ!あれは、異形の“巣”なんかじゃない。異形を生み出す“源”でもない。時間を越える装置だ!」


織は目を見開いた。

「……時間を、越える?」


廠は頷いた。

「異形が吸い込まれていた。死骸も、生きている個体も、全部だ。あれは“回収”していたんじゃない。“送り返していた”んだ」


織は息を呑んだ。

「じゃあ……異形は、未来から?」


廠は拳を握りしめた。

「あの黒い塊は、異形のタイムマシン、未来から異形を送り込み、この時代を侵食している」


織は震える声で言った。

「じゃあ……廠。異形は、なんのため?まだ終わらないの?」

廠は織の手を握り、静かに答えた。

「分からないが、だが――“仕組み”がわかった。なら、必ず止められる」

「あの異形を倒せと言う声とも関係があるのかもしれない」


織は廠の胸に顔を埋めた。

「……怖いよ」

廠は織を抱きしめ、そっと囁いた。

「大丈夫。俺は必ず帰ってくる。織が待っている場所に」



外では、遠く鄴の方角から、また微かな地鳴りが響いた。

まるで、黒い塊が次の“起動”を始めたかのように。

廠はその音を聞きながら、静かに目を閉じた。


明日の軍議で、すべてを話すつもりだった。

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