決戦前に
森ルートの本部を抜け、木々の影が濃くなる手前で、騎士団の制服を着た女性がこちらを見ていた。
アーリンジャー・リルハイム。森ルートの指揮官だ。会ったのはこのイベントの序盤、本部までヒーコを訪ねた時だったな。
おそらく今は最も忙しい時間だろうに、わざわざ用事でもあるのだろうか。
小さく手招きをされたので近寄ると、前回と変わらない、柔らかな笑みを浮かべている。
「来てくれたのね、カイ。あなたの活躍、色々と聞いているわ。本当はお話を楽しみたいのだけれど、ごめんなさいね。状況が状況だから、本題をさせてもらうわ」
彼女の声は落ち着いている。
鍛え上げた騎士団。柔軟に動ける冒険者。練り上げた作戦。すべてに万全を尽くしたという、揺るぎない自信があるのかもしれない。
「この先の敵将までの道のりは、騎士団を中心にした戦力で活路を切り開いているわ。でも、敵が反撃に転じるたびに揺らぐ、脆い活路よ。私達でも活路を開き続けることは難しい」
この人は以前もそうだった。状況とヒントだけを提示して、こちらがどんな回答をするのかを待っている。その後の話をまとめると、こういうことらしい。
騎士団がポータルまでの道のりを作り出せるのは数時間に一度。そして、敵陣の只中を突っ切るので、継戦能力の低いタイプのプレイヤーは騎士団が護衛をつけてポータルまで送っている、と。
つまりは、その上で俺たちに何かを期待しているのか。
「では、私たちは発見した亜人族の隠れ里を経由して進みます。状況次第にはなりますが、側面から圧力をかけて周りを援護することもできるでしょう」
アーリンジャーは静かに微笑む。
視線が一瞬、ガイルに向く。アーリンジャーに気付いた時にそっと離れていったけど、そりゃ気づくよな。
「本当に、察しが良くて助かるわ。それと、これはただのお婆ちゃんからのお願い。あの子は昔から無茶をする子なの。だから、見ていてあげて。貴方と一緒なら安心だから」
「わかりました」
ガイルは不自然にこちらを見ようとせず、森をにらみつけていた。
こうして、俺たちは森の奥へと足を踏み入れた。
森の西側は散発的に戦闘が起きていたが、激戦区に比べればなんということもない。何度も通り、もはや慣れ親しんだ、とでも言えそうな道なき道をたどる。
風の流れ、木々の匂い、時折現れる敵の影。イベント最終日という思いがあるからか、すべてが緊張を孕んでいるように感じてしまう。
それでも俺たちは順調に進んで結界の中に入り込み、やがて木々の間にクレプスクルムの見慣れた光景が広がった。
「カイだ!」
俺たちの訪問に最初に気づいたのは子どもたちだった。ワーウルフの子どもが雪を踏みしめて走り出すと、小さな足音が一斉に駆け寄ってくる。
最初は緊張と不安が入り混じる表情をしていたというのに、今となっては無邪気な笑顔を見せてくれるようになった。子供たちが笑顔ということは、ここは安全だということ。そう思うと少し胸が暖かくなる。
そして、周囲を見回すと、見知らぬ顔ぶれも増えていた。前の時からさらに人数が増えたのか。
「よく来たな、カイ。…ほぅ。少し見ない間に、また一つでかくなったみてぇだな」
夕月が子どもを抱き上げながら近づいてきた。その目は、俺の変化を見抜いている。
「いきなりですまないが、少しの時間、ここに滞在してもいいか?1、2時間くらいなんだが」
それを聞いて、夕月の眼がすっと細くなる。
夕月との関係も深くなってきた。こういう表情をするときは、何かしらの用事が向こうにもある時だ。
夕月は「構わんよ」と頷き、話を続けた。
「急がねぇってんなら、ちょいと会わせてぇ奴がいるんだが、どうだい?」
「構わない。会わせてくれ」
ウェンバーは子どもたちと遊んであげないと、と話しながら離れていく。シルフレアとガイルは住人となにやら話していた。ガイルが話しているエルフの少女は、もしかしたら以前に助けたという子かな。
残された俺は、夕月の後を追う。
案内されたのは、新しく建てられた小屋だった。扉を開けると、薬草の匂いが鼻をくすぐる。
そこには粗い造りの簡易ベッドの上で、全身を包帯に巻かれたホークマンが横たわっていた。
《シュトーバー副官 ウェイザルギア 状態:衰弱》
まさか、魔法弾と崖崩れのコンボを食らった上で生きているとはな。まあ、それよりも、なぜウェイザルギアがここにいるのだろう。
予想外の出来事に、出かけた言葉を一度飲み込む。
眠っているように見えたウェイザルギアだったが、薄く目を開けると、俺を見るなり低く吐き捨てた。
「……お前の策に嵌り、一撃を受けたことでこの様だ。好きに笑うがいい」
「笑わないさ」
俺は静かに答えて、夕月に視線を向けた。聞きたいことは伝わったんだろう。夕月は腕を組み、頷いた。
「森を見回ってた時にな。ガガモの奴が見つけたのさ。ボロボロで、今にも倒れそうな状態でな」
夕月は淡々と説明する。
「こういうのに敵味方は関係ねぇ。こいつだって同胞だ。助けるのは当然だろう?」
その言葉に、俺は深く頷いた。
夕月は続ける。
「お前ぇさんらからすりゃ、こいつらは倒すべき敵なんだろうけどよ。俺からすりゃ、今回の反乱の犠牲者の一人にすぎねぇ。それに、こいつらにも戦う理由ってぇ奴がある。ここを発つ前によぉ、その思いってやつを、聞いてやってはくれねぇか」
俺はもう一度頷く。それは、この戦いのもう一つの物語だ。聞かない、という選択はないだろう。
最初は嫌がっていたウェイザルギアだったが、夕月に説き伏せられるとゆっくりと息を吸い、語り始めた。
「……俺たちは、残された側の末裔だ」
その声は弱々しいが、言葉には重みがあった。
「反乱が起きた時、各種族でも逃げられたのはほんの一握りに過ぎない。戦えぬ者、捕まった者、守るべき家族を抱えて動けなかった者がいた。妖精王もすべての住人を逃がすことなんてできはしない。俺たちは、置き去りにされた」
ウェイザルギアの目が細くなる。
「新しい王国が作り上げられていく中で、俺達ホークマン族も、将軍のいたコボルト族も、裏切り者を出した一族と蔑まれた。鬼族を中心とした種族は、俺たちを下に見たんだ。仕事も、食料も、住む場所すら満足に与えられなかった」
夕月が静かに目を伏せる。組んだ腕の中で拳が固く結ばれていた。
「そんな地獄の中で、俺たちは泥を啜って生き抜いてきた。生まれた時から、ずっとだ。あの夜の凍てつく夜の寒さを、倒れ逝く同胞を抱きしめ自身の無力さを呪った日々を、俺は生涯忘れない」
黒いコボルト、シュトーバーの姿が脳裏に浮かぶ。
「多くの者たちは、次第に気力を失っていった。心が折れ、続々と鬼族に服従を誓っていった。だが、その中にあってもシュトーバー様は、信念と誇りを失わなかった。類まれな才覚を生かして軍に入り、力を示した。能力という、ただ一つの剣のみでのし上がり、権力を手にしたんだ。…あの方は、手にした力で、蔑まれるすべての種族を守ろうと奔走し続けた。俺たちにとって、あの方こそが英雄だ」
ウェイザルギアは苦しげに息を吐く。腕は震え、血の気の失せた顔色で、それでも目の輝きだけは失っていなかった。
「今回の戦い。逃亡者の末裔とお前たちにとっては正義を謳う戦いなのだろう。だが、俺に言わせれば、逃げ延びた者たちこそ、この地獄を生んだ張本人だ。我らの苦悩を、地獄の歴史を何一つ知らぬ、偽りの正義を掲げた偽善者だ!……今、この時も、同胞たちは眠れぬ夜を震えながら明かしている。次に倒れるのは自分かもしれないと怯えている!だからこそ、俺達は命ある限り抗い続ける。必死にあがき、作り上げてきた小さな安寧を、捨てるわけにはいかないのだ…!」
ウェイザルギアの全身が激情に震えていた。その姿を見つめながら、語られた言葉をそっと反芻する。
二つの運命をたどった亜人種たちの物語。王国を取り戻すための正義と、生き残るための正義。
どちらも間違っていない。だからこそ、衝突する。
もしも、プレイヤーのゲームスタート地点がマナウスではなくギムレッド王国だったら。俺たちは残された者たちと、一体どんな物語を辿ったんだろうか。
それにしてもだ。まったく、運営め。なんてところまで作りこんでいやがる。しかも本当に嫌らしいタイミングで差し込んできやがった。こういうのは、せめて戦いの後に明かすのが温情ってもんだろうが。
この手の話は現実の歴史にだってごまんと転がっている。まさか、それを俺が仮想体験することになるとはな。
「それでも、俺たちは戦う」
俺は静かに言った。
「お前たちが背負ったもの、守りたいものがあることもわかった。でも、だからこそ、俺は全力で戦う。俺たちが勝って、その地獄ってやつにも光が射すと示してやる」
ウェイザルギアは薄く笑った。
「それでいい、それでこそだ。だが、シュトーバー様をなめるなよ。俺たちの英雄は不敗の名将だ。負ける、ことなど、あり得ない……」
そのまま、ウェイザルギアは意識を手放した。
夕月に目配せをして、小屋を出る。外に出ると、ウェンバーが駆け寄ってきた。
「カイさん、すみません。僕たちコボルトって耳がいいので、聞こえちゃいました」
その表情は、どこか複雑だった。
「どう思った?」
そう聞きたかったが、俺は口を閉じた。
彼らに思いがあるように、ウェンバーにもまた、世代を超えて背負ってきたものがある。
そんな心情が透けて見えてしまったのかもしれない。ウェンバーは小さく息を吸い、いつものように笑った。
「大丈夫です。僕たちはそれでも戦って……誰もが笑う未来を作るんです」
そうだな、お前はそういうやつだよな。
その後は、俺も住人たち交じり、交流をしていた。さっきまでの話が嘘のような、穏やかな時間だ。
その時間が破られたのは、血相を変えたガガモが駆け込んできたのが始まりだった。
「大変だ! 近くで人間と亜人の戦闘が起きてる! このままだと、ここが見つかっちまうかもしれねえ!」
いきなりの出来事に、笑っていた子どもたちが怯えた声を上げる。住人は子どもたちを抱きしめ、数人は住居へと走り出す。
にわかに騒がしくなったクレプスクルムで、俺はガガモから戦闘の位置を聞き出した。どうやらここよりも少し進んだ場所で戦闘が起きているらしい。
「先発してた冒険者が見つかったんだな。ここの露見を避けるなら、マナウス側である俺たちが行くべきだ。夕月、それでいいか?」
「ああ、お前ぇさんの好きなようにするがいいさ」
すでに、ウェンバーたちの準備はできていた。
夕月の答えを聞き、クレプスクルムの外へと走り出す。結界を抜けた先、目と鼻の先で、プレイヤーたちが戦っていた。
「戦いながらここまで流れてきたのか」
これ以上はまずい。ウェンバーとシルフレアが気づいたように、敵が結界に気付きかねない。クレプスクルムには戦えない者が多すぎる。見つかれば終わりだ。
セルグ・レオンを握る。亜人たちの姿にウェイザルギアの言葉が一瞬よぎる。
あの話に思うところがないでもないが、相手は相手、俺たちは俺たちだ。このイベントで手を抜く理由になんてなりはしない。それも含めてモチベーションの燃料にするのが、プレイヤーのあるべき姿だ。
目の前の戦闘の様子に、即座に突撃を決める。
「行くぞ!」
シルフレアが先頭で飛び込み、風のように敵を切り裂く。奇襲を受けたホークマンは目を見開きながらも、その場に踏ん張った。雪が踏みしめられ、足がわずかに沈む。返す槍の一撃も鋭く、シルフレアの頬を掠めていく。
「シルフレア!そのまま行け!」
俺は射撃で援護し、ウェンバーが木魔法で敵を打ちすえる。フレイルのようにしなったそれは、ワーウルフを弾き飛ばすが、すぐさま態勢を立て直している。2発目のフレイルは、オークの戦士が飛び込んで盾で受ける。
「ちっ、敵もなかなかやる」
オークの体にワーウルフが重なる。ウェンバーの視線を切っているのか。
深く態勢を沈め、弾丸のようなスピードでウェンバーに肉薄していた。振るわれた爪の一閃は、かろうじて伸ばした根が受け、千切れ飛ぶ。そこにオークが雄たけびを上げて突っ込んだ。
「ここまでくると、敵も精鋭ぞろいか」
それでも、戦況は劣勢になることはなかった。前に出たガイルがオークの大槌を盾で受け、弾くと同時に盾からのびる刃で切り付ける。
片腕を失っていてなお、崩れない大岩のような存在感を放っていた。
敵がオークの戦士を中心に動くように、こちらもガイルを軸に動き回る。最も機動力の低いガイルが加わったことで、俺たちの機動力が上がる。ガイルがいるだけで、俺たちが自由に動くことができる。
これが、盾役がいるっていうことか。
「頼もしいな……!」
ガイルの盾と、オークの大槌が打ち合わされる。互角の押し合いの中、ウェンバーの伸ばした蔦が、オークの頬を打った。一瞬、オークがウェンバーを見る。
「うおおぉぉぉ!」
ガイルが一気に押し込み、オークが弾かれ、雪に沈んだ。巨体が倒れ、雪煙が舞う。
今だ。ここで形勢を傾けきる!
俺は反射的に飛び出すとガイルの盾を足場に跳躍し、敵に飛びつきながら銃剣を突き立てた。確かな手ごたえが、腕に伝わる。オークは力なく雄たけびを上げ、巨体が揺らいだ。
「まだまだっ!」
引き抜きざまに前へと跳ぶ。どこにいたのか、ハーフリングが雪から飛び出しナイフを突き出した。転がるように避け、シルフレアと打ち合っていたホークマンへと発砲し、ようやく、敵はポリゴンへと変わった。
雪の上に戦いの痕跡が残る中、戦場には4つの白い息が荒く漏れていた。
終わってみればあっという間の戦闘だ。だが、その短い戦闘の中に確かな手応えがあった。
「そこの人、ありがとう!」
話を聞くと、最初は堂々と真ん中を戦いながら進んでいたが、次第に敵の圧力に押し負けてこっちまで逃げてきたらしい。助けたプレイヤーたちに感謝され、彼らを先に行かせると、俺たちはクレプスクルムへ戻った。
住人たちが次々に声をかけてくる。手には武器を持ち、最低限の荷物をまとめていたが、俺たちを見ると笑顔を見せてくれた。
「ありがとう!」
「助かったよ!」
感謝の言葉を聞きながら、ふと思い出した。そういえば、と夕月に声をかけながら、背負い箱の中身を物色する。開いたウインドウから目当てのものを見つけると、箱の小部屋から引っ張り出す。
「滞在費を渡すのを忘れていたよ。今は金がなくてな、物納で許してくれ」
出したのは、チョコレートに飴、クッキーなんかのお菓子と少量の酒だった。事情を知ったアイラが持たせてくれたものだ。
「そうかい。それじゃあありがたくいただくぜ」
生きるのに精一杯な生活の中で、自分たちで作ることはないだろうが、もらえるというなら話は別だろう。厳しい環境でこそ、嗜好品は心を支えてくれる。
いやまてウェンバー、お前の分はないからな。
「カイ!お前ぇさんらならきっとできる!気張って行きな!」
「ああ、次に来るときはいい報告が聞けることを期待していてくれ」
「おうよ。お前ぇさんの歩く道に、幸あらんことを」
見送りの声が背中を押す。
そうしてクレプスクルムを出た後は森を抜け、時折みかける騎士団やプレイヤーたちを援護しながら突き進んだ。
そして、決戦の地となる拠点の前までやってきた。
周りを見ると、集まったプレイヤーや住人たちの熱気と緊張が渦巻いている。
装備を念入りに点検している剣士。高額でポーションを売る商人。唸りながら商品を選ぶ魔法使い。友人と談笑する武闘家とハンター。
誰もが、これから始まる最後の戦いに胸を躍らせていた。
俺は背負い箱と竹筒の中身を整理し、スキルセットを確認する。
ガイルは盾を見つめ、静かに呼吸を整えている。
シルフレアは目を瞑って風を浴び、ウェンバーは次々とクッキーを頬張っていた。
そうして準備も終わり、時間になるのを待っていると、一人の騎士が姿を現した。
「これより、敵拠点内への突撃を開始する!我ら騎士団は周囲の敵を担当し、可能な限り抑え込む!冒険者たちは、敵将シュトーバーの撃破を頼む!みな、準備はいいか!我らの力を結集し!この作戦の命運を決してみせようぞ!」
拠点前に、爆発のような歓声が響いた。
「ははっ、士気は最高潮ってか」
周囲を固めていた騎士たちが突撃を開始し、拠点内のポータルが輝きを増す。
気付いたプレイヤーたちは、我先にとポータルに飛び込んでいく。
「カイ。我らも行こう」
ガイルの短い言葉に、シルフレアが頷き、ウェンバーが笑う。
俺は深呼吸をし、仲間を見渡す。全員いい表情をしているな。
3人は俺の覚悟を待っている。それなら、いつでもいける。
「行こう。俺たちで……シュトーバーとの戦いに決着をつける」
光が視界を包み、俺たちはポータルへと踏み込んだ。
さあ、決戦の始まりだ。




