第37話 「強襲」
ある日曜日の昼間。
街は、休日を堪能する人間達で賑わっていた。
人々は、日頃のうっぷんを晴らすかの様に、ショッピングや食事、カラオケやアミューズメントパークでストレスを発散する。
街中には、たくさんの商業施設が連なり、人間達は自分の好きな店や場所を求めて、縦横無尽に動き回っている。
その様な街中に、一人の男がいた。
白い帽子を深々と被り、黒いシャツに黒いズボンを着用している。
肌は浅黒く、首や腕は太く、胸板はかなり厚い。
顔は目鼻が綺麗に整っていて、鼻頭には横一直線に深い傷がある。
身長・百八十二センチ。
体重・九十三キロ。
街中にいる人間達とは完全に異質な存在である。
その男が道を歩くと、周りにいる人間達が自然と道を開け、目を逸らし避けていく。殺気を放っているわけでもなく、ただ普通に道を歩いているにもかかわらずである。
その男は、白い帽子を少し上にずらして空を見た。
雲一つない晴天である。
その男こそ、西牙丈一郎である。
西牙は、目の前にある百貨店に入った。
十五階建ての百貨店は、入り口から混み合っており、お年寄りや女性達がエレベーターに乗り込む為に、順番待ちをしている。
西牙は、黒いズボンに両手を入れたまま、上に階に向かうエスカレーターに飛び乗る。
一瞬、なぜかグラリと揺れたが、その様なことで壊れるエスカレーターではない。
西牙は二階フロアには見向きもせずに、エスカレーターで三階に向かう。
三階のフロアに着くと、ショップや飲食店には目もくれずにどんどんと歩いて行く。
そして、フロアの一番端に到着した。
そこには壁一面に大きなガラスがあった。
高さ四メートル、横幅五メートルのガラス面が、横に連なって五枚並んでいて、その光景は圧巻である。
フロアからは、信号待ちで待っている人間や怪しい勧誘をしているキャッチの人間、待ち合わせをしている人間や喧嘩をしている恋人同士など、百貨店の中から外の様子を見ることができる空間になっているのだった。
「・・・・・」
西牙は、黙ったまま外の様子を見ている。
その時。
壁一面の大きなガラスに、黒い影が映し出された。
人影である。
それもかなり大きな人影だ。
身長二メートル弱はあるだろうか。
西牙丈一郎の真後ろに立っているようである。
その人影が、ぐわんと動く。
大きな両腕を横一杯に広げると、目の前にいる西牙を左右から押し潰す様に放つ。
西牙丈一郎は、その場で上空に跳躍すると。
目の前の大きなガラスを右足で蹴り上げた。
ガシャアアアァーーーン!!!!!
高さ四メートル、横幅五メートルのガラス面が一枚、轟音と共に粉々に砕け散る。
飛び散ったガラスの破片は、百貨店の外側と内側にスローモーションの様に崩れ落ちる。
そのフロアにいた人間達は、その衝撃音に耳を疑い、何が起こったのか理解していない。両眼を見開いている者や口をポカンと開けている者、手に持っていた缶ジュースを床に落とす者や腰を抜かして床に倒れる者。
いきなりの出来事に、呆然としているだけである。
それは、百貨店の外側にいる世界でも同じことであった。
上空から、粉々に砕け散ったガラスの破片が降ってきたのである。
百貨店の目の前を歩いていた人間達は、バラバラと降ってくるガラスの破片にきょとんとした。
雨にしては音が違う上に、重みも違うからだ。
地面に落ちたモノを確認して、初めて驚愕するのである。
え?ガラス?
百貨店の目の前を歩いていた人間達は、慌てて上空を見る。
そして。
さらに、驚愕した。
粉々になったガラスの破片と共に、人間が降ってきたからだ。
え?!人間?!
誰もが驚き、声を失っている。
人間が上空から降ってくるなど、誰が想像できるであろうか?
その人間は、百貨店の前に止まっている一台のタクシーの天井に飛び降りる。
どこおぉぉん!!!
車と車が衝突した様な轟音が響き渡る。
タクシーの天井部分は大きくへこみ、その上に人間が立っている。
西牙丈一郎である。
タクシーの運転手は、何事が起きたのかと運転席のドアを開け、タクシーから飛び出した。
その瞬間。
上空が一瞬暗くなる。
そして。
もう一度、先程よりもさらに大きな轟音が響く。
どごごおぉぉぉん!!!
今度は、タクシーのボンネットに人間が飛び降りてきたのだ。
ボンネットはぼっこりとへこみ、いびつな形を保っている。
もう一人の人間は、体格がかなり大きく、髪は黒くボサボサである。
郷田梅雲である。
タクシーの運転手は、腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
百貨店の前を歩いていた人間達も、全員が呆然としている。
「粋なことしてくれるじゃねぇーか?」
西牙丈一郎は静かに言う。
「がはは、ワシも不意打ちは好きじゃないが、あれ如きでやられる様な奴じゃ意味がないからのー」
郷田梅雲は、ボサボサの黒髪を右手で掻いた。
「お前、何者だ?」
西牙丈一郎は、ふわりとタクシーの天井から飛び降りた。
「ワシは、郷田ってもんじゃ」
郷田梅雲も、タクシーのボンネットからふわりと飛び降りる。
「ククク、そうかそうか。お前が、あの有名な郷田梅雲か」
西牙は、ズボンのポケットに両手を入れるとニヤリと笑った。
百貨店の前には、大勢の人だかりが出来ていた。
だが、誰一人として声を上げない。
いや、あまりにも異様な光景で、声すら上げれないのである。
西牙は踵を返すと、ゆっくり歩き出した。
「どこへ行く?」
郷田は問い掛ける。
そこには、逃がさないぞ、と言う大きな圧力がかかっている。
「ここで俺とやるのか?」
西牙は、ゆっくりと首を曲げて郷田を振り返って見る。
「・・・・・」
郷田はじっくりと西牙を見返した。
「ククク、俺はここでもいいんだぜ?」
その言葉に嘘はない。
郷田は全身から発していた殺気を消した。
西牙は頭部を前方に向けると、百貨店の前にいる大勢の人間達を無視するかの様に、平然と百貨店の横にある細い道に入って行く。郷田も西牙の後をゆっくりと付いて行った。
その様子を、静かに眺めている人間達。
ざわざわとしているが、誰一人として声を上げない。
二人の男が細い道を進み、左折して姿が見えなくなった瞬間に、全員が一斉に騒ぎ出した。
「警察だ!警察を呼べ!」
「ガラスが!俺の頭の上にガラスが!」
「ひいぃぃーーー!」
「なんなんだ!なんなんだ!あれは!」
極度の緊張から解き放たれた人間達は、関を切った様にあちらこちらで叫び始めたのである。
西牙丈一郎は、後ろを振り返らずに歩いて行く。
郷田梅雲も、大きな体を揺らしながら西牙の後をゆっくりと付いて歩く。
闘いにおいて、敵の背後を取ることは絶好のチャンスである。
だが。
郷田梅雲は、その様な男ではなかった。
卑怯なことが大嫌いな上に、男義のある人物なのである。
それでは、先程の百貨店での攻撃はどういうことなのだ?と思われる方もいるであろう。
あれは違う。
あれは、西牙丈一郎を試したのである。
あの程度の殺気すら感知できない人間であるならば、正々堂々と闘う資格すらないからだ。
(この男、一心が夢中になるのもわかるわい)
郷田は、西牙の後姿を眺めながら思った。
前を向いて歩いているにも関わらず、正面同士で向き合っている感覚を味あわせてくれる。さらには、どの様な攻撃も交わして反撃をする態勢が出来ているのである。
(この前の李宗民と言い、まだまだこの世は広いのぉー)
郷田はニヤリと笑顔を作った。
「ワシが、お前の後を着けていたのは、何時から気付いておったのかいのー?」
郷田が西牙に話し掛ける。
「ククク、そんなもの、街に出た時からビンビンに感じていたぜ」
西牙はニチャリと笑いながら言う。
「なるほどのー。それで、わざと百貨店にワシを誘い込んだってわけかい?」
郷田は、してやられたと言う表情をした。
「普通の人間は、人混みでは絶対に攻撃はしてこないものだからな。だが・・・おっさんは規格外だったぜ。容赦なく攻撃してきやがったからな、ククク」
西牙は、喜びを抑えきれない様な笑い方をした。
「追い込んだつもりが、こっちが一本取られたってことじゃのー、ガハハ!」
郷田も黒いボサボサの髪を右手で掻き毟る。
西牙は、細い道を何度も左折したり右折したりすると、大きなビルの工事現場前で足を止めた。十階建てマンションの建築現場らしく、一階はかなりの広さの駐車場が出来るスペースになっているようだ。
「ここでどうだ?」
西牙は郷田を見ると親指を立てた。
「ええのー。ここで決まりじゃ」
郷田は、大きなビルの工事現場を眺めた。
西牙は、工事現場の入り口を封鎖してある鉄柵をふわりと飛び越える。高さ二メートル程の鉄柵であるが、西牙にとっては何の障害にもならない。
郷田も大きな体をゆっくりと弾ませると、その鉄柵を飛び越えた。
人間の領域を超えている化け物達にとっては、意味のない障害でしかないのである。
二人の男がゆっくりと工事現場の砂利を踏む。
ジャリ。
ジャリ。
大きなビルの工事現場は、かなり広範囲に建築途中で、一階の駐車場スペースには、まだまだたくさんの建築資材が所狭しと置いてあった。
地面も塗装されておらず、砂利のままである。
西牙と郷田の動きが止まる。
かなりの広さを誇る駐車場スペースに二人の男が対峙する。




