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今度は三国志の真っ只中にいます  作者: 水原伊織


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35/65

35.めんどくせえ野郎だ、戦え。

神域の南。

廠は紅陽とともに、騎馬隊の調練をしていた。


廠は、こうして馬に乗る時間を欠かさない。

一対一の戦いなら、能力のおかげで負けることはない。

だが、実際の戦は個の強さではなく、騎馬隊の動きと軍の統率で決まる。


だからこそ、廠は常に“軍”としての動きを磨いていた。


紅陽が号令を飛ばし、騎馬隊が砂煙を上げて駆け抜ける。

廠はその動きを見ながら、自らも馬を走らせる。


その時だった。

神域の外れから、早馬が砂を蹴って駆け込んできた。


「報告―!!」

廠と紅陽が同時に振り返る。

伝令は馬から飛び降り、息を切らしながら叫んだ。


「帝が陛下が、許昌を出られました!供回りわずか数十名で、こちらへ向かっておられるとのこと!

帝の使者が、先触れとして参りました!」


廠は目を細めた。

「……帝が、自ら?」


紅陽は汗をぬぐいながら、伝令の言葉を反芻するように呟いた。


「陛下が?」

騎馬隊のざわめきが、風に揺れた。


廠は伝令の報せを聞き終えると、しばし沈黙した。

紅陽も紅仁も、廠の次の言葉を待っている。


風が吹き、騎馬隊の旗が揺れた。

廠は馬上で小さく息を吐いた。

「……面倒なことになったな」


紅陽が眉を寄せる。

「廠殿、どう動かれます?」


廠は馬首を北へ向けた。

「迎えに行くか、帝がここへ来ると決めたのならな」


紅陽が頷く。

「軍を動かしますか?」


廠は首を振った。

「いや、軍は動かさない。神軍が動けば、袁紹も曹操との戦になる危険がある」


紅仁が槍を肩に担ぎ、前に出る。

「では、少数で?」

「ああ。俺と、護衛を数十。帝を安全に神域へお連れする。それだけだ」


廠は騎馬隊に向けて声を張った。

「紅陽、紅仁。精鋭を三十、選りすぐれ。すぐに出るぞ」

「はっ!」

騎馬隊が一斉に動き出し、選抜が始まる。

廠はその様子を見ながら、思っていた。


(全然歴史と違うんだな…もう、知識があてにならん)


ほどなくして、三十騎の精鋭が揃った。

紅陽と紅仁も馬に跨り、廠の左右に並ぶ。


廠は空を見つめた。

「帝は、今どこかな」


紅陽が言う。

「曹操も袁紹も、帝を追って北へ向かっているはず。急がねば、神域の南で三軍が交錯します」


廠は頷いた。

「行くぞ。帝を、神域へお連れする」


廠が馬腹を蹴ると、三十騎が一斉に続いた。

砂煙が上がり、神域の南門を越えて北へ駆け出す。

その姿は、まるで静かな湖面から飛び立つ矢のようだった。


----


帝の小さな一行は、北へ向かう街道を急いでいた。

供回りはわずか十数名。


護衛としては心許ないが、帝はそれでも進んだ。


「……本当に、神域へ行ってよいのだろうか」

帝は馬上で呟いた。


従者は答えに窮し、ただ頭を垂れる。


「陛下、神軍は……異形を退ける唯一の軍。

あそこならば、袁紹殿も曹操殿も手出しはできませぬ」


「そうであればよいが」


帝の声には、確かな意志があった。


----


やがて、前方に小さな一団が見えた。

旗はなく、護衛も少ない。


その中心に、帝の姿があった。


紅仁が声を上げる。

「殿、あれは」

廠は馬を走らせ、一気に距離を詰めた。


帝の従者が慌てて声を上げる。

「何者だ」


廠は馬を止め、静かに頭を下げた。

「神軍の廠だ。陛下が我らの地に向かっていると使者から聞いて、迎えに参った」


帝の従者が下げる。

帝は驚いたように目を見開いた。

「神軍…廠と申すか。そなたが、来てくれたのか」


廠は馬上から帝を見つめ、深く頷いた。

「申し訳ありません、陛下。我ら、作法など知らぬゆえ、このまま話をいたします。

陛下が神域へ向かわれると聞きましたが……本当ですか?」


帝はわずかに目を伏せた。

「ああ。そうだ。……迷惑であろうか?」


「はい」


廠は、ためらいなく言い切った。

従者が息を呑み、紅陽たちの背筋がわずかに強張る。


だが廠は構わず続けた。

「我らは異形を屠るために存在する軍です。

陛下が来れば、くだらぬ連中の相手をせねばならなくなる」


帝も従者も、言葉を失っていた。


廠は淡々と続ける。

「“神域”と民が呼んでいるようですが、あの地をここまで発展させたのは、ほかならぬ民たちです。

漢という国から見捨てられた者たちが、自分の力で生きる場所を作ったのです」


従者が堪えきれず声を上げた。

「失礼であるぞ!」


廠は冷ややかに返した。

「失礼なのは、お前たちだ」

「な……!」

「不甲斐なく、政争の道具として扱われ続けてきたのであろう?なぜ、抗わない?」


帝は口を閉ざし、ただ廟のように静かに揺れていた。

廠はさらに言葉を重ねる。


「守ってもらおうとして動くたび、行く先で戦が起きる。

今のあなたたちこそ、民にとって“迷惑”な存在だ」


その声音には怒りも侮蔑もなく、ただ事実を述べるだけの冷たさがあった。

廠にとって、帝は、転生前の歴史で見たただのモブ、にすぎない。

だが、だからこそ、彼は遠慮なく真実を突きつけることができた。

帝は、唇を震わせながら、ようやく小さく呟いた。


「……私は……どうすればよいのだ、廠」


「戦え。剣を取れ」

廠の言葉に、帝ははっと顔を上げた。

廠は続ける。

「漢王朝の血がなんだ。民の血と何が違う?民は、自らの血を流して、生きる場所を勝ち取ったんだ」


帝も従者も、息を呑んだまま動けない。

廠は淡々と、しかし一切の情けを挟まず言葉を重ねた。


「お前たちが戦えば、きっとついてくる者は現れる」


帝は震える声で返す。

「だが、私には……そんな力など……」


廠は即座に切り捨てた。

「民だって、最初から力など無い。それでも皆、戦った。

“できぬ理由”を並べるのは、言い訳にもならん」


帝は言葉を失い、従者は拳を握りしめたまま俯いた。

廠の声は冷たく、しかしどこかで“期待”のようなものが微かに滲んでいた。

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