39.帝の絆、呂布の狩り、そして張世平の嘆き
その頃、劉備たちは神域の畑で鍬を振るう帝のそばにいた。
帝は、劉備の働きぶりを何度も目にするうちに、どこか懐かしむような眼差しを向けるようになっていた。
「劉備は、朕と同じ劉氏の血を引く者だというな」
帝がそう呟いたのは、畑の休憩中だった。
従者が答える。
「はい。宗族は遠いとはいえ、同じ劉の家筋にございます」
帝は鍬を握ったまま、劉備の背中を見つめた。
「……そうか。朕には、こうして共に土を耕す者など、宮中にはおらなんだ」
その声音には、寂しさと、どこか温かい親しみが混じっていた。
それ以来、帝は劉備に何かと声をかけるようになった。
劉備もまた、帝を“守るべき人”として自然に振る舞い、その距離は日ごとに縮まっていった。
帝の近くに劉備がいることで、必然的に劉備軍の立場も変わっていった。
帝の畑仕事を守り、神域での生活を支え、異形が近づかぬか見張る。
そんな役目を担ううちに、劉備軍はいつしか、帝のそばにある軍として扱われるようになった。
神域の民も、神軍の者たちも、自然とそう見なすようになっていった。
「劉備殿の軍は、陛下の護衛のようなものだな」
「いや、もう実質そうだろう」
そんな声が、野営地のあちこちで囁かれる。
劉備自身は、ただ帝を守りたいという思いで動いているだけだったが、
その姿は、帝の心にも、神域の人々の目にも、確かな“絆”として映っていた。
帝はある日、劉備に静かに言った。
「劉備。朕は、ここで初めて“人として扱われている”気がする。お前がそばにいてくれるのは心強い」
劉備は深く頭を下げた。
「陛下。この身の及ぶ限り、お守りいたします」
その言葉は、神域の空気の中で、ひどく自然に響いた。
そしてこの瞬間、劉備軍は“帝の軍”としての色を帯び始めた。
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呂布は五百騎を率い、洛陽付近まで異形狩りに出ていた。
とはいえ、これは大規模な戦ではなく、五百騎のみで行う調練を兼ねた狩りに近い。
神域という安全な拠点があるからこそ、呂布はこうして遠征に出られるようになった。
異形の動きを探る、騎馬隊の連携を鍛える、兵の士気を保つ。
呂布にとっては、どれも欠かせぬ日課だった。
呂布は自分が恐れられていることをよく理解していた。
異形に恐れられ、人にも恐れられ、味方にすら距離を置かれることがある。
だからこそ、神域の中でも最南端に野営地を構え、いつでも異形狩りに出られるようにしていた。
これは単なる狩りのためだけではない。
異形への備えでもあり、袁紹への備え、そして、自分が神域の中心に踏み込みすぎないための配慮だった。
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洛陽周辺は、かつて都であった面影をほとんど残していない。
瓦礫と灰の中に、異形が巣を作っていた。
呂布は五百騎を率いてそれらを狩り尽くし、血と土の匂いをまとったまま、再び神域へと戻ってきた。
騎馬隊の兵たちは疲れを見せながらも、どこか誇らしげだった。
「戻るぞ。次は北の山沿いを掃除する」
呂布の声に、五百騎は静かに頷いた。
彼らにとって呂布は、恐怖の象徴であると同時に、異形に立ち向かう唯一の強さでもあった。
神域の境界が見えてくると、呂布はふと空を見上げた。
「……ここがあるから、俺は動ける」
その言葉は誰に向けたものでもなく、ただ風に溶けていった。
呂布は、戦うことでしか自分を保てない男だった。
だが神域に戻るときだけは、なぜか自分でも、ほんの少しだけ、心が静まるのだ。
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とある日の、夕餉の席。
張世平は湯気の立つ椀を置き、ふと二人を見た。
「なあ、お前ら……ワシ、最近出番少なくね?」
廠は箸を止め、ぽかんとした顔で世平を見る。
織は淡々と魚をほぐしながら、まるで他人事のように言った。
「知らない」
張世平は身を乗り出す。
「いやいや、知らないじゃろ。ワシ、けっこう有名人なんじゃぞ? なろう版でもカクヨム版でも、もっとこう……“張世平、動く!”みたいな回があってもええじゃろ」
廠はあっさり言い放った。
「だって有名だけどモブじゃん」
張世平は箸を落とした。
「モ、モブ……!? ワシが……!?」
織は淡々と追い打ちをかける。
「廠の言う通り。あなた、歴史的には重要だけど、物語的には……ね」
「ね、ってなんじゃ! その“察して”みたいな言い方は!」
廠は笑いながら肩をすくめた。
「まあまあ。出番ほしいなら、作者にアピールしなよ。 “張世平、異形を斬る!”とか、“張世平、商人から武人へ!”とか、タイトル映えするじゃん」
張世平は腕を組み、むむむと唸った。
「……それ、ちょっとカッコええな」
織は静かに茶をすすりながら言った。
「でも、作者が書くとは限らない」
「そこが一番の問題じゃああああ!」
夕餉の席に、張世平の嘆きが響き渡った。




