表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今度は三国志の真っ只中にいます  作者: 水原伊織


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/65

41.帝を抱く劉備、涼州へ向かう呂布。動き出す天下

三州を併呑した曹操は、許都の政庁にて、静かに地図を見下ろしていた。

河北には袁紹がいる。

独立した地域とはいえ、河北には帝という“旗”がある。


あの男なら、必ず天下を手中に収めようと動く。


諸侯に臣従を迫るとき、袁紹は帝の存在を利用するだろう。

「漢の正統は我にあり」と。

その言葉だけで、揺らぐ者は少なくない。


曹操は、地図の上に指を滑らせながら、ひとつ息を吐いた。


「袁紹が臣従を迫ってきた時こそ、決着の時だな」


そのとき、廊下を駆ける足音が近づき、密偵のひとりが膝をついた。


「報告いたします。神域に動きがありました」

「神域……?」


「はい。劉備軍が民を率い、新たな土地に城郭、いえ、街を築き始めたとのこと。神域からの援助もあるようです」


曹操の眉がわずかに動く。


「劉備が、か」

「さらに帝が、神域を出て、その劉備軍の城郭へ移られるとの噂が」


室内の空気が、わずかに冷えた。


帝。

漢王朝の象徴。

力は無い。だが、その血筋だけで守られ、祀られ、利用される存在。


そして今、その帝を守るのは劉備。

劉皇叔と呼ばれ、仁の将として民に慕われる男。


帝を抱えた劉備軍は、もはや“帝の直轄軍”と見られてもおかしくない。


曹操は、机に置いた指先で静かに机面を叩いた。


「劉備は、天下を望むのだろうか?」


密偵は首を振る。


「いえ。あくまで民のため、という意識が強いようです。異形との戦には積極的ですが、天下の情勢には興味が薄いかと」

「ふむ」


劉備が本気を出せば、十万の兵などすぐに集まる。

関羽、張飛といった豪傑が率いれば、その軍勢は容易に侮れない。


だが、劉備自身に野心は無い。

それが、救いであり、同時に厄介でもあった。


野心が無い者ほど、民はついていく。

帝を守る者ほど、正義に見える。


曹操は、静かに目を閉じた。


「帝が劉備のもとに移る、か。面倒なことになった」


密偵は深く頭を下げ、退室した。


残された曹操は、再び地図を見下ろす。

河北の袁紹。

神域と劉備。

そして、迫り来る異形の脅威。


天下は、静かに、しかし確実に動き始めていた。


----


呂布は、神域の門前に立ち、振り返った。

背後には、廠がいた。

短い間ではあったが、異形との戦で傷ついた彼と五百騎を受け入れてくれた恩人である。


「世話になった。廠殿」


呂布は、いつもの豪胆さとは違う、どこか静かな声音で言った。


廠は笑って首を振る。


「礼などいらない。お前たちが無事であれば、それでいい。だが、本当に行くのか?」


呂布は、遠く西を見た。

涼州。

かつて馬の蹄音が絶えず、武勇の誉れ高き将たちが生まれた土地。

だが今は、異形が跋扈し、人の住めぬ荒野と化している。


「涼州は、俺の故郷だ。あそこが異形に蹂躙されていると聞いて、黙ってはいられん」


五百の騎兵が、呂布の背後で整列する。

彼らもまた、故郷を失った者、家族を異形に奪われた者ばかりだった。


廠は、しばし呂布を見つめ、やがて静かに言った。


「気をつけろ。涼州は、今の異形の巣窟だ。呂布殿の武でも、容易ではない」


呂布は、口元にわずかな笑みを浮かべた。


「容易でないからこそ、行く価値がある。俺は、戦うために生まれた男だ」


その言葉には、虚勢も、誇張もなかった。

ただ、呂布という男の“本質”がそこにあった。


廠は、深く息を吸い、呂布に向かって手を差し出した。


「ならば、せめて、生きていてくれ」


呂布は、その手を力強く握り返した。


「約束しよう」


そして、呂布は馬に跨がり、五百騎を率いて神域を後にした。

その背中は、どこか孤独で、しかし揺るぎない炎のように見えた。


----


涼州へ向かう街道は、かつての賑わいを完全に失っていた。 村は焼け、畑は荒れ、風に乗って漂うのは、血と腐臭の混じった重い空気。


やがて、先頭を行く騎兵が叫んだ。


「将軍!前方に……人影が!」


呂布は馬を走らせ、丘の上から見下ろした。


そこには、黒い霧のようなものが渦巻き、その中から異形が這い出していた。

人の形をしているようで、していない。

獣のようで、獣でもない。


涼州は、すでに“地獄”へと変わり果てていた。


呂布は、槍を構えた。


「……帰ってきたぞ、涼州。まずは、お前たちを斬り払ってやる」


五百騎が、呂布の背に続く。

その姿は、まるで荒野に差し込む一筋の光のようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ