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今度は三国志の真っ只中にいます  作者: 水原伊織


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45/65

45.白馬敗走、だが文醜を斬ったのは関羽だった

曹操軍四万は、許昌を発して北へ向かった。

春の冷気が残る街道を、整然とした軍列が進む。


先頭には張遼・于禁ら歴戦の将が並び、その背後で曹操は馬上から前方を見据えていた。


「袁紹軍は、十一万。数では勝ち目はないが、一度白馬を押さえねば河内が危うい」


荀攸が頷く。

「殿。白馬は黄河の渡しに近く、袁紹軍がここを突破すれば、許昌まで一直線。 まずは白馬で足を止める必要がございます」


曹操は短く息を吐いた。

「わかっている」


夏侯惇が馬を寄せてくる。

「殿、白馬での戦は……」


曹操は前を見据えたまま答える。

「当然、負ける。一度ぶつかった後、退く」


夏侯惇は眉をひそめた。

「時間稼ぎ、ですか?」


曹操は首を振る。

「いや、違う」


その背後で、荀彧が静かに口を開いた。

「袁紹軍の弱点は、兵糧です。十一万という大軍は、確かに強大ですがその分、食う量も桁違い。河北から南下するだけで、莫大な兵糧を消費します」


夏侯惇は目を見開いた。

「まさか、殿は」


曹操が続ける。

「白馬で一度ぶつかるのは、勝つためではない。袁紹に『追撃の勢い』を与えるためだ」


荀彧が頷く。

「勢いづいた大軍は、兵糧の消費がさらに激しくなります。袁紹は勝利に酔い、補給を軽視するでしょう。その結果、官渡に至る頃には、兵糧は底をつき始める」


曹操は薄く笑った。

「袁紹は体面を守るために南下した。ならば、その“体面”を利用してやる。勝ったと思わせ、追わせ、疲れさせる。官渡で決着をつけるのだ」


夏侯惇は深く息を吐いた。

「殿は最初から、白馬を捨てるつもりだったのか」

「白馬はただの前座だ。本番は官渡。袁紹の大軍を“兵糧”という縄で縛り、動けなくしてから叩く」


荀彧が静かに言う。

「袁紹は、勝つための戦ではなく、“名門としての面目を保つための戦”をしている。そこにこそ、最大の隙が生まれます」


曹操は馬の手綱を握り直し、北の空を見上げた。

「名門の誇りが、毒になるとは、な」


風が吹き抜け、曹操の外套を揺らした。


――


白馬の平野に到着した曹操軍は、急ぎ陣を敷いた。

その直後、地鳴りのような音が北から響き渡る。


「袁紹軍、来るぞ!」


砂煙を上げて迫るのは、果てしなく続く軍勢。

その先頭に、巨大な影が馬を駆っていた。


文醜である。


「曹操ォォォ――ッ!!」


咆哮とともに、文醜の騎兵が突撃してきた。

その勢いは、まるで異形の群れのような圧力を持っていた。


張遼が前に出る。

「来い、文醜!」


両軍の騎兵が激突し、白馬の地は瞬く間に血と砂に染まった。

曹操軍は奮戦したが、数の差はあまりにも大きい。


夏侯惇が叫ぶ。

「殿、これ以上は持ちませぬ。白馬を捨て、官渡へ退くべきです」


曹操は歯を食いしばった。

「全軍、退却。官渡へ向けて後退」


文醜の追撃は凄まじかった。

曹操軍の殿を務める張遼・于禁らが必死に食い止めるも、その勢いは衰えない。


「逃がすかァァァ!!」


文醜の咆哮が白馬の平野に響き渡る。

その刃は血に濡れ、馬は泡を吹き、まるで異形の獣のような迫力を放っていた。


張遼が歯を食いしばる。

「さすがよ。このままでは殿の退却が」


その時だった。


北東の丘の上に、赤い旗が翻った。


風に揺れるその旗には、「関」 の一文字。


張遼が目を見開く。


「まさか」


丘の上から、一騎、馬が駆け下りてきた。

その背に乗るのは、長い髭を風に流す巨躯の武将。


関羽である。


背後には、わずか三百の騎馬隊。

だが、その突撃は三千にも匹敵する勢いを持っていた。


関羽は叫ぶ。

「助太刀に参った! 文醜、覚悟!」


文醜が振り返り、怒りに燃える目を向ける。

「関羽ォォ!! 貴様、劉備の犬がなぜここに!」


関羽は冷然と答えた。

「劉備玄徳は、帝を守る者。 帝を奪わんとする者を討つのは、我が義である!」


関羽の馬が地を蹴り、関羽の青龍偃月刀が閃いた。


文醜が吠え、槍を構える。


「来いッ!!」


二騎が激突した瞬間、白馬の戦場に、雷鳴のような衝撃が走った。


刹那、関羽の一撃が、文醜の槍を弾き飛ばし、そのまま胸甲ごと斬り裂いた。

文醜の巨体が、血飛沫を上げて地に崩れ落ちる。


「ば…馬鹿な…」


関羽は馬上で静かに刀を振り払い、血を払った。


「文醜、見事な武勇であった」



文醜の死を見た袁紹軍の先鋒は動揺し、追撃の勢いが一気に鈍る。


張遼が駆け寄る。


「関羽殿、助かった!」


関羽は頷き、曹操の退却路を守るように騎馬隊を展開した。


曹操軍は、関羽の援護を受けながら、官渡へと退却していった。


白馬の戦いは敗北だった。

だが、文醜を失った袁紹軍の勢いは、確実に鈍っていた。


――


官渡に到着した曹操は、荒い息を吐きながら天幕に入った。

外では兵たちが急ぎ柵を立て、土塁を築き、迫り来る大軍に備えている。


「……白馬は失ったが、まだ終わりではない。ここ官渡で、袁紹を迎え撃つ」


夏侯惇が静かに言った。


「殿。袁紹軍は、文醜が討たれた事で、少なからず動揺しております。勢いも、先ほどまでのようには参りませぬ」


曹操は頷いた。

「文醜は袁紹軍の“牙”だった。その牙を折ったのは大きい」


荀彧が続ける。

「袁紹は、必ず動きます。文醜を失った今こそ、無理にでも攻勢を強め、『名門袁家は揺るがぬ』と示そうとするでしょう」

「つまり、さらに兵糧を浪費する、ということか」

「はい。袁紹は勝利を急ぎ、補給を軽んじる。その焦りこそが、我らの勝機となります」


曹操は地図の上に手を置き、官渡の位置を指で叩いた。

「ここは狭い。大軍は動きづらい。兵糧が尽きれば、十一万の軍勢もただの群れだ」

「殿、ここで袁紹を?」

「ここ官渡で、袁紹を討つ」


天幕の外では、夕陽が官渡の地を赤く染めていた。

その赤は、これから始まる大戦の血の色にも見えた。


曹操は立ち上がり、外へ出る。


「全軍に伝えよ。ここ官渡こそ、天下の分かれ目となる」


風が吹き抜け、曹操の外套を大きく揺らした。


官渡の戦いが、静かに幕を開けようとしていた。

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