第38話 「破壊の帝王」
西牙丈一郎。
通称「壊し屋」。
齢、二十六歳。
身長・百八十二センチ。
体重・九十三キロ。
ボサボサの茶色い髪をまとめる様に白い帽子を被っている。
顔は目鼻が綺麗に整っていて、どこかの雑誌のモデルにでもなれそうなルックスである。
鼻頭には横1直線に深い傷があった。両眼は猫科の動物の様に鋭く肌は褐色である。
対して。
郷田梅雲。
通称「クラッシャー郷田」「破壊の帝王」。
齢、四十歳。
身長、百九十二センチ。
体重百三十五キロ。
髪は黒くボサボサで、少し長い。顎髭も適当に伸びしているのか整えられていない。
眉は太く、両眼は柔らかく大きい。
肌は褐色で、体の大きさに比べて動きがかなり軽やかである。
「さてと、戦う前に一つ提案があるんじゃがのー」
郷田はニコリと笑う。
「ククク、なんだ?おっさん」
西牙はそれに答える。
「おいおい、おっさんはないじゃろうが。ワシはまだ四十歳じゃぞ」
郷田はガハハと大声を上げて笑った。
「ワシが勝てば、戸倉一心とは、今後一切関わりを持たないで欲しいのじゃ。そうだのー、すぐにでも日本から出て行ってもらおうかのー」
郷田は黒いボサボサの髪を右手で掻く。
「戸倉一心だと?」
西牙は少し不思議そうな顔をした。
「そうじゃ。お前と一心が闘うことで、日本裏社会の執行部が動きよるでのー。そうなると、いろいろとややこしいのじゃい」
郷田はゆっくりと西牙に近付く。
「おっさん、お前はあの男の為に俺と闘うと言うのか?」
西牙は静かに言った。
「まぁ、そういうことになるわなー」
郷田はニコリと笑う。
「他人の為に、自分の命を懸けるか・・・。面白いおっさんだな」
西牙は郷田を真正面から見た。
「だが、そういう人間・・・嫌いじゃないぜ」
西牙丈一郎は、白い帽子を脱いで地面に投げ捨てる。茶色のボサボサの髪がふわりと風になびく。
「その条件、喜んで飲んでやるよ」
西牙もゆっくりと前に進む。
「だが、おっさんが負けたらどうする?」
西牙丈一郎と郷田梅雲の距離は、二メートル程に迫っている。
「俺が負けたらか?ガハハハ!」
郷田は大声を出して笑い、数歩前に出た。
負けることなど有りえないと言う笑い方である。
「何が望みだ?」
郷田は西牙の顔を覗き込んだ。
二人の距離は5センチを切っている。
「そうだな・・・」
西牙丈一郎はそう言うと。
ゆっくりと。
ゆっくりと。
郷田梅雲の顔に、顔を近付ける。
そして。
郷田梅雲の耳元まで顔を近付けて、ボソボソと何か言葉を発した。
「・・・・・?!」
一瞬。
郷田梅雲の両眼が大きく見開き、表情が一変した。
喜びでもなく、悲しみでもない。
怒りである。
驚きである。
だが。
すぐに、普段の郷田梅雲に戻った。
「ガハハ!わかったわい!ワシも男じゃ!その約束、守ろうぞ!」
郷田は大声を上げて笑う。
そして。
それが合図かの如く。
お互いの攻撃が瞬時にして放たれた。
郷田梅雲の右拳が唸る。
西牙丈一郎の右上段蹴りが走る。
バチイィィーーーン!
工事中の駐車場内に爆音が響く。
お互いがお互いの衝撃により、二メートル程後方に飛ばされている。
「いいねぇー」
西牙は上唇を舌で舐めた。
「えげつない攻撃じゃのー」
郷田は両腕を前に出して構える。
十日前のマイケル・フォーとの闘いで痛めた両腕は、すでに完治していた。腫れはひき、万全の体勢なのである。
じりじり。
郷田はゆっくりと右に回る。
西牙もそれに同調するが如く、右に回る。
「思う存分楽しめそうだな、ククク」
西牙はそう言うと。
両手を大きく横に伸ばした。
その隙を郷田は見逃さなかった。
大きく右足を踏み込み、左拳を放つ。
その拳は、周りの空気を全て巻き込み、轟音と共に西牙の顔面を襲う。
バシイィーーーン!
西牙丈一郎は、その爆拳をすばやく両手で受け止める。
しかし。
強烈な衝撃の為に、西牙の上半身は後方に反りかえり、後頭部が後方に飛ぶ。
それ程の拳圧なのである。
だが。
西牙丈一郎も、普通の人間ではない。
その反動を利用するかの如く。
両手を地面に付けて、逆立ちの体勢になると。
両足をぐんと伸ばして、郷田の顔面に飛ばす。
ガツゥーーーン!
郷田は、その蹴りを右手で防ぐと、西牙の腹部に前蹴りを放った。
その時には、西牙丈一郎は動いている。
地面に両手を付いたまま、逆立ち状態で横に二回転すると。
空中に飛び上がっていた。
そして。
郷田の腹部に飛び蹴りを放つ。
バチイィーーーン!
郷田は、前に出していた蹴り足をすばやく戻して、その飛び蹴りを防御する。
「ククク、さすがはあの有名な郷田梅雲だな」
西牙はそう言うと、地面にフワリと舞い降りた。
「お世辞などいらぬわ」
郷田は、西牙をじっくりと見ると大きく笑った。
黒いボサボサの髪を右手で掻き毟ると、西牙丈一郎に近付いていく。その動きは、巨体には似つかわしくなく、繊細で静かである。
ゆらり、と動く。
下半身を低く落とし、上半身をなびかせる。
郷田は両腕を前に伸ばすと、西牙の腰に飛び付いた。
西牙丈一郎も馬鹿ではない。
その攻撃を瞬時に悟ると、後方に飛び身構える。
だが。
郷田梅雲の動きは、その上をいっていた。
西牙丈一郎の腰に両腕を回すと、左右の指を絡ませて固定する。
「そりやあぁーーーい!」
そこからの動きは速かった。
郷田は、大声を上げると下半身を跳ね上げ、上半身を反らせた。
西牙丈一郎の体を持ち上げて、地面に頭部から叩き付け様としたのである。
「チッ!」
西牙は、両腕を伸ばして頭部が地面に叩きつけられるのを防ぐ。
畳やマットの上ならまだしも、砂利とは言え、固い地面の上である。一発喰らっただけで、再起不能になるのは目に見えているからだ。
衝撃が両腕に響く。
西牙は、その衝撃をさらに和らげる為に、両肘を曲げる。
そして。
体を郷田の中でぐるんと回転させて向かい合う状態になると、両膝を内側に滑り込ませた。
力一杯に背筋を伸ばす。
「ぐぬう!」
郷田梅雲は、両手で絡めている指が外れそうになるのを必死で堪える。
(なんという身体能力じゃ。この様な外し方を実践するとは!)
郷田は、両腕にさらなる力を込める。
西牙丈一郎は、逆立ちをした様な状態で、両手を地面に付けている。両膝を腹の前に押し付け、背筋と足の力で郷田の腰に回った両腕を外そうとしているのだ。
郷田梅雲は、体全体を大きく反らせてブリッジの状態になりながらも、西牙の腰に両腕を回して締め付けている。
みちっ。
郷田の腕が叫ぶ。
みちみちっ。
西牙の背筋が唸る。
だが。
西牙丈一郎の背筋と足の力が強力なのか、徐々に郷田の腕が悲鳴を上げる。
みちみちっ。
(こ、此奴・・・、なんという力じゃ・・・)
郷田は有りえない力に驚きを隠せない。体格も大きく、腕力や力には絶大なる自信があったはずなのに、いとも簡単に外されようとしているのだ。
みちっみちっ。
西牙は、一気に背筋に力を入れると、郷田との体に少しの空間を作った。
地面に付けている両手をぐるんと回転させる。
それと同時に、体も横に回転させる。
西牙丈一郎は、そのまま地面に腰から落ちると、郷田の両腕から逃れる様に、両腕に力を込めて地面を押す。
ザザザザッ!
西牙は、腕立て伏せをした様な状態のまま、地面を滑る。
「逃がしたか!」
郷田は、頭の頭頂部分を地面に付けると、三点倒立をして跳ね起きる。
ずざっ!
郷田梅雲の体が宙に浮き、地面にふわりと降り立つ。
西牙も、両腕に力を込めて、腕立て伏せの様な状態から、上半身を空中に押し上げ立ち上がる。
ずじゃりっ。
西牙丈一郎と郷田梅雲。
まさしく、人間の皮を被った化け物である。
「ククク、なるほどなるほど」
西牙丈一郎は、郷田の先程の攻撃で一つ悟ったことがあった。両手の指を広げ、また閉じる。指の関節からボキボキと気持ちのいい音が鳴る。
「おっさん、プロレスラーか?」
西牙はニヤリと笑う。
「ほうほう、よくわかったのー。まぁ、元プロレスラーだがのー」
郷田は両手を顔の前に出して構える。
「ククク!そうか!プロレスか!」
西牙は地面の砂を靴先で蹴る。白い煙が舞い上がり、空気中を雲の様に漂う。
その笑いは、冷やかしや馬鹿にした様な笑いである。
「何がおかしいのじゃい?」
郷田は両眼をギラリと光らせて問う。
「おかしいだと?ショーマンシップに溺れたプロレス如きで俺に挑むだと?笑わずにいられるか?ククク!」
西牙丈一郎は、両手の掌を胸の前で上空に向けると、首をかしげて呆れた表情をした。
「・・・・・」
郷田は顔の前に上げていた両手をゆっくりと降ろすと。
顔面を地面に向けた。
一瞬の沈黙。
西牙丈一郎は、ククク!とまだ笑っている。
「おい・・・」
郷田梅雲の声のトーンが少し低くなる。
ゆっくりと。
ゆっくりと。
顔を上げる。
その表情は、怒りで満ち溢れていた。
両眼は大きく見開き、太い眉は吊り上っている。口元はぎゅっと引き締められていて、いつものニコリとした笑いが一切ない。
太い両腕で、着ている上着を紙クズの様に引き千切ると、砂利の地面に投げ捨てた。
その肉体は異常な程大きく、筋肉の上に厚い脂肪が綺麗に乗っていて、プロレスラーに相応しい体造りなのである。
「俺を馬鹿にするのはかまわんがのー」
郷田の体がゆらりと動く。
「プロレスを馬鹿にする奴は・・・許さんぞ!」
その瞬間。
郷田の左拳が轟音を放った。
西牙はすばやく頭部を下げて、左側に避ける。
チチッ!
西牙の茶髪を、郷田の左拳がかすめる。
「ぬうりやぁーーーっ!」
郷田は、左側に避けた西牙を追いかけると右拳を放った。その拳は風を起こし、空気中を振動で響かせる。
「クッ!」
(力任せだけじゃねぇ。しっかりと狙ってやがる!)
西牙丈一郎は、両手を交差すると、その攻撃を受け止める。
その衝撃力は半端ではない。
西牙の体が一瞬宙に浮く。
郷田梅雲は、放った右拳を引き戻すと。
上空で左手を組み合わせて、西牙の頭部へ振り落す。
西牙丈一郎も負けてはいない。
右足の踵を上空に力強く振り上げて、その攻撃を止める。
だが。
郷田の体重と腕力が組み合わさった攻撃力は、西牙の防御を軽く弾き返した。
バチイィーーーン!
西牙の足が弾き返されて地面に戻る。
郷田の左右の掌を組み合わせた上空からの振り下ろしは、まだ死んではいない。
そのまま、西牙丈一郎の頭部へぶち当たる。
「カハッ!」
西牙の体が、いや頭部がブルブルッと揺れる。
その衝撃は、頭部から首へと走る。例えるのなら、車に跳ねられた時とほとんど一緒ではなかろうか。
「プロレスを甘くみるんじゃねぇわい!」
郷田はその場で大きく飛び上がった。
身長、百九十二センチメートル。
体重、百三十五キログラム。
その様な巨体が空中に舞う。
両足を揃えての全体重を乗せた両足による飛び蹴りである。
プロレス技で言う「ドロップキック」だ。
西牙は、目の前が一瞬暗くなるのを感じた。
瞬時に危険を察知して、両腕を顔面の前で交差した。
ドゴオォーーーーーン!
「ゴハッ・・・!」
西牙丈一郎の両腕に、郷田梅雲の重いドロップキックが見事に炸裂する。
郷田は、ふわりと地面に降り立つと、吹き飛ぶ西牙を見た。
プロレスリングは、たしかにショーマンシップだ。子供や女性、お年寄りやプロレスファンを楽しませる為に、全てが有ると断言しても過言はない。
試合では負けることもある。
だが、本気で闘えば、どのような格闘技にも負けはしない。
俺はずっと、プロレスが格闘技のジャンルで最強だと思っている。
プロレス界からは足は洗ったが、今でもそれは変わらないのだ。
立ち技もあれば、寝技もある。
投げ技もあれば、関節技もある。
だから。
どのような格闘技にも負けはしないのだ。
(プロレスを馬鹿にする奴は許さんぞ!)
郷田梅雲は、吹き飛んでいる西牙丈一郎を睨む。
西牙の体は後方へと吹き飛び、駐車場の中にある一本の柱にぶち当たる。その柱はまだ完成途中なのか、コンクリートが薄く塗り込められているようで、西牙の背中が力強く当たっただけで、大きく崩れ落ちた。
「ガハッ・・・」
西牙丈一郎の体が一瞬バウンドする。
そして、地面に崩れ落ちようとする。
郷田梅雲は、すでに動いていた。
崩れ落ちようとしている西牙の腹部に、大きく振りかぶった右拳を飛ばす。空気が震え、風が鳴く。
どごおぉーーーん!
西牙の背中が大きく曲がる。
「グハッ・・・!」
西牙は、地面に崩れ落ちることさえも許されずに、次の攻撃を喰らったのだ。
「お前が悪いのじゃからのー。プロレスを馬鹿にした、お前が!」
郷田はさらに踏み込むと。
左拳を発射する。
大きな轟音が響き渡り、空気中を振動させる。
その狙いは、西牙の顔面である。
ごぱあぁーーーん!
郷田の左拳が、西牙の右頬に突き刺さる。
その勢いは凄まじく、西牙の頭部が回転したかと思うと、体もそれに釣られて回転する。
空中で体を三回転させて地面に落ちる西牙丈一郎。
「ふん!」
(ワシに本気を出させおって・・・)
郷田梅雲は、地面に崩れ落ちる西牙を眺める。
(だが・・・)
「まさか・・・この程度じゃあるめぇな」
郷田はニヤリと笑った。
地面に崩れ落ちる西牙丈一郎は、両足を綺麗に揃えると地面にゆっくりと着地した。
そして、笑う。
「最高じゃねぇか・・・おっさん」
西牙丈一郎は、首を左右に振って右頬を右手で撫でた。口の端からは赤い血が流れ出る。
「ガハハ!頭部を振って、ワシの攻撃を逃がしたか!やりおるわい!」
郷田は大声で笑った。
「おっさんが本気を出すなら・・・俺も少しは本気を出して応えないとな・・・」
西牙丈一郎はそう言うと、上着を脱いだ。




