最終日
明けて日曜日。長ったようで短かったイベントの最終日が、ついにやってきた。
昨日は川辺ルートの直前でキャンプをし、ログイン早々、俺はエルフの狩人たちとともに川沿いを駆けていた。
朝の冷たくも凛と澄んだ風が頬を切り、駆けるたびに足元の雪が跳ねる。狩人たちの足取りは軽やかで、まさに森と生きる者としての姿を体現している。
森を出て、川を渡り、来た道を戻る。たどり着いてのは、川辺ルートの戦闘の只中。
大型の敵と、数十人のプレイヤーや騎士団がそこかしこで戦いを繰り広げている。この光景を目にすると、ようやく実感した。
「やっと、戻ってきたんだな」
俺の視線は忙しなく動き、セントエルモの面々を探していた。
「いた、あそこだ!」
遠目にもわかる富士の盾二刀流。アキラの魔法剣。東雲の槍捌き。
楓が矢を放ち、それにヨーシャンクが魔法を上掛けする。ミリエルの杖が輝くと、富士の傷が癒えていく。
しかし、それでもなお、立ちはだかる巨大なオーガはなにがおかしいのか、嬉しそうにゲラゲラと笑っている。
富士の他にあのオーガに立ち向かっているパーティーは1つだけ。明らかに戦力が足りていない。
「王国側のボスラッシュか?川辺ルートもゲーム的には花形だけど、これは高カロリーだな」
聞いた話じゃ、大型の敵は最大で30人近い人数で討伐をしてきたって話だ。それを2パーティーは負担が大きすぎる。
「シルフレア、あいつらを助けられるか!」
「任せて!」
振り下ろすオーガの大鉈を富士が受けて踏ん張った。雪と土にまみれた足場で踏ん張り、泥が跳ねる。その隙にアキラがするりと懐に入り込むが、オーガはバックステップで距離を稼ぎ、横から飛び込んだ東雲の槍を受けきった。
ヨーシャンクの魔法も、楓の矢も、オーガは気にもとめずに攻撃モーションに入る。黄色い光に包まれた大鉈が振るわれると、富士ですら受けられるは数発だけ。気づけば川に弾き飛ばされ、派手にしぶきが上がる。別パーティーのタンク役がすぐさま代わりに立ちふさがった。
押されている。完全に押し負けている。
「精強なるエルフ族よ、ここは強大な敵が闊歩する危険地帯!ならば、力を示すには絶好の場所。我こそはという狩人はいるか!」
「ここに!」
銀髪のエルフが威勢よく答える。近くにいたエルフたちも次々に声を上げた。
「行って!エルフの森の加護があらんことを!」
「母なる神聖な森に我らが覚悟を示す!」
川から飛び出した富士が、頭を振ってしぶきを飛ばす。戦列に復帰するより早く、オーガは楓に狙いをつけた。気づいた楓も距離を取るが、相手の方がかなり早い。距離が詰まるのは一瞬だった。
楓を狙い、オーガは大鉈を振り上げる。鉈に深紅のオーラが宿る。刃が振り下ろされる直前、楓の物よりも一回り大きい矢が、オーガの腕を貫いた。
火球が顔を焼き、ナイフが首筋に傷をつける。
こうしてみるとエルフの狩人ってのは動きが洗練されている。あいつらが富士たちと共闘してくれるなら心強い。
振り向いた富士と、目が合った。口角が上がり、獰猛な笑みを浮かべた友人の声がここまで届く。
「思ったより早えじゃねえか!どうよ!こっちもなかなか面白ぇだろ!」
「ああ、まったくだよ!」
富士の言葉で俺たちに気付いたんだろう。セントエルモの面々が次々に言葉を投げかけてきた。
「早かったですね。カイさん!それと、助けていただきありがとうございます」
「やるじゃない!主役は遅れてやってくるってやつ?」
「カイさん。助力に感謝します」
「おかえり、なさい」
友人たちの声が届く。俺の顔にも、思わず笑みが浮かんでいた。
昨日からこの激戦を続けているのだろうに、全員の表情は明るい。彼らには彼らだけの、揺るぎない熱意がある。
「カイ、6人がここを戦場と定めたわ」
「よし。すまないがそこのパーティーは俺の友人たちだ!協力しながら戦ってくれ!」
エルフの狩人たちは頷き、オーガへの攻撃に集中している。
最後にヨーシャンクが、小さな袋を差し出した。
「素晴らしい戦果だ、カイ。これで攻勢に転じられる。それと依頼の品だ。持っていくといい」
「助かる!」
走り抜けながら礼を言い、ヨーシャンクが放った袋を受け取る。そのまま俺は立ち止まることなく平原へ向かって走り出した。
川辺を通り、平原ルートへ。
平原でもシルフレアは狩人たちに声をかけ、そのたびにエルフ族はそれぞれの戦場へと散っていった。
そして、最前線近くで、鉄心、ウッディの2人が装備の修復に奔走している姿が見えた。
気づいた鉄心とウッディは鉄火場の忙しさだろうに、わざわざ声をかけてくれる。
「あ、戻ったんだね!いい顔してる、ということは成果は上々だ!」
「おかえり!森にはアイラと青大将がいるから!そっちで補給を受けるんだよ!」
ここでも立ち止まらない。差し出された拳を走りながら打ち合わせ、先へと急ぐ。
平原から、マナウスの森へ。
気づけば、俺とシルフレアの二人だけになっていた。それはつまり、俺たちが目的地に着いたということだ。エルフたちは皆、自分の戦場を見つけられたな。
息を弾ませながら駆けつけた先には、コボルト族の相棒、ウェンバーがいた。来る前から気づいてはいたんだろうな。尻尾が嬉しげに揺れている。
「ほら!言ったじゃないですか!カイさんなら絶対に間に合うって!」
いつもの調子で笑うウェンバーに、胸の奥が少し軽くなる。
3人が揃った。後半の一週間はイベントへの貢献度は下がったけれど、強くなるためにできるだけのことはできたと思う。それはきっと、2人だって変わらない。
「カイさん、こっちこっち!」
「ふむ、間に合ったようであるな!」
アイラと青大将からは、ハンドメイド謹製のアイテムを受け取った。この後、アイラはここで、青大将は最前線の拠点争奪地で、クエストをこなすということだ。
これで、準備はすべて整った。
「よし、2人も準備は…」
そう言いかけたときだった。
「カイ殿。私を連れて行ってくれないか」
背後から声がした。
振り返ると、フル装備のガイルが立っていた。これまでと変わっているのは右腕。盾と剣を一体化させたような、攻防一体の武器へと装備が更新されている。
片腕は失ってなお、その瞳は決意に満ちている。
「騎士団はいいのか」
彼は一歩前に出る。少しばかりの苦笑を浮かべて。
「騎士団では戦列復帰の手順が定められている。規則に則るのなら、私を連れて行くわけにはいかないのでな。だが、私はまだ戦える。戦えるのだ。ならば、マナウスの未来を決める一戦、マナウスの民を守る騎士として、そして我が主、エルステン様の思いに答えるため、立ち止まって見ているわけにはいかない」
その声は力強く、迷いがない。
まったく。ガイルってのは、根っこから騎士そのものを体現しているんだな。
「そして、カイ。私は貴殿に救われた。私が戦いに赴くなら、その恩に報い並び立って戦いたいのだ。私が信じる正義のためにも、共に立たせてほしい」
ウェンバーはにっこりと笑顔を浮かべ、シルフレアが静かに頷く。
「カイ。そこの人間……ガイルは本気よ。私は、覚悟と高潔な魂をもつ者なら拒まない。だから、あなたが決めなさい」
俺は迷わず答えた。
「もちろんだ。一緒に行こう、ガイル」
ガイルは深く頭を下げた。
「恩に着る」
こうして、俺たちは4人で、最後の戦場へ向かうことになった。
これが最後になるのだろう。クエストカウンターで、クエスト≪敵将軍を撃破せよ≫を受注する。
クエストの受注を終え、プレイヤーでにぎわう周囲を見ると、そこで懐かしい顔ぶれを見つけた。
「あっ」
ガウェインにエレノア。ライヘルトまでいるな。
以前の銃使い希望者へのプレイヤーイベント、初心者講習で講師をした時の受講生たちだ。
「カイさん!」
エレノアが相変わらずの縦ロールを揺らしながら駆け寄ってくる。
「お久しぶりですわ!あの時の講習、本当に役に立っていますのよ!」
「それは何よりだ。それにしても久しぶりだな。三人とも元気そうでなによりだ」
ガウェインは無言で頷き、ライヘルトは真面目な顔で敬礼してきた。
「お久しぶりですね、カイ教官。現在、我々は別々のパーティーに所属していますが、あれからも定期的に情報交換を行い、切磋琢磨しています」
「講習で学んだこと、すごく助かってます」
エレノアが微笑む。あの時のプレイヤーたちがこうやって成長した姿を見れるのは、嬉しいものだな。
「昨日までの戦況ってわかるか?」
少し気になっていたことを聞くと、ライヘルトが口を開いた。
「はい。数日前にクリスタルの機能が解明され、作戦本部より、クリスタルの捜索、及び破壊作戦が行われました。また、可能な限りは通話機能を使わないようにという知らせもあり、それから快進撃が続きました」
「それはなによりだな」
クリスタルの解明の件が効いていてなによりだ。そう思っていると、続きをエレノアが引き継いだ。
「森ルートの最後の拠点争奪地点で、中級プレイヤー向けの最終ボス、というのかしら。まあそういう敵が見つかりましたわ」
少し誇らしげにエレノアが続ける。
「実際に戦ったのは私とガウェインですの」
ガウェインが短く言う。
「……黒くて大きいコボルトだった。二刀流の剣使いで魔法も使ってくる」
「黒くて大柄の二刀流のコボルト……?」
へぇ、ふーん。なるほどね。それはそれは、もしかしなくてももしかしますか。
「さらに、即席の木製パペットを作り出して戦わせてくるのが厄介なのですけれど、それ以上に」
エレノアが身振りを交えて説明する。
「注意するべき点は、途中で展開されるバリアですわね。バリアを破れなければ爆発し、戦闘エリアにいる者は全員大ダメージを受けますわ」
なるほど、バリアはこちら側の火力チェックを兼ねているのか。
「そして……」
ライヘルトが推測ですが、と前置きして話を始めた。
「戦闘はポータルの先で行うため、1パーティーずつ行われます。しかし、バリアへのダメージは同時に戦闘に参加した全パーティーで共有されている可能性が高い、とのことです」
「……なるほど」
参加する全パーティーでの合計火力チェックか。運営もなかなか面白いことを仕掛けてくるな。
3人も、それぞれのパーティーでもう一度挑むそうだ。その他にもいくつか情報をくれた3人に礼を言い、俺はウェンバーたちと合流した。
頭の中では、ボスの攻略法を考えながら、もう一つの考えが離れなかった。
黒くて大柄の二刀流コボルト。木製パペット。バリア。そして、圧倒的な強さ。
あの時、眉間に突き立てた銃の感触が蘇ったかのようだった。
ぶるり、と体が震える。
ははっ、まさかVRでも武者震いってのはあるんだな。
「この先にシュトーバーがいるかもしれない」
全員の空気が変わる。
あいつが、森ルートの最終ボスとして待ち構えている。それは俺たちにとってはこれ以上ない、最高のシナリオだ。
「雪辱を果たす時がきたんだ。やってやろう、リベンジマッチだ!」
胸の奥で、静かに闘志が燃え上がった。




