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今度は三国志の真っ只中にいます  作者: 水原伊織


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40/65

40.新天地開拓へ。荒野に舞う白馬の槍。趙子龍、見参。

帝を神域へ迎えてから、季節がひとつ巡った。


帝がいる──ただそれだけで、民は安心した。

異形の影は消え、夜に怯える声もなくなった。

人々は噂を頼りに神域へと流れ込み、やがてその数は、領地の許容量をとうに超えてしまった。


廠と織は、日ごとに増える炊き出しの列を眺めながら、頭を抱えていた。


「……これ以上は、さすがに厳しいね」

「うん。誰も追い返したくはないけど……」


そんな折、神域の門前に劉備が姿を見せた。


「廠殿、織殿。ひとつお願いがあるのです」


劉備は地図を広げ、神域の西側にある、荒れ果てて、誰も住んでいない広大な土地を指した。


「この地を、民の移住先として開きたい。神域で抱えきれぬ者たちを、私が連れて行きます」


廠は、ほとんど間を置かずに頷いた。


「なるほど。いいよ、食料もこちらで援助する。あの土地なら、開墾すれば十分に暮らしていけるはずだしね。よろしくお願いします」


あまりにあっさりとした返答に、劉備は一瞬だけ言葉を失った。


──この男は、他の諸侯とは違う。


劉備には狙いがあった。

あの広大な土地なら、数万の兵を養える。

民を守るための力を持つことは、乱世を生き抜くための最低条件だ。


だが廠は、その思惑を知ってか知らずか、まるで気にする様子もない。


「民が安心して暮らせるなら、それでいいよ。劉備殿なら、きっと上手くやってくれると思うし」


その言葉に、劉備は胸の奥がわずかに熱くなるのを感じた。


この神域は、ただの勢力ではない。

人を見て、人を信じて、未来を託す場所だ。


「……恩に着ます、廠殿。必ずや、この地を守り抜いてみせましょう」


劉備は深く頭を下げた。

その背に、廠は静かに微笑む。


こうして、神域の西に新たな開拓が始まる。

それは後に、乱世の勢力図を大きく揺るがす一歩となるのだが、この時、誰もまだ気づいてはいなかった。


----


太行山脈を越えた并州・上党郡の荒野。

その広大な地こそ、劉備が開拓を目指す場所だった。


劉備が神域を発つと、民たちも自然とその背に続いた。


老若男女、荷車を押す者、子を抱く者、その数、およそ一万人。 これだけの人数がいれば、荒野の開墾も夢物語ではない。


だが、問題は二つあった。

ひとつは、いつ現れるとも知れぬ異形の脅威。

もうひとつは、開墾が軌道に乗るまでの食料である。


とはいえ、後者については廠が惜しみなく支給してくれた。


その援助があれば、次の季節の収穫までは、どうにか持ちこたえられるだろう。


劉備は、山脈の向こうに広がる荒野を見据えていた。


----


太行山脈を越えて三日目。

開拓民の列は、荒野の風に砂を巻き上げながら、ゆっくりと西へ進んでいた。


その時、先頭を行く斥候が、血相を変えて駆け戻ってきた。


「劉備殿! 前方に……異形です!」


ざわり、と民の列が揺れる。

荒野の向こう、陽炎のように揺らめく黒い影が、いくつも、いくつも現れた。


劉備は馬を進め、静かに槍を構えた。


「皆、下がれ。ここは我らが受け持つ」


関羽が青龍偃月刀を肩に担ぎ、張飛は蛇矛を地面に突き立てて吠える。


「ようやく暴れる相手が出てきやがったな!」

「兄者、任せておけ。すぐ片付ける!」


異形の群れが砂煙を巻き上げて迫る。

その姿は獣とも人ともつかず、歪んだ四肢で地を蹴り、咆哮を上げた。


だが、劉備軍は怯まない。

「──行くぞ!」


劉備の号令とともに、先鋒が一斉に駆け出した。


関羽の一撃は、まるで風を断つように静かで、しかし重かった。

青龍偃月刀が弧を描くたび、異形が二つ、三つと地に沈む。


張飛は荒野に響く咆哮とともに突撃し、蛇矛で異形をまとめて弾き飛ばす。

その勢いは、まるで山をも揺るがすかのようだった。


----


白馬にまたがる青年、その姿は、戦場の混乱とは不釣り合いなほど静かで、澄んでいた。

少し先に、異形と戦っている軍が見える。

その軍は、異形を圧倒していた。



「……まだ残っていたか」


青年は呟くと、馬を軽く蹴った。

白馬は風のように駆け、異形の群れの中へと飛び込む。


その動きは、まるで舞うようだった。

槍がひと振りされるたび、異形が倒れ、砂が舞い上がる。

無駄がなく、速く、そして美しい。


突如として現れたその男に、関羽が目を細める。


「……見事な槍だ」


張飛も思わず口を開けた。


「なんだあの若造は。やるじゃねえか!」


やがて、最後の異形が崩れ落ちると、青年は槍を収め、劉備の前で馬を止めた。


「お初にお目にかかります。趙雲、子龍と申します。劉備様の軍とお見受けします」


劉備は馬上から静かに青年を見つめた。

その眼差しには、戦いの最中とは思えぬ落ち着きと、深い誠意があった。


「確かに、我々は劉備軍だ。趙雲殿、助太刀、感謝する。だが、なぜ我らを?」


趙雲は槍を立て、深く頭を下げた。


「この荒野に異形が現れると聞き、討伐に向かっておりました。しかし、すでに戦が始まっておりましたゆえ、加勢したまでです」


劉備は頷き、穏やかに微笑んだ。


「助かった。民を守るための戦いに、貴殿の力は大きかった」


趙雲は一瞬だけ目を伏せ、そして意を決したように顔を上げた。


「……劉備殿。ひとつ、お聞きしてもよろしいでしょうか」


「なんだろう」

「なぜ、これほど多くの民を連れて荒野へ?異形が跋扈し、耕地もない地へ向かうなど、常の将ならば選ばぬ道です」


劉備は荒野の向こうを見つめた。


その眼差しは、戦場の喧騒とは別の、静かな強さを宿していた。


「我々は、神域を拠点にしていたのだが、神域がもう一杯で、ようやく遠方から流れ着いてきた民の居場所が無くなってきた。そこで、神域の長である廠殿の力を借りて、新たに開拓しようと思ったからだ」


趙雲は息を呑んだ。

その言葉には、虚飾も打算もなかった。


「……仁の将、とは、こういう方を言うのですね」


関羽が腕を組み、静かに言う。


「趙子龍、その目に狂いはあるまい。兄者は、民のために剣を振るうお方だ」


張飛も豪快に笑った。


「お前みたいな槍の達人が仲間になりゃ、百人力だぜ!」


趙雲は馬を降り、槍を地に突き立て、深く膝をついた。


「劉備殿。 もし許されるなら、この趙子龍、あなたの旗の下で戦いたい。民を守り、乱世を正すために、力を尽くしたいのです」


劉備は馬を降り、趙雲の前に歩み寄った。

その手を取り、静かに言う。


「こちらこそ、頼もしい仲間を得た。趙雲殿、これから共に歩んでほしい」


趙雲の瞳がわずかに揺れ、やがて強い光を宿した。


「はっ──この命、劉備殿にお預けいたします」


荒野の風が吹き抜ける。

異形の死骸が転がる戦場の中で、 劉備軍に新たな柱が加わった。


それは後に、数々の戦場で語り継がれる名将、趙雲子龍の始まりであった。

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