問いに答えを
そこは、森の中に切り開かれた何もない拠点だった。野球場のような広さの、広々とした雪原に漆黒の影が一つ。
黒い巨体。長剣の二刀流。精悍な表情のコボルト。
あの時、実力でも、作戦でも俺達より優れていた存在が、あの時以上の圧力をもってそこにいた。
黒い影が割け、三日月のような赤が覗く。
「やはり、きたな。冒険者」
それは、静かな、それでいて圧倒的な力をもった言葉だった。
気づけば拳を握り、腕に力が入る。
「ああ、もう一度お前に挑戦させてもらうぞ、シュトーバー!」
全員が武器を構える。その様子を見ていたシュトーバーは、何がおかしいのかくつ、くつ、と喉の奥で笑いが漏れ、体を揺らし始めた。それは嘲りでも怒りでもなく、ただ、確信に満ちた笑いだった。
一歩ずつ、ゆっくりと歩みを進めながらすらりと抜き放たれた剣は、惚れ惚れするよな輝きを放っている。
そうして、刃はガイルを、ウェンバーを、シルフレアを、そして俺へと順に向けられた。
「我らの分断を生む契機となった忌々しい人間族」
ガイルが盾を構えて突撃を始めた。盾が輝き、真っすぐにシュートーバーへ向かう。
「歴史の眼から逃れ、我らの苦渋から目を逸らしのうのうと生きる同胞」
ウェンバーがいくつもの根を生み出し、それぞれが一斉にシュトーバーへと向かう。それを一振りで切り払ったシュトーバーは、なお言葉を紡ぎ続けていた。
低い声に、少しずつ力がこもっていく。
「妖精族と同族以外に興味のない、同胞に手すら差し伸べない、毒にも薬にもならない傍観者!」
シルフレアが、言葉を無視して風のように飛び出す。舞う雪煙が一本の筋を生み出していく。途中で振った剣戦からは光の刃が飛び、シュトーバーは羽虫を散らすかのように打ち払った。
「そして、我らが正義を阻む壁となり、この大戦の趨勢の決め手となり得る愚かな冒険者!」
セルグ・レオンから放たれた銃弾は、シュトーバーの刃で真っ二つに切り払われた。
「ふはっ、ふはははは!寄りにもよって、我が最も嫌う者たちがこうもそろっていいるとはな!本当に、本当に、虫唾が走る!」
シュトーバーの剣が輝きを増す。振るわれた一撃は雪原を割り、ガイルが吹き飛ばされた。白く煙る視界の中、シュトーバーの言葉が嫌に響く。
「ならば、我が直々に引導を渡そう。来い、ここで終わらせてやる」
ここまで言わせて、ただ黙ってそうですね、なんて言わせてたまるか。今回のイベントが、物語が色濃くつながっているのなら、ここで答えを返さないなんてありえない。
「お前の正義もさぞ重かろう。でもな、俺達にも揺るがない正義って奴があるんだよ!行くぞ!」
俺の言葉に反応するようにガイルが雪煙を割って飛び出す。
振るわれた剣の機動を盾が捉え、金属の音がうち合わさる。走った勢いを殺され、逆に押し込まれながらも、ガイルは雪を踏みしめて立っていた。
「ウェンバー!」
俺の声を聞くよりも早く、ウェンバーの足元から根が伸びる。鞭のようにしなるそれは、シルフレアの足場となる。
その瞬間、シルフレアの姿が消えた。
風を切りる音と雪だけが軌跡を示し、シュトーバーの脇腹に浅くエフェクトを残す。
シュートーバーが振り上げた刃は、背を向けているシルフレアへ向かう。
「させるかよ」
放った銃弾が手首へと命中する。
はは、と自然と笑みがこぼれた。他に注意さえ向いていれば、セルグ・レオンでも十分に戦えるじゃないか。
周囲の環境を見回す。俺たちがいるのは広場の中央。障害物は何もない。
位置取りも悪くない。シルフレアが孤立しているから、そこをフォロー。短く思考をまとめ、ちらりとウェンバーを見る。
ウェンバーはこくり、と小さく頷いた。
「今!」
ガイルがもう一度跳びこみ、今度は自分から切りかかる。あっさりと受けられた後、刃と盾が押し合いになったのは一瞬の事だった。
片腕で競り合っていたシュトーバーがもう一振りの長剣を振り下ろす。
2本の轍を残しながら押されていくが、そこに木の足場が組まれた。
「感謝、する!」
雪さえなければ、まだ踏ん張れる。全身から身体強化のオーラがほとばしり、雄たけびをあげ、全力で抗う。
ウェンバーがもう一度大槌を作り出し、雪原を叩く。舞い上がった雪にまぎれ、シルフレアとウェンバーがシュトーバの元に飛び込んだ。
生み出された根がシュトーバーの足に絡みつく。
その根を蹴って跳び上がり、シルフレアが切り結ぶ。
すれ違いざまに、ウェンバーが一撃を入れる。
走りこんだ勢いを生かし、銃剣を腕に突き刺す。
それはわずかな、そして大きな手応えだった。
「羽虫がわらわらと!しゃらくさいわ!」
シュトーバーの全身から、衝撃が弾けた。
吹き飛ばされ、シルフレアは雪原を転がっていく。ウェンバーは空中でくるりと態勢を整えて着地する。
俺は黒心のノックバックを発動したが、それでも勢いは殺せず、気づけば雪にまみれて転がっていた。
最後まで踏ん張っていたガイルは、最後にシュトーバーの一撃をもろに食らい、拠点の端の柵を壊して吹き飛んだ。
圧倒的だった。こっちの連携を、その技一つで破壊する。
シュトーバーは剣を一振り、雪原に突き立てた。
「揺るがない正義…?お前たちの言う薄っぺらい正義とはこの程度のものか」
漆黒のコボルトは薄く嗤う。
「お前たちは知らぬのだ。敗れたものの末路を、その凄惨さを。その歴史をしってなお、我に勝てると抜かすのか!」
それは、覚悟の滲む言葉だった。そして同時に、どこか悲しみの色が混じる。
雪を握りしめる。体は、動く。銃は、手にしている。まだ回復しない痺れに鞭をうち、全身を震わせて起き上がる。
目の前には、シュトーバーが見下ろしていた。振り下ろされた剣は俺の眼前でぴたりと止まる。
「答えてみせよ、人間の冒険者よ」
心の中で、もう一人の冷静な俺が笑っている。まったく、俺のプレイログをこうやって参照してくるのか。こうして、それぞれのプレイヤーに自分の辿った物語をぶつけさせるのか。
「知っているとは言えないかもしれない。だが、その一端には触れた。シュトーバー、ウェイザルギアは、生きている」
剣先が、一瞬揺らぐ。見上げた目がほんの少しだけ、見開かれる。
体の痺れは、とけるまではあと少しか。銃を杖に震える身体を押さえつけて立ち上がる。
「中立の里で、ウェイザルギアからお前たちの歴史を聞いた。俺達では計り知れない絶望の中を歩いてきたことにも、触れた。そして、それを知ってなお、揺らがずに進むことを決めた奴がいるから、俺はここに立っている」
俺の視線の先にいるのは、ウェンバー。犬歯を露わに唸り声をあげ、今にも飛びつこうと構えながらそれでも、我慢をしてくれていた。
ちらりと、視線が交錯する。それに気づいたのだろう。シュトーバーも剣先は俺に突き付けたまま、ウェンバーに視線を向けた。頷くと静かに話を始めた。
「そうですね。確かにあなたから見れば、僕たちは妖精王を守れず、困難から逃げた臆病者に映るのかもしれません。でも、僕は決めたんです。僕の力で、僕たちの時代で、すべてを救ってみせるんだって!その中には、あなたもいるんだ、シュトーバー!」
ウェンバーの叫びのような主張にシュトーバーは聞き入っている。驚くほど真剣に、小さな呟き一つでも聞き漏らさないとでも言うように、聞き入っていた。
「でも、それでもあなたが立ちふさがるなら、僕たちは力を合わせて超えていくんです!それを、今から証明してみせます!カイさんたちと一緒に!」
身体を蝕む痺れが、消えた。
雄たけびを上げたガイルが全身にダメージのエフェクトを刻みながら飛び込んでくる。振られた一刀を受け流し、続く刃を盾で受ける。そして、全身が真っ赤なオーラに包まれた。
「よく言った。ウェンバー!ならば、私もその思いに答えよう!」
刃を逸らし、受け、ガイルの体が反転し、全身をバネにしてシュトーバーに突撃する。
俺はとっさにポーションをガイルの背に投げつけて距離を取り、弾丸が尽きるまでの射撃を続けた。
肩口へ。顔へ、足元へ。躱せると思わせられる場所を、受けられると考えるだろう場所を、連続で狙っていく。
俺への攻撃は考えるな。俺のことはガイルが必ず守り抜く。今は、少しでも視線を俺に向けさせろ。
続く射撃とガイルの猛攻にいら立ちの表情を浮かべたシュトーバーだったが、いきなり視線をぐるりと右に向けた。
そこにいるのは、ウェンバー。これまでで最大の木魔法、巨大な拳を思わせるそれを大きく振りかぶる。
「いきます!受けれるものなら受けてみて!森犬族の誇りを握って!」
ウェンバーの高らかな宣言に、俺の体は反射的に動き出した。シュトーバを挟み、ウェンバーの反対側へ。
「小癪な…!」
ああ、鬱陶しいだろう。最大の攻撃に対処しないといけないのに、3か所を見ないといけない大変さ。
「ずっとソロを続けてきたんだ。それは、俺が一番よく知っている!」
「その程度で。あまり我を、なめるな!」
振りかぶった巨木の一撃を前に、シュトーバーの剣が輝きを増す。ガイルを蹴り飛ばすと剣を交差させ、深く沈むように構える。俺への対処は後にするのか、振り向きもしない。
「コボルト族に伝わる2刀の技の冴えを見よ!」
瞳が大きく見開かれるのと同時、振られた剣閃は拳とうち合わされた。打ち合った衝撃は、とてつもない音ともに衝撃をまき散らし、あたりの雪が舞い上がる。
「ぬうぅぅおぉぉぉぉおおお!」
「ガイル!」
「任された!」
ガイルの一撃がシュトーバーの足元に入る。多少は威力が減衰しているだろうに、二つの刃は巨大な拳を押し戻し始めていた。
「ここだ、シルフレア!」
その言葉に、シュトーバーがハッとシルフレアの倒れていた場所へ首を向ける。
シルフレアは、そこにはいない。
舞い上がった雪が落ち着き、小さな影がシュトーバーに降りる。
白く、強く輝く長剣を両手に握りしめ、シルフレアが舞い降りた。
閃光のような一撃がシュトーバーを縦に切り裂く。ガイルの一撃でシュトーバーの膝が揺らぐ。
背後をとる俺が、シュトーバーの肩口を撃ち抜く。
そして、巨大な拳が黒い巨体を殴りつけ、遠くまで弾き飛ばした。
「どんなもんだよ。言っただろ、俺達だって負けるつもりは、微塵もない!」
全員が、肩で息をしている。ガイルは拳を雪に打ち付け、シルフレアは震える足を叱咤して立っている。俺もダメージがあって、ウェンバーは相当な魔力を消耗した。
満身創痍とは言わないが、あまりにも大きい代償だ。でも、本当に大きな一撃を入れた。
追撃は出来ず、俺はポーションを全員に投げていく。
シュトーバーはゆっくりと起き上がると、これまでとは少し異なる瞳で俺たちを見据えていた。
「そうか。貴様らは我らの歴史を知り、地獄を知り、そのうえでなお立ちはだかる者たちか……」
長剣をその場に放り、懐から一つのクリスタルを取り出す。小さなそれは、黄色く、淡い輝きを放っていた。
「貴様たちの認識を改める。ここまでの非礼については詫びよう。そして、今、この時より、貴様らは我にとっての、打ち倒すべき強敵となった!それでもなお、我を倒し先に進めると豪語するなら、この壁を超えてみせよ!」
クリスタルが砕かれる。その瞬間、シュトーバーを中心に大きな半円状のバリアが形成された。
その中で、シュトーバーは座禅を組んでいる。
「これが、あいつらが言っていたバリアか」
ウェンバーが何かに気付く。そして、ハッとしたように声を上げた。
「まずいです!シュトーバーが魔力を練っています!すごく、いやな感じがします!」
ウェンバーの声を聞き、全力で攻撃に移る。銃弾が当たるたび、剣閃がひらめくたび、木の根が突き立てられるたび、バリアにはひびが入っていく。
なるほど、確かに俺たち以外のプレイヤーの攻撃も換算されているのだろう。攻撃が入らなくても、ひびが増す瞬間がある。
でも、それは俺たちが攻撃の手を緩める理由にはならない。
ここじゃない同じ場所で、同じように奮闘しているプレイヤーたちがいる。なら、その全員の火力が、一つ先のステージを切り開くんだ。
これまで、数多の練習で繰り返してきた、基本姿勢。静かに、そして素早く。撃ち続けた最後の銃弾。それがひびだらけのバリアに命中すると、一際大きく、ビシりと音が鳴る。そして、ガラスが割れるように、バリアは崩れ去った。
崩れ去ったバリアの先で、シュトーバーが座禅をほどいて立ち上がる。満ちた魔力に空気が震え、口角だけがわずかに吊り上がった。
静かに、喉が鳴る。




