戦いの果てに
戦場に、白い息が揺れた。
静寂が広場を包む中、倒れ伏したガイルの拳が、ゆっくりと空へ突き上がる。
「……勝った、のか……」
静かな雪原で、耳を澄まさなければ聞こえないようなかすれた声。それでも、確かに生きている。
「ガイル!」
声を聞き、駆け寄っていた。雪を蹴り、膝をつき、ポーションをかける。
そのすぐ後ろから、ウェンバーとシルフレアもふらつきながら歩いてくる。
すでに2人の姿はもとに戻っている。疲労の色は濃い。
でも、やりきったという晴れやかな表情を浮かべていた。
「よかったです!本当に…!」
「本当に、4人でやり遂げたわね…」
ウェンバーが最後の力を振り絞り、倒れるように飛び込んでくる。
後に続いたシルフレアは、静かに、俺たちを抱きしめた。
ガイルも笑みを浮かべた。
「ふふ、お前たちなら、できると信じていたさ……」
四人で肩を寄せ合う。
張りつめていたものが、ふっと抜けていく。
雪の冷たさが、今はひたすらに心地よかった。
ふと視線を向けると、木にもたれかかって座るシュトーバーが、静かにこちらを見ていた。
その顔は、何かを確かめているような。何かを見たいと願っているかのような。そんな様子だった。
そして、何かしらの結論を得たんだろう。瞳に、戦いの最中にはなかった“安堵”の色がかすかに宿る。
「最後に、やるべきことがあるな」
俺の言葉に3人が頷き、立ち上がる。肩を貸し、支え合い、それでも時折よろけながら、シュトーバーの元に歩み寄った。
「……シュトーバー」
俺たち以上にボロボロとなっていたシュトーバーは、何かを隠すように、皮肉な笑みを浮かべた。
「まさか、本当に我が試練を超えてみせるとは」
風のざわめきにかき消されるような、小さな声。呼吸は浅く、今にも崩れ落ちそうだ。
しかし、その目はまっすぐ俺たちを見つめている。
「我は、自分が間違えたとは思っていない。我にできるすべてを、全力をもって成し遂げてきた。それが、まさかな。貴様等のような、青く、歪な集まりに破れようとは」
呼吸を置くように、一拍が空く。そして、どこか満ち足りたように口角を上げた。
「人間、コボルト、エルフ。そして冒険者。どれも我が忌避した存在だ。…それが、どうだ。互いを支え、補い、共に並び立つ。その姿に、見えてしまった。我らが求め続けた……未来が……」
弱々しくも、芯のある声。俺以外の3人も、一言も漏らすまいと聞き入っている。
誰もがわかっている。これが、シュトーバーとかわす最後の会話になるという事が。
「己が力を御せず、力を暴走させた愚者。その果ては決まっている。…我はもう長くは持たぬ。だからこそお前たちに、託さなければならない。残されたものに罪はない。……王国に残された同胞たちのこと……頼んでもよいだろうか」
手は震えている。もはや起き上がることすら適わない体で、その瞳だけが力を残していた。
「任せろ、とは言えない。でも、俺たちにできる最大限の努力をすると誓うよ」
そろった目線、交錯する思い。NPCと呼ばれる彼は、今、何を思っているのだろうか。
やがて、用は済んだとばかりに、瞼が落ちていく。
「エルフ族の娘。人間族の騎士。不死の呪いをもつ冒険者。そして、未来を作り出した我が親愛なる同胞よ。その誓い、果たせぬ時は化けでも出向き、その命をもらいに行くと心得よ。我はいつでも、お前たちを見ているぞ…」
ウェンバーが小さな手を伸ばす。シュトーバーの手を握る、それは、同族を送る、愛情に満ちたものだった。
「これ、を」
震える手で、シュトーバーは自身の剣を差し出す。
黒い刃は、雪の光を受けて淡く輝いていた。
「この剣は、ドワーフ族が鍛え、妖精族が祝福し、数多の種族を超え、誇りある戦士が継いできた、戦士の証。力の象徴であり……願いの形だ」
これを受け取るということの意味。それがわからないわけではない。だが同時に、それを託すべき相手は俺じゃないような気がした。
「約束は果たす。でも俺は剣を使うタイプじゃない。そんな大事なもの、俺が受け取っていいのか」
自然とそう言っていた。
だがそれに言葉をくれたのは、ガイルだった。
「違うぞカイ。剣を渡すという行為にこそ、意味があるのだ。まさか、我らと似た文化を貴公らももっていようとは」
高潔であろうと生きる者。2人だからこそ通じる考えなのだろう。シュトーバーも静かに頷いている。
「剣とともに思いは託される。お主は誓った。ならば、剣に残るは力の象徴。後は、お前が認める者に……託せばよいのだ」
その言葉に、脳裏に浮かぶ姿があった。
思いは受け取るが、それは1人でなければならないというわけじゃない。なら、その思いごと、受け取れる奴に継ぎにいく。それが、『世界の物語』に踏み入った俺の役目なんだろう。
剣を渡したシュトーバーは四人を見渡し、どこか懐かしむように目を細めた。
「……思い出す。共に戦った……仲間たちを…。ああ、そうだ。我も、かつては…」
そのまま、穏やかな表情で目を閉じる。
淡い光が体を包む。シュトーバーの体は静かにポリゴンへと変わっていった。
雪が舞い落ちる音だけが、戦場に残る。
静寂を破るように、システム音が響いた。
『公式イベントクエスト≪???≫の攻略を完了しました』
「……終わったんだな」
達成感が胸に広がる。
だが同時に、胸の奥で何かが引っかかっていた。
「あ、王都の解放。イベントで解放されるものと思ってたけど、違うのか?」
その瞬間、アナウンスが続く。
『19時より、全プレイヤーへ向けた特殊クエストが開始されることをお知らせします。詳細は、公式情報をご確認ください』
公式イベントは終わる。でも、『物語』はまだ終わりじゃない。
その時、メッセージウィンドウが点滅した。
『カイ、話したいことがある。セントエルモのクランハウスに来てくれ』
富士からの連絡だった。
「……行かないとな。3人はどうする?」
「なにか、大切な用事があるのだろう?我らは、マナウスでカイを待つ。さらなる先へ進むなら、必ず声をかけてくれ」
そうして、長い戦いを終えた俺は、いったんの別れを経て、マナウスへと帰還した。
クランハウスに集まったメンバーの前で、錦がウィンドウを開く。
「最終クエストの概要が出た。最大一週間、その中で一度だけ挑戦できる特殊クエストだ」
「1週間の間で、1度だけ?」
楓の呟きに頷く錦。ヨーシャンクが補足してくれたことをまとめると、今日ログインできていないプレイヤーも一定数はいる。そのプレイヤーたちにも物語の結末を届けるための措置じゃないか、とのことだった。
「そして、クエストの内容は全プレイヤーの個別対応型。参加者のこれまでのプレイログを参照し、内容にそったクエストが作成される。つまり、俺たち全員が辿った『物語』が反映されるということだ」
その言葉に、アイラは首を傾げた。
「みんなで参加したら、私たちも戦うってこと?」
「いや、それはないだろう。あるとしたら、戦場の只中で何かを作る。くらいだろうな」
富士が勢いよく立ち上がる。両の拳を打ち合わせ、やる気に満ちている。
「だったら今日、時間になったらすぐにでもやるべきだろ。全員そろってるんだし!」
俺は仲間たちを見渡し、静かに頷いた。
「そうだな。俺もみんながどんなイベントを辿ったのか、詳しく知りたい」
「おうよ!王都ってやつの奪還、最後まで堪能させてもらおうじゃねえか!打ち上げはその後だ!」
その言葉に全員が頷き、立ち上がった。




