世界が紡いだ物語
こうして、俺たちはまた4人に戻った。そして、縦に連なって、狭い通路を慎重に歩いている。
ことの発端は、先頭を歩いているウェンバーの言葉だった。今も、ご機嫌で尻尾を振っている。
「実は、長老からこの城の隠し通路の事はたくさん聞いていたんです!ねえ、カイさん!せっかくだから、そこを通って王の間に行ってみませんか!」
正直、真っすぐ向かう方が面倒はなさそうだった。でも、俺だって王のための隠し通路はぜひ見てみたい。ということで案内を頼んだのだが。
「いいですか。ここのレンガ、ここだけ色が違うじゃないですか。えっと、確かここから三つ隣のところを押すと…」
ガコン。
ウェンバーは躊躇わずに押したが、嫌な予感しかしない。
「押すと、どうなるんだ?」
「それはですねぇ、う~んと。あ、思い出しました。槍が出ます!」
「それは早く言え!」
風切り音とともに、俺の鼻先を鋭利な槍の先が通過した。
「あ、危ねえ!何してくれてんだ、ウェンバー!」
「あはははは、いやあごめんなさい。気を取り直して次に行きましょう!」
その数分後。
「ここですよ、ここ!」
たどり着いたのは小さな扉。隠し扉とは思えないほど堅牢な造りの扉だ。
「今度は何があるっているの」
少し目の据わったシルフレアの問いに、ウェンバーは身を寄せ、声を潜めて話した。
「もしもまだ、ここに伝説の人物がいるのなら。…必要なのは秘密の合言葉です」
「合言葉?極秘の通路の先に人がいるって、この国の守秘はどうなっているの…?」
いや、その困惑はわかる。が、もしかしたら門番や守り人のような人かもしれん。
忍び込んでの合言葉。童心を思い出すのか、ガイルも乗り気だ。
「ウェンバー、その合言葉とは?」
「行きますよ。扉を3回、1回、3回ノックして。えっと、ツケは払えん!…でも、ツケって何ですかね?」
その瞬間、重厚な扉が弾けるように開く。どうやらつながっている先は厨房だったらしい。厨房の奥から、包丁を握った老齢のオークが、鬼の形相で飛び出してきた。
「おうおう!貴様、鼻っ垂れのシェイブルの知り合いか!あいつ、わざわざよこした使いがこれか!」
振りかざした包丁が容赦なく飛んでくる。
「わあ!長老って食い逃げ常習犯だったんだ!」
「言ってる場合か!逃げるぞ!いや、謝れよ!」
そうして、ウェンバーが何かをするたびによくないことが起き続けた。
本当に、お前って奴は。
こいつが自信満々な時ほど、油断は禁物だって、理解してたはずなのに。
最終的には、ウェンバーの頭にはシルフレアによって大きなこぶができることになった。扉の先の景色から位置を割り出したシルフレアが先頭になって、道を進む。
進んだ先には俺がぎりぎり通れるくらいの小さな出入口。
通った先に広がったのは、小さな書斎とベッドのある、落ち着いた部屋。
「ハーフリング用か?それにしては…これは?」
悪いとは思いながらも中に入る。机の上には1冊の本が置いてあった。文字を読むことはできない。
シルフレアでさえ読めないと言うそれは、恐らくは古代妖精族の文字を使っているらしい。
もしかしたら、そう思いながら手を伸ばす。
指先がそっと本に触れると、ぱちりと静電気のような何かが走る。その瞬間、頭の中に声が響いた。
『汝、我が記憶に触れる権利を持つ者なり』
その瞬間、本が浮き上がって勝手に開く。
その文面はほとんどが塗りつぶされているが、中身は俺でも読める言語に変換されていった。
『●月◆日 ついに、人間族が――。彼らの恐ろしさは私が最もよく知っている。なぜなら私は—―だから。人間族は、面白くも恐ろしい。油断などしなくても、僕らが呼吸をするたびに、信じられない程に数と力を増していく。数は、力なのだ。それは歴史を瞬きの一瞬で進めていく』
『▼月〇日 我らは人間族との関わり方で揉めている。我等と人間族は異なる生き物だから、らしい。だが、それなら我等の方がよほど異なっている。彼らの――が御せない歪みを生んでいる』
『×月△日 我らの歩みはいつしか止まった。でも、一番の停滞は—―が生み出している。我らが歪みに呑まれる前に、急がなければならない。急がなければ。急がなければ、――になる』
肝心なところがぼかしてあって読めない。が、言いたいことはなんとなくわかった。
とりあえず、一番に感じたのは最初の文章。この王、間違いなく人間を知っていたな。しかも、見た、聞いたのレベルじゃない。恐らくはそれなり以上に人間と関わった経験をもっている。
「悠久を生きる妖精族、ねえ」
確かリゼルバームの長老の話だと、当時の王が何を考えていたのかについて、様々な種族の間でも疑問視されていたらしい。
その考えの根幹にあったのが人間への理解と警戒心。亜人種と人間の違い。亜人種側の歪み。そして、王という立場から見たなにかの限界。だからこそ変革を急いだ、か。
この王は、誰よりも早く、遠くの未来を視ていたのは間違いない。でも、人間に対する経験値、考え方の始まりが他とは根本的に違うんだ。そりゃあ、周りとは噛み合うわけがないよな。
その後、どれだけ本に触れても、もうページを開くことはできなかった。
もう少し読んでみたい気もするが、開かない以上は仕方ない。
そろそろ、俺たちのクエストも終わらせないとな。
「さて、王の考えって奴の端っこあたりには触れたんだ。そろそろ、本題を済ませなきゃな」
そして、隠し通路ではなく、扉を堂々と通って進んだ先、そこには一つの豪奢な椅子。謁見の間と言うにふさわしい造りの中央には、巨大なクリスタルが浮いていた。
「止まって」
巨大なクリスタルへと足を踏み出そうとしたとき、シルフレアが制止した。
不思議に思いながらも、索敵スキルを起動すると、クリスタルの陰に1つの反応。
隣から、深く息を吸う音が聞こえた。反対からは何かを握りこむ音。
その静寂と緊迫感を破るように、シルフレアが声を上げた。
「いるのはわかっているわ。出てきなさい」
その言葉に従うように二つの影がゆっくりと姿を現した。
それは、ユーライアにそっくりな、蝶を思わせる美しい羽根をもつ妖精族だった。
取り出していたユーライアの分体結晶が、すこし熱をもった気がした。
どうやら、ここからが本題ってわけらしい。
「ついに、人間族が、冒険者なる者たちがここまで来たのですね」
うっすらと開いた目に宿るの怒気か、緊張か。
自然と手は銃に伸びるが、その手は銃を握ることはなかった。
開いた目に宿ったのは、安堵。シュトーバーが最期に見せた目とよく似ていた。
「ありがとうございます。私はリリシア。貴方達にはユーライアの姉という方がよくわかるでしょうか」
名乗り、リリシアは静かに頭を下げた。
ウェンバーやシルフレアも、戦う気はないようだ。ただ、2人の眼には疑念だけが浮かんでいた。
なぜ今になって。そう言っているのが俺でもわかった。
リリシアは、一つ頷いた。
「わかっています。なぜ私が今になって貴方達の前に姿を現したのか。それをお伝えに来たのです」
リリシアは静かに語り出した。
「事の始まりは、父が人間族との通商を決めた頃まで遡ります」
リリシアの話をまとめると、通商に反対したことでリリシアは鬼族に目をつけられた。水面下で進んだ反乱計画は、リリシア側への接触があった時には、すでに取り返しのつかない規模まで達していたという。
この辺りは、相手側の物語だ。まったく、よく作りこまれているんだな、とさえ感じる。
「あの時の光景は今でも明確に思い出せます。鬼族、巨人族をはじめとした力ある種族の長たちが、私に選択を迫った光景を。王国の均衡は失われました。王国の滅亡は避けられないと悟りました。でも、私は妖精王ギムレットの娘。ただ座して滅びを待つことはできません」
過去を思い出すように、リリシアの手は震えている。その瞬間の恐怖と、決断の重さが、まだ体に残っているかのように。
そうしてリリシアは獅子身中の虫になった。ギムレットが築いたものを失わないように。鬼族の王が真の王とならないように。クリスタルの解析を遅らせ、可能な限り反乱の動きを遅くし、規模を小さくし、いつか再び正しき王国の旗が揺れることを願って。
「なるほどな」
リリシアの言葉を反芻する。
はっきり言って、嘘かどうかの判断は難しい。とはいえ戦いは終わったんだ。今更嘘をついても、それを貫き通すことなんてできるはずもない。
ただ、それよりも。これを聞いて他がどう反応するのか。それが知りたかった。
「その言葉、信じさせてください」
手元から突然、声が響いた。
熱をもち、光を増した分体結晶。閃光のような輝きを放ち、次の瞬間にはユーライアの姿へと戻っていた。
「おお、手乗り文鳥サイズ」
思わず出た言葉を慌てて飲み込む。
ユーライアは、気にせずに続けた。
「もしかしたら、とは思っていました。私があの部屋から抜け出し、下町まで逃げ延びる。それは協力者の力だけでは難しかったはず。でも――」
「そうね。できることの一つには、あなたを逃がすことも入っていたわ。でも、やり遂げたのはあなたよ、ユーライア。私はあなたを、誇りに思う」
これまで、硬い表情を崩さなかったリリシアが、ようやく微笑んだ。
ユーライアとリリシアの距離がゆっくりと縮まる。
リリシアは、ユーライアがつぶれぬように、優しく両手で包み込んだ。
「やっぱり、貴女はあの頃の優しかった姉上のままだったのですね」
俺たちは言葉を挟むことなく、その光景を見守った。
緊張がほどけていくのがわかる。
それを象徴するように、王の間に柔らかな風が吹いた。
「お待ちいただき、ありがとうございました」
ユーライアとの再会を終え、改めてリリシアがこちらに向き直った。
「父が何を恐れ、何を見据えていたのか……私にもすべては分かりません。ですが、父はかつて、私が幼い頃、世界を股にかけて旅をした日々について教えてくれたことがあります。そこに人間という言葉はありませんでしたが、恐らくは登場した人々こそが人間族。だとすれば、そうやって積み上げてきた経験と知識をもつ父こそが、私たちの中では異端だったのです」
そこで、一拍を置き、リリシアは続けた。
「それが、父を孤独にしたのかもしれません。ですが一つだけ、わかることがあります。父は、人間族を恐れてはいませんでした。むしろ、変わらぬ我ら妖精族の停滞をこそ、恐れていたはずです。そして、いつだって、父は輝ける未来を夢想し続けていた」
最初とは全く違う目。違う表情。
意志の強さと、信念を感じさせる力強い表情をしている。
これが、妖精王の娘の本当の姿。
「……なるほどね。知りたかったことも少しはわかったよ」
俺はクリスタルを見上げた。つられるように全員がクリスタルへと目を向ける。
「そろそろ俺は、ユーライアからの依頼を完遂してもいいんだろうか」
その問いにリリシアはゆっくりと首を振った。
「ユーライアだけでは足りません。この子は、魔力操作が大の苦手でしたから。父の組み上げた緻密な封印を解くのに、何年必要になるかわかりません」
「でも!」
リリシアの言葉にユーライアの声がかぶる。しかし、リリシアはもう一度首を振り、「ですが」と前置きして俺を見据えた。
「私がいれば、私が手伝うのなら。それなら話は変わります」
魔力量に秀でた妹姫、ユーライア。そして、確か姉姫であるリリシアの特徴は。
「秀でた頭脳と緻密な魔法操作技術」
驚いた表情で姉を見上げるユーライア。リリシアはその様子に少し微笑み、今度はしっかりと頷いた。
「そして、そのために貴方の力をお借りしたいのです」
「俺の…?」
「はい。報告は聞いています。貴方は、妖精族が得意とするクリスタル作成技術を応用し、父が生み出した力。結晶石の力を使いこなすと聞いています」
ぞわり、と肌を何かがかけぬけた。
ここでくるか。
黒の結晶石。それはこのゲームを始めた最初の頃に手に入れた、分不相応にレア度の高かったアイテム。
「あれはたしか、滅亡した魔法都市の遺物だったな…」
まったく、盗賊団のアジトにどうしてあんな代物があったのかとは思っていたけど、まさかギムレットに関わる物だったとは。
ということは、王の出自は…。
いや、今は置いておこう。
俺は、そっとリグMB01を取り出した。それはいつもと変わらず、青白い輝きを放っていた。
「それは妖精族の魔力ととても相性がいいのです。かの一撃ならば、私たちはより深く、父の元へと食い込むことが出来る」
「一応聞くけど、俺の武器は銃だぞ?」
聞くと、リリシアは笑って答えた。
「だからいいのではありませんか。それに、銃弾も同じなのでしょう?…それなら私たちにとっても渡りに船なのですよ」
遅まきながら、ようやくわかった。
つまり、これこそが、俺の役割だったってことか。
手を竹筒へ。UIをいじり、二つの銃弾を取り出した。
一つは魔力の満ちた弾。もう一つは空の弾。あの時作り出した魔法弾の、最後の2発。
「これがあればいいのか」
「はい。私はそちらの弾に宿ります。それなら、私の魔力不足も補えますから」
「それなら、私はこちらですね。そして、これなら」
2人は頷き合い、その手を魔法弾へと重ねる。
全身が輝き、光が収まった時、この場には4人だけが残されていた。
手のひらに残されたのは、1つになった魔法弾。
「2人を運ぶ、魔力の海を渡る船ってか」
独り言に応じるように、弾丸が一瞬きらめく。
振り返ると、3人が俺を見ていた。
「さあ、最後だ。頼んだぞ、カイ」
「やりなさい。貴方の手で、始めるべきよ」
「任せましたよ、カイさん!」
その声に背を押されるように、俺は丁寧に魔法弾を銃へと装填した。
銃身から放たれる光は、黄色と黄緑の暖かな光。
すでに空のはずの魔力タンク。
でも、不思議とわかる。
これは、撃てるんだと。
トリガーに指をかけ、ゆっくりと絞る。
放たれた弾丸は、クリスタルの中央に命中した。
深く、深く。沈むように突き刺さり、オレンジの輝きを放つクリスタルへと溶けていく。
「これは…」
クリスタルから漏れ出たのは、虹の輝き。
様々な光の泡が、ふわり、ふわりとあふれ出す。光は柔らかな風に乗り、右へ左へと飛んでいく。
「終わった。かな」
「うむ、これでこの国は真の解放に向けて歩み出すのだろう」
「今度は、私もこの国に寄り添って生きてみせるわ」
「さあ、これからだってやることはいっぱいですよ!」
光を追ってテラスへと出た。
城下町の住人が光の泡を見上げて指をさしている。
大きな揺れをたて、巨人が倒れる。
遠くに槌を振るう音が聞こえる。
「ああ。本当に、終わったんだな」
クエスト終了のアナウンスがなった。
『≪これはあなた達の物語≫および≪これはあなたの物語≫をクリアしました』
こうして、俺の長かった物語の幕が落ち、新たな物語が幕を開けた。




