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今度は三国志の真っ只中にいます  作者: 水原伊織


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37/65

37.帝は畑を耕す。そして大商人、出番待ち

帝は、従者たちと相談した末に、畑を耕すことを選んだようだった。

野営地のそばにある未開墾の土地へ向かい、鍬を手に取る。


現地の者が指揮を執り、土地の見方や土の起こし方を手短に教える。

帝は慣れぬ手つきながらも、めげることなく鍬を振り下ろしていた。


従者たちも最初は戸惑っていたが、やがて帝に倣い、黙々と土を掘り返し始める。

周囲の神域の民たちは、遠巻きにその様子を見ていたが、誰も特別扱いはしない。


ここでは、身分も血筋も関係ない。

“働く者”だけが、生きる場所を得る。


帝は額の汗を拭いながら、何度も鍬を振り上げた。

その姿は、これまでのどんな儀式よりも、よほど“帝らしく”見えた。


----



帝の一行を預け、廠は神域の奥へと歩いた。

夜気は冷たく、遠くで焚き火の煙が揺れている。

織の寝所の前に立つと、灯りがひとつ、柔らかく漏れていた。

廠が戸を開けると、織は机に向かい、筆を置いたところだった。


「……戻ったのね」


織は振り返り、ほっとしたように微笑む。

その表情に、廠の肩の力が少し抜けた。


「帝を連れてきた。しばらくは騒がしくなる」

「あなたが無事なら、それでいいわ」


織は立ち上がり、廠の外套に触れた。

砂と風の匂いが染みついている。


「寒かったでしょう。湯を沸かしてあるわ」


廠は軽く頷き、織の手を取った。

その手は温かく、戦場の緊張がゆっくりと溶けていく。


----


一方、紅陽は騎馬隊の点呼を終え、

静かにかすみの寝所へ向かった。

戸を叩くと、すぐに灯りが揺れ、かすみが顔を出した。


「紅陽さま…お帰りなさいませ」

その声には、安堵と少しの心配が混じっていた。


「遅くなった。帝の護衛でな」

「ご無事で…よかったです」


かすみは紅陽の袖についた土を払うように、そっと手を伸ばした。

紅陽はその手を受け止め、微かに笑う。


「心配をかけたな」

「…はい。でも、帰ってきてくださったから」

かすみは紅陽の外套を預かり、湯気の立つ茶を差し出した。

紅陽はそれを受け取り、かすみの隣に腰を下ろす。


二人の間に流れる静けさは、戦場の喧騒とはまるで別の世界だった。

かすみは紅陽の肩にそっと寄り添い、紅陽はその頭に手を置いた。


言葉はいらなかった。

互いがそこにいるだけで、十分だった。


----


帝は、神域での生活に少しずつ慣れていった。

最初こそ鍬の重さに腕を震わせていたが、一週間も経つ頃には、土の硬さや水の加減を見極められるようになっていた。


従者たちも共に畑に立ち、鍬を振るう。

帝の一行は三十人近い人数になるため、彼らが加わるだけで畑の進みは目に見えて早くなった。


現地の者が指揮を執り、帝も従者もその指示に従って黙々と働く。


神域では、身分も血筋も関係ない。

“働く者”が、ただ働く者として扱われるだけだ。


帝は額の汗を拭い、土にまみれた手を見つめながら、小さく息を吐いた。

その姿は、かつて宮中で玉座に座っていた人物とはまるで違う。


だが、神域の民にとっては、こちらの方がよほど自然に見えた。

畑は少しずつ形を成し、芽吹きの準備を整えつつあった。


----


ある日の休憩時間、帝は鍬を地面に立てかけ、

そばで水を飲んでいた現地の者にふと尋ねた。


「なぜ、この地には異形が現れないのだ?」


現地の者は首をかしげた。


「理由は分かりません。

ただ……遠くに姿が見えることはあっても、なぜか境界の手前で引き返すんです。

まるで、ここに入れないかのように」


帝はその言葉に目を細め、しばし考え込んだ。


「……人の争い、恨み、憎しみ。

そうした“悪しきもの”を喰らいに来るのではないか?」


現地の者は驚いたように帝を見た。

帝は続ける。


「ここには、争いがない。

身分も、血筋も関係なく、皆が働き、生きている。

だから……異形が寄りつかぬのではないか?」


その仮説は、誰も口にしたことのないものだったが、

神域の者たちには妙に腑に落ちるものがあった。

「……なるほど。そういう考え方も、あるのかもしれませんね」

帝は耕した土を見つめながら、小さく息を吐いた。


「ならば、ここは……漢のどこよりも“正しい”土地なのかもしれぬな」


その言葉は、帝自身の胸に深く沈んでいった。


----


張世平は、今では天下にその名を轟かす大商人となっていた。

扱う馬の数は何千頭にも及び、その質は中原随一と評されるほどである。

最良の馬は、まず神軍へ。そして呂布軍へも優先的に回される。

これは単なる商売上の取引ではない。

張世平にとっては、

「異形と戦う者を支える」

という誇りそのものだった。


異形を倒せるのは、我らだけだ。


そう胸を張って言えるだけの自負が、彼の商いの根底にある。


今日もまた張世平は、馬の目利きをし、取引の段取りをつけ、神域と各地を結ぶ道を駆け回っていた。


「ワシの出番少なくね?」

張世平は、ひとりぼやく。

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