55.EDFじゃねぇんだぞ!
異形の巣らしきものが鄴に発生してから、一ヶ月が過ぎた。
その間、神域の本営に届く報告は、どれも同じようなものだった。
黒い。
脈動している。
増えている。
廠はついに決断した。
「一度、様子を見に行くか」
本営にいた紅陽と紅仁、そして織が顔を上げた。
神域全軍を把握し、統括できるのは、この四人だけだった。
廠は静かに続ける。
「紅仁は織と残ってくれ。今回は、偵察が中心になる」
紅仁は一瞬だけ迷いを見せたが、すぐに頷いた。
「承知しました。殿。必ず守り抜きます」
紅陽は迷いなく立ち上がる。
「二千騎なら、すでに整えてあります。いつでも出られます」
廠はわずかに目を細めた。
「行こう。鄴の様子を、この目で確かめる」
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二千の騎馬隊が、朝靄の中を静かに進み出した。
廠はその中央、紅陽のすぐ後ろに位置し、馬の歩みに合わせて周囲を見渡す。
歩兵を連れない出撃は異例だった。
だが、紅仁がいない以上、歩兵を動かすわけにはいかなかった。
歩兵隊の指揮官は、紅仁なのである。
廠は、能力が使えるとはいえ、軍の指揮自体は、あまり執った事は無い。
「前方に異形の痕跡があります」
紅陽の声に、廠は頷く。
「早いな、まだ境界線から半日も進んでいないというのに」
道の脇には、黒く焦げたような跡が点々と続いていた。
草は溶けたように倒れ、地面はぬめりを帯びている。
騎馬隊の兵たちがざわめいた。
「ここまで南下しているのか」
「いやな気配だ」
廠は手を上げ、静かに言った。
「まだ群れじゃないな」
だが、進むにつれて、その言葉は重みを失っていく。
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昼を過ぎた頃、最初の異形が姿を現した。
黒い影が地面を這い、やがて四足で立ち上がる。
「来るぞ」
紅陽が馬を蹴り、方天戟を構えた。
二千の騎馬隊が一斉に槍を下げ、突撃の構えを取る。
廠はその背中を見つめながら、静かに呟いた。
「やはり、数が多い」
一体、二体ではない。
森の影、丘の向こう、地面の裂け目から、次々と黒い影が湧き出してくる。
紅陽が振り返る。
「殿、どうしますか」
廠は迷わなかった。
「一度突破する。鄴の外側だけでも見ておきたい」
紅陽は深く頷き、方天戟を掲げた。
「全軍、突撃」
二千の騎馬が大地を震わせ、黒い群れへと突き進んだ。
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戦いながら進むにつれ、空気が変わっていく。
風が重く、湿り、どこか腐臭を含んでいた。
廠は馬上で息を整えながら、遠くを見た。
黒い霧。
脈動する地面。
塔のように伸びる影。
「あれが、鄴か」
紅陽もまた、戦いの合間にその方向を見た。
「街ではありませんな。まるで生き物のようだ」
廠は静かに答えた。
「巣だ。間違いなく、異形の巣だ」
鄴の中心に脈動する黒い塊。
廠がその正体を見極めようとした瞬間だった。
塊が、震え始める。
次の瞬間、地面が裂けた。
黒い膜が破れ、内部から何かが溢れ出す。
紅陽が叫ぶ。
「何か出てきます」
廠は、紅陽の叫んだ方角を見る。
巣の中心が、揺らぎ始めていた。
黒い塊の周囲から、無数の影が湧き上がる。
最初は細い線のようだったが、すぐに形を持ち始めた。
脚。
脚。
脚。
「何だ、あれは」
紅陽の声が震える。
だが、それは恐怖ではなく、純粋な驚愕だった。
群れは、固まり始めた。
黒い影が集まり、重なり、巨大な塊となり、やがて“形”を成す。
廠が低く呟いた。
「……アリ、か?」
だが、それは地上のアリではなかった。
人の背丈を超える巨体。
鋭い顎。
甲殻は黒く光り、巣の脈動と同じリズムで震えている。
一体ではない。
二体でもない。
数十。
数百。
巣の奥から、無尽蔵に湧き出してくる。
廠は眉をひそめた。
(地球防衛軍みたいな敵じゃねーか!ヤバいぞ、これは)
【地球防衛軍みたいだな、EDF!EDF!】
(やめろ)
判断は、一瞬だった。
「紅陽」
「はい」
「逃げるぞ」
紅陽は即座に馬を返し、方天戟を掲げて叫んだ。
「全軍、退却」
二千の騎馬が一斉に踵を返す。
その背後で、巨大なアリの群れが地面を埋め尽くし、黒い波となって迫ってくる。
廠は最後尾に立ち、迫り来る群れを見据えた。
「巣は、想像以上だな」
黒い群れが、地響きを立てて追ってくる。
大地が震え、空気が唸る。
紅陽が叫ぶ。
「殿、急ぎましょう」
廠は頷き、馬に飛び乗った。
「ああ」
二千の騎馬隊は、黒い大群を振り切るように駆けた。
その背後で、鄴の巣はさらに脈動を強め、巨大な影が次々と生まれ続けていた。




