誓いを胸に
雪を割って、木の芽が顔を出す。見る間に大きくなり、人間サイズまで育つ。
生み出された木々は粘土のように形を変え、様々な形をとっていく。
それは、どこか歪な亜人種族たちだった。角の折れたオーク。翼の欠けたホークマン。鎧の胸元に穴の開いたコボルト。片腕のないワーウルフ。片目のないハーフリング。
木目の残る顔には、どこか怒りと悲しみを湛えているようにも見えた。
「貴様らが、我の、我らの思いを超えていけると謳うなら。その覚悟、行動で示してみせよ」
胸元に拳をあると、魔力の波が渦を巻く。ただの魔力が、意思をもってシュトーバーの周りを廻っているようにも見えた。
魔力の流れに巻き込まれるように雪が舞う。木目の亜人種たちの存在と相まって、ぞくり、と肌が粟立った。
「征くぞ、親愛なる同胞よ」
ワーウルフが走り出す。最初はゆっくりと、次第に早く。
そのまま跳びついてきたところを、銃剣で切り結ぶ。横にはコボルトの兵士。振られた剣を黒心で受けながら後退する。
思った以上の攻撃の鋭さに、背筋を冷たいものが走る。
「そうだよな。これこそが、コボルトって種族の真髄だよな」
思い出すのは、リゼルバームでの人形劇。あれだけの精度の人形を作り出し、滑らかに動かす圧巻の魔力操作技術。それが今、俺たちに牙を剝いていた。
次第に動き出す亜人種兵たちから視線を外し、シュトーバーはシルフレアを見据えた。その顔には疲労の色が見えるが、眼光は一層の鋭さがあった。
「さて、貴様にも問うておこう。なぜ、あの時から一貫して沈黙を続けたエルフ族が、今更になって顔を出した。妖精姫、ユーライア様の分体護送に失敗し、潰された面子でも挽回しに来たか。いまさら王国の一員などと嘯いても、我は貴様等を亜人種の同胞などとは、断じて認めぬ!」
その言葉に、ワーウルフと切り結んでいたシルフレアの表情が一瞬、歪んだ。それもワーウルフを捻じ伏せ、後退する。
「そうね。確かに、エルフ族の中で、王国に関わるのはいつも数少ない変わり者たちだけだった。私たちはギムレッド王国に属しながら、その実、王国とは常に一定の距離を置き続けてきた」
シルフレアが舞う。絶え間なくステップを踏んで敵を攪乱し、間をすり抜けて切り裂いていく。シルフレアの通った道を映し出すように、風と雪が逆巻いている。
「でも、それには理由がある。私達エルフは永き時を生きる者。妖精族が王として立った以上、私たちが前に出ることは、定命の者たちが作り上げ、成し遂げる変革の波を歪めることにつながるわ」
ウェンバーが打ち出した木の槍がパペットを巻き込んで地面に刺さる。その柄を足場に跳んだシルフレアは、敵を飛び越え、空中でホークマンを切って着地した。
「でも、そうして過ごすうち、私たちこそが歪んでいったのは確かよ。王国の外から、その営みを見下ろすようになってしまった。これは、今回の大戦に参加して、それぞれの思いに触れたからこそ知れたこと。私たちはいまだ、歪みの中にいる」
でも、と小さく呟き、シルフレアは剣を振るう。光の剣戟が飛び、近づくドワーフ兵を真っ二つに切り裂いた。
「私たちは変わらなかければならない。私はそれを知ったから。カイに、ウェンバーに、ガイルにそれを教えてもらったから。だから、次は私が、エルフ族の生き方を変えていくわ」
シルフレアの言葉に、シュトーバーは静かに笑みを浮かべた。
「ふふ、ふはははは!世迷言だな。だが、ならばこそ、変えられると言うその力、示してもらわねばなるまい!」
パペットたちが一斉に動き出す。コボルト兵が牙を剥き、ホークマンが手斧を投げる。
シルフレアが牙を切り払い、ガイルが手斧をはじく。
ウェンバーにはハーフリングやホークマンが群がり、執拗に追い回していた。
もはや、敵の数が多すぎて銃弾のリロードもままならない。
頭を上げて、槍の一突きをかわし、コボルト兵を蹴り飛ばし、銃剣で鬼人兵を貫く。その間にも脇腹をハーフリングが切り裂き、ワーウルフ兵が俺の足を掴んだ。
「ちっ、数が多すぎる!」
黒心のアーツを解放し、ノックバックでワーウルフ兵を弾き飛ばした。するりと伸びた蔦を掴むと体が浮かび上がり、拠点の端まで運ばれる。
ウェンバーも、シルフレアも、ガイルも、全身に無数の傷を受けていた。
「これは、どうすりゃいいんだ」
途方に暮れて出たつぶやきだったが、ウェンバーには答えがあったらしい。鼻先をペロりと舐め、口を開いた。
「おかしいんです。あれは僕たちコボルトの得意とする魔法ではありますが、本当はあんな数を一辺に作って動かすなんてできはしません。なにか、補助的なアイテムを使っているはずです」
そう言われてセルグ・レオンのスコープを覗く。無数の敵の先、シュトーバーは片手を常に胸元に当てていた。その手の中で、何かが一瞬輝きを見せた。
「あいつの胸元だ。あそこで何かを使ってるっぽいな」
「じゃあやることは簡単ですね。それさえなくなれば、制御はできなくなりますから」
俺たちの会話を聞いたガイルが頷く。その表情はどこか、苦悩に満ちていた。
「ならば、私が先頭だ。ついてきてくれ」
ガイルを先頭に右後ろにシルフレア。左後ろにウェンバー。そして、真後ろに俺。小さくまとまり、一つの塊になって飛び出す。
最初のオーク兵をガイルが盾でかち上げる。ウェンバーがするりと前に出ると、地面に手をかざす。飛び出した木弾が次のハーフリングを打ち倒し、さらに前にシルフレアがワーウルフの爪を受ける。
「もう一度変わる、次は私だ!」
盾が赤く輝く。ガイルが正面に盾を構えて突撃すると、アーツで敵の集団が一気に崩れた。
「ナイス!ここは俺が受ける!ウェンバー!フォロー!」
飛び込みながら銃剣でホークマンを切り付ける。そのまま次のオークに蹴りを見舞い、体が九の字に折れ曲がる。オークの背中に飛び込み、背中を借りて前転、着地と同時に銃弾を撃ち込んだ。
しかし、勢いが続いたのはそこまでだった。
右から伸びた手がセルグ・レオンの銃身を掴む。
地面から飛び出した根がその手を貫くが、バランスを崩した俺の体にワーウルフが跳びこみ、爪が体をえぐった。
「カイ!」
「だ、大丈夫だ!まだいける!」
すぐにガイルと先頭をかわり、竹筒から出したポーションを傷口に浴びせる。
その隣で、シルフレアがオークとつばぜり合いをし、ウェンバーは根を伸ばしては敵を打ち据えていた。
やられてはいない。でも、そこに最初の勢いは残ってはなかった。
少しずつ、仲間との距離が離れていく。誰かが跳びこみ、隙間が広がると新しい体を捻じ込まれる。
「俺たちの分断が狙いか!」
このままいけるか、一度立て直すべきか。このまま連携を保てるか。
やけにうるさく感じる心臓の音を聞きながら、決断を下す。
「引くぞ!このままじゃ全員がばらばらになる!」
この突撃は失敗した。おそらく、単純な正面突破じゃ何度やっても道は開けない。
ウェンバーの魔法を中心に据えながら、敵の集団をぬけて切り結ぶ。
やっとの思いで集団を抜けた先では、さらに傷を増やした仲間たちが肩を揺らして白い息を吐いていた。
ガイルは盾を雪に突き立て、荒い息を整えながら呟いた。
「……これが、我ら人間族が生み出した、罪の形か」
ガイルの呟きに俺は振り向いた。握りしめた拳が震え、腕に乗るわずかな雪が零れ落ちる。
ガイルは先ほどと同じく、苦悩を滲ませた目でパペットの群れを見据えていた。
シュトーバーの声が響く。
「気づいたか、傲慢な人間族よ!貴様たちの欲望には底がなく、欲望に突き動かされて領地を拡大する。貴様らのその愚かな習性がなくば、そもそも我ら亜人種族の争いは、その種が蒔かれることすらなかったはずだ!答えよ、人間よ!貴様らはその罪を、傲慢さを、愚かさを!悪意を!こりずに我等ににばらまくというのか!」
ガイルや俺に向けた人間への恨み。それは、これまで違い、純度の高い怒りだった。目を見開き、怒りに震え、全身を震わせている。
「そうだな。人間は間違える。自分と違うことを恐れてしまう。私たちは、そうして失敗の歴史を歩んできた!」
ガイルが声を張る。表情は苦し気で、いまだ荒い息をついている。それでも、視線はシュトーバーから外れることはなかった。
「だが、同時に我々は新たなものを生み出し、育み、間違いを正しながら進んできた。時にわが身を顧み、次に同じことのないようにと教訓を生み出し、そうして次代に継いでいったのだ。私たちの存在が、お前たちに多くの不幸をもたらした。それは否定のできない事実なのだろう!だが、騎士として、この地に生きる一人の人間として!あなた達と話し合い、手を携える。その未来を掴むまで!決して歩みを止めてなるものか!妖精姫が求めた助力に応じたその先に、真の平和があると、光が射すと!そう信じて、私は主に剣を捧げたのだから!」
ガイルの言葉は、騎士として、亜人種の存在を知りながら、それを住人にひた隠し、来るべきその日に向けて、小さな歩みを続けてきたマナウスの歴史だった。
プレイヤーの多くが知る、この大戦の正義だった。
言葉にすることで、ガイルの表情から苦渋と憂いの色が抜けていく。
「この戦いからも、私は逃げるつもりはない。罪を知り、なお剣を取る。それが今の私の正義だ。だからこそ、カイ。君の指示が欲しい。その指示に従い、必ずや道を切り開いてみせる」
ふっとガイルの顔が綻ぶ。
わずかな時間に盾に積もった雪が、さらりと崩れて落ちる。
まさか、今回のイベントに参加した時は、俺以外全員がNPCのパーティーを結成することになるなんて思いもしなかった。
「結果的に、最高のパーティーが組めたな」
「ふふふん、カイさんたら、なに言ってるんですか!」
嬉し気にウェンバーの尾が揺れる。シルフレアは、表情を変えず、剣を構えなおす。ガイルが再び盾を持った。
リグMB01の最大の制限。魔力タンクの最大充填時の射撃限界数。可能な限りとっておきたかったが、今こそが、使い時だ。
「ガイル。全力で押し込むだけならどこまでいける?」
「敵とぶつかってから30歩は進める」
敵の広がり方と配置。シュトーバーと俺達との距離。ガイルの突進力と俺の魔法弾。ウェンバーとシルフレアの起点と機動力。これでやり切ってみせる。
「すぐに行くぞ。突破はガイルとシルフレア。ウェンバーは俺の守護と2人のフォロー。俺はガイルの突破が終わった後に道を開く。ウェンバーとシルフレアは特に柔軟性が求められる。必要なことが叫んででも伝えてくれ」
「任せて」
「はいさー!」
「承った」
全員が頷くと、ガイルとシルフレアは間髪入れずに走りだした。ガイルは盾を構えながら突進していく。
「今こそが切り札を使うとき!ゆくぞ、シュトーバー!人間の覚悟を見せてやる!騎士の誓いを魂に込めて!」
ガイルの叫びに盾が応え、輝きを増す。盾に宿ったオーラが一気に広がり、横に伸びて盾の形を形成していく。そして、ガイルが地面を踏みしめると、大量の雪を散らしながらの突進が始まった。
オーク兵を、コボルト兵をホークマン兵を。次々と巻き込み、押し出していく。それは、パペット兵の海を割る、威厳すら感じさせる突撃だった。
「ひゅ~っ、格好良いですねぇ!」
ウェンバーは魔力ポーションを飲み干すと、手をかざす。生み出された蔦は、音もなく伸び、空のホークマンを絡めとる。
背負い箱をおろし、リグMB01を取り出す。魔力弾を装填し、時を待つ。
ガイルのオーラの盾が少しずつ縮んでいく。余裕をもって3人は横に並べた幅から、2人へ、そして1人の幅へ。最後に盾のオーラが消えると、ガイルの足が止まった。
「ここだ。突っ込め!シルフレアァ!」
わずかにかじかんだ指先が、トリガーを絞る。青白く脈動した銃身から、独特の音を放って弾丸が飛んだ。
弾丸が走る。足元の雪をまき散らし、風が唸る。
美しさすら感じる軌道を描いて、魔法弾はガイルに向けて斧を振り下ろそうとしていたオーガ兵に直撃した。
魔力の波紋が爆ぜる。そのまま、オーガ兵もろとも、敵を蹴散らしていく。
敵陣を貫いた魔法弾は、最後にシュトーバの肩を撃ち抜いた。
「がぁあああぁ!ウェルザルギアを落とした銃か!こざかしい真似を!」
よろけながらも、踏ん張るシュトーバーだったが、肩には大きな傷のエフェクトが残っている。
そして、開いた道を再びガイルが走り出す。シルフレアは一緒に走りかけたが立ち止まり、敵の新手が道をふさごうと動き出すのを見て、こちらをちらりと振り返った。
「ウェンバー、蔦をよこして!」
「ほいきたぁ!行きますよ、シルフィ!」
ウェンバーが両手をかざす。遠く離れた地点から勢いよく根が伸びると、もう一度、鞭のようにしなる。シルフレアはそれを受け、高速で飛び出した。
「それはさっきも見たわ!同じ手が何度も通用するほど、甘い相手ではないと知れ!」
片腕をシュトーバーが突き出すと、敵が一斉にシルフレアの軌道上に跳びこむ。そのほとんどは届かずに終わるが、ホークマン兵の一人がシルフレアの剣を弾き飛ばした。
「武器を失い、なんとする!」
シュトーバーが叫ぶ。
武器をセルグ・レオンに持ち替えるが、撃つ相手が多すぎる。
シュトーバに届く直前、敵のパペットが固まりシルフレアを受け止めようと群れを成す。
「こい!貴様から息の根を止めてやろう!」
「させるかぁ!」
割って入ったのは、先行して走り続けたガイルだった。盾を構え、敵ではなく、後ろを振り返る。
「こい!」
「ええ!」
ガイルは一切の躊躇いなく、シルフレアをシールドバッシュでかち上げた。
高速の直線軌道から、立体的な楕円軌道へ。突然の動きにパペット兵たちも腕を伸ばすが届かない。
そのままシュトーバーを飛び越えて着地したシルフレアは、シュトーバーが落とした長剣を拾い、振り向きざまに剣を伸ばした。しゃらり、と地面を走る剣が鈍く鳴る。
「精霊剣・宝石を光にかえて!」
「させるかぁ!」
互いに振り向き、2対の剣を分け合って握った2人。
先に攻撃が届いたのは、白く輝きを灯したシルフレアの剣先だった。剣先はシュトーバーの胸元を突き刺し、遠目にわかるほどの光が弾ける。
そして、胸元のクリスタルは光を失い、甲高い音を響かせて砕け散った。
「やった、か?」
「はい!見てください!パペット兵の動きが止まりました!」
ウェンバーに続き、俺も走り出す。戦果を挙げたシルフレアが、最も危険な位置にいる。
俺よりも早くかけていくウェンバーが、異変を感じてさらに足を速めた。
視線の先では、シュトーバーが胸元を抑えて呻いている。崩れるように倒れかけ、それでも膝をついて倒れはしない。
だが、それよりも。砕けたクリスタルから散った光が、もう一度シュトーバーに集まっていた。
光が集まり、少しずつ、色を変える。それはピキキ、と耳障りな音を響かせ、美しくも恐ろしい、黒い輝きに変わっていった。
「魔力暴走です!逃げて!シルフィ!」
ウェンバーが叫ぶ。異常を察したガイルが盾を構えて走り出す。俺の位置は遠く、全員の動きがやけにゆっくりと見えた。
「ワレの、誇リ、を。セイギの、体現を。残サレシ、民にスクイの、手ヲ……!」
構えた剣から奔流のような魔力が迸る。その勢いだけで、周囲の雪は吹き飛ぶ。
シルフレアも剣を構える。しかし、シュトーバーの横薙ぎは、シルフレアを一撃で吹き飛ばした。
ガンっと鈍い音とともに高速で吹き飛び、数度地面で跳ね、そのたびに雪が舞う。
転がりながら柵を折り、奥の木に激突する。
地に伏したシルフレアは、ピクリとも動かなかった。
「シルフレア!」
そちらに気を捉えれていると、シュトーバーは一足飛びにガイルとの距離を詰める。
一息でガイルを懐に入れると上段から剣を振り下ろした。
「ぐおぉぉおお!」
盾を構え、万全に近い態勢で受けながら、一瞬と保たずに地面へと叩きつけられる。
「汝ラ、に。セイ、義の。鉄槌…ヲ!」
これまでとは異なるどこか遠くを見るような焦点の合わない瞳。それでいて、狂気の宿るそれは、はっきりと輝きを増していた。
シュトーバーは体を大きく捻り、溜をつくる。
大技が、くる。
「来るぞ!ウェンバー!」
「どんとこいです!」
本能のようなものだった。思考を飛ばし、感覚に従って、片手を竹筒に突っ込む。
ウインドウが現れる。アイテム欄が高速で動く。
「憤怒のすべてを込めて!」
振るわれた剣閃は幾重にも重ねられたウェンバーの根を切り裂いた。
驚愕に見開かれたた瞳が、一瞬、俺と交差する。
全力で伸ばした手は、ウェンバーを掴むことなく、空を切った。
「ウェンバー!!」
戦場には柔らかな雪が降り続いている。
音のなくなった世界で、ただ一人苦しみ悶えるシュトーバーの変貌。その黒い輝きに、優勢だった戦況は地獄へと叩き落とされた。




