精霊の試練
ふっと、小さく息を吐く。
実際の点数はわからないが、一応合格点ではあったらしい。これで長かったクエストも終わる。そう思った時、アルマロスの唇がわずかに歪んだ。
「しかし、資格だけではまだ足りん。貴様が鍵を手にするに相応しき力をもつか。測らせてもらう」
「何を、すればいいのでしょうか」
俺の問いに、アルマロスは今度こそ、笑みを浮かべる。
「なに、簡単なことだ。奴はその行動をもってエルフの心を動かし、奮い立たせた。貴様にも同じことができるのか、それを確かめるだけの事よ」
再びアルマロスが杖を床で打ち鳴らす。今回は何かの魔法が発動したのだろう。
「心傷つきし、誇りあるエルフの狩人よ。ここに新たな客人が迷い込んだ。諸君らも先ほど聞いた通りだ。この人間は曲がりなりにも、精霊の試練を受けるにたる資格を有しておる。見届けよ、この人間にアランの鍵を手にする力があるのかを!お前たち狩人の心に火を灯す存在なのかを!」
どんな仕組みなのかはわからないが、どうやら俺がここで話した内容ってのは、傷ついたエルフって奴等にも聞こえているらしい。
アルマロスが杖を突きつける。俺が銃を手にするよりも早く。発動した魔法が俺を包んだ。
閃光が視界を埋め、足元の感覚がふっと消える。
次の瞬間、俺は見知らぬ空間に立っていた。
そこは、どこまでも澄んだ蒼の世界だった。
あるのはどこまでも続く石畳の地面のみ。壁も、天井もない。ただ、淡い光の粒が漂い、静寂が満ちている。
息を吸うと、胸の奥まで冷たい清涼感が満ちていく。
その中心に、ひとつの影が揺らめいた。人の形をしているようで、していない。輪郭は光の粒で構成され、風もないのに揺れている。
≪精霊:マナ・スピリット クウェンヤ 状態:■■■≫
とうとう、精霊にも出くわしたか。感慨深くはあるが、今はそれは後回しだ。
予兆もなく、声が響いた。
頭の中に直接落ちてくるような、不思議な声。
『ここは、精霊の試練場。まずは力を示せ。我に、一撃を与えてみせよ』
その響きは静かだが、どこか挑発的でもあった。
俺は背負い箱を下すと、棚の一つに手を入れて、リグMB01を探す。
力を示せというのなら。最高火力かつ遠距離からの一撃が、最も可能性の高い攻撃だ。だが、伸ばした手は、リグMB01を手にすることはなかった。
「狩人の心に火を灯す存在なのか、か。まったく、厄介なことを言ってくれる」
この試練は、ただ力を示せばいいわけじゃないってことか。
試練の様子はエルフたちも見ているはず。撃ち抜くだけの答えでは、彼らの心には届かない。
永きを生きた強いエルフの狩人たち。彼らが求めているのは、力ではなく覚悟だ。
「なら、選ぶべき武器は、これであるべきだ」
俺はセルグ・レオン銃剣型の銃身に固定していた黒心を外した。今はまだ、使いこなせていないお飾りのようなコンバットナイフ。銃と比べれば、スキルレベルも雲泥の差だ。当然、火力だって出しようもない。
だが、これで挑むことに意味がある。
「……行くか」
黒心を逆手に構え、俺は一歩を踏み出した。
その瞬間、精霊が動いた。
光芒が伸び、魔法陣のような紋様が空中に浮かぶ。
『来い、人の子よ』
放たれた光の矢が、一直線に俺へ迫る。
紙一重で身をひねり、避ける。頬をかすめた矢が、浅いエフェクトを刻んで消えた。
それでもかまわずに距離を詰める。
精霊は後退しない。ただ淡々と、次の魔法を紡ぐ。
光の矢、刃。光の奔流。
迫る軌跡を俺は紙一重で抜けていく。
それでも、近づくたびにかわし切れなくなり、腕を、脚を、刃が切り、矢が貫く。
足元の石畳の大地が、踏み込むたびにさざ波のような波紋をたてて揺れた。
あと数歩。
精霊の胸元に手が届く距離。
そこで、精霊の動きが変わった。大小様々な魔法陣が一瞬で展開され、数十発の光弾が一斉に飛び出す。
「ちくしょうが!弾幕シューティングは、お呼びじゃないんだよ!」
避けきれない光弾に黒心を合わせる。大きな衝撃は、俺を大きく後退させた。続く連弾は、俺を最初の位置よりも後ろへと押し戻す。
『人の子よ、その程度で、我が力を超えることはないと知れ』
「言ってくれる」
深呼吸。深く吸い、深く吐く。
傷の感覚、自分についた傷のエフェクト。一発一発はそこまで大きなダメージじゃない。まあ紙装甲の猟師だ。あといくつか被弾すればどうなるかはわからないが。
時間をかければ敗れる。必要なのは決断と、ためらわない一歩だ。
「だからこそ。そうだよなあ!クウェンヤ!」
今度は全力疾走で突っ込む。さっきまでの一歩を数秒で置き去りにして。光弾をよけ、掻い潜り、跳びあがり、黒心を振りぬいて光の矢と切り結ぶ。
見る間に距離を詰める俺に何かを感じたのだろうか。クウェンヤの頭上に、ひときわ大きな魔法陣が描かれていく。
魔法陣の中心から、巨大な輝く槍が生み出される。
『終わりだ』
「それは……こっちの台詞だ!」
槍が振り下ろされる瞬間、俺は地面を蹴った。
身体を低く滑り込ませ、槍の下を潜り抜ける。
視界が反転し、精霊の胸元が目前に迫る。
「――っ!」
無我夢中で、黒心を突き出した。
刃がクウェンヤの身体に触れた瞬間、抵抗が走り、
次の瞬間、光が弾けた。
そして、光の粒は舞い上がり、揺らぎながら、再び精霊の姿を形作る。
『……見事。その一撃、確かに受け取った。力の試練、ここにて終わる』
そして、声が続いた。
『終
視界が白に染まり、世界が再び揺れる。
足元には、石畳すらない。上も下もない、不思議な空間に、俺とクウェンヤだけがポツリと浮いていた。
『問う。お前はなぜ、エルフの里へ来た。
人の国の者が、我らに何を与えられる?』
この問いも、ただの試練ではないのなら。
エルフたちが抱えてきた痛みを具現化した問いか。
だからこそ、俺はゆっくりと息を吸い、言葉を選んだ。
「……与えられるかどうかは、わからない」
クウェンヤの影が、わずかに揺れた。
「でも、あなたたちが守ってきたものを、知ろうとする者がいることは伝えられる。失ったものも、守りたかったものも、全部含めて俺は知りに来た。貴方たちに敬意を持って、ここに立ってるつもりだ」
静寂が落ちる。
だが、先ほどまでの冷たさは少しだけ和らいでいた。
クウェンヤは俺の答えに言葉を返すことはせず、次の問いを投げかけた。
『……続けて問う。アランはその短い生の中で、何を遺した』
目を閉じる。静かに、静かに、一連のクエストの事を反芻していった。
踏破者アラン。伝承の中で語られ、種族を超えて絆を結んだ探検家。
その足跡を追ってきた記憶を引っ張り出せ。文字を、言葉を思い出せ。
あの伝承が、それぞれの種族の中で紡がれ続けた意味を、見つけ出せ。
全員が納得する、答えを出すんだ。
「……物語、だと思う」
クウェンヤの輝きがわずかに強くなる。
「でもそれは、読むための物語じゃない。歩くための物語だ。だから俺は、続きを歩きにここに来た。アランが見た世界の先を、自分の足で確かめるために」
その瞬間、精霊の輪郭がふっと揺れた。世界の淵もまた、揺らぎ始めている。
世界が崩れ、元の場所に戻るんだろう。
アルマロスとの問答で、覚悟を示した。クウェンヤとの戦闘で、覚悟を行動に移した。二つの問いで、エルフの痛みに寄り添い、再起の一歩目へ道筋を示した。
でも、これじゃあまだ足りない。俺にはまだ、伝えるべき言葉があるはずだ。
押すべきは、今だ。
俺は一歩、光の影へ踏み出した。
「この声は届いているか。俺には貴方たちの悔いを理解することは到底できないんだろう。でも、どれだけ悔いても過去は変わらない。そして、今この時も、未来を変えるために、傷を押して戦っている同胞がいるはずだ」
光の粒が、静かに舞い上がる。世界の輪郭はさらにぼやけ、うっすらとアルマロスと問答をした部屋が見え始めた。
「その同胞に恥じない姿を見せたいと思うなら、俺が、覚悟を示すための場所まで連れていく。だから、もう一度立ち上がれ!」
視界を埋める白が爆ぜた。
精霊の輪郭が大きく揺れ、やがて柔らかな光の粒は波となって俺を包み込む。
『……よかろう。お前の言葉、確かに受け取った。試練は、これにて終わる』
視界が白に染まり、意識がふっと浮かぶ。
次に目を開けた時、俺は再び族長の間に立っていた。
アルマロスは机に向かっていた姿勢のまま、静かに目を開く。
その瞳は、先ほどまでの冷たさとは違う色を宿していた。
「……戻ったか、人の子よ」
杖の先で床を軽く叩く。
その音は、静かな部屋に深く響いた。
「試練は見事に果たした。アランの鍵を手にする資格、確かに貴様はそれを示してみせた。そして、エルフの狩人たちに、再び歩むための火を灯した」
淡々とした口調の奥に、わずかな誇りが滲む。
だが、次の言葉はエルフらしい厳しさを取り戻していた。
「しかし、人間がシルヴェルフィアに長く滞在することは私は好まぬ。鍵を渡すのは約定ゆえだが、それ以上は許容せぬ」
そう言うと、アルマロスは机の引き出しから小さな木箱を取り出した。
蓋を開けると、中には淡い緑光を帯びた古びたペンダントが入っていた。
これが、伝承で語られていた鍵の正体か。
「受け取れ。遠き夢追い人の残した道標だ」
ペンダントを手にすると、うねる波のような感覚が体を走り抜ける。
イベントの演出の一つなんだろう。それは不思議と心地よい達成感をもたらしていた。
アルマロスは立ち上がり、背を向けたまま言い放つ。
「……立ち上がった狩人たちのことは好きに使え。あれは誇りを取り戻した者たちだ。貴様の言葉が、そうさせたのだから」
そう言うやいなや、杖が振り下ろされる。
魔法陣が足元に広がり、光の柱に包まれる。
「行け、人の子よ。貴様の戦場へ――」
視界が白に染まり、身体がふっと浮く。
次に目を開けた時、俺はシルヴェルフィアの結界の外に立っていた。
冷たい夜風が頬を撫でる。
目の前には、シルフレアがいた。
その背後には、十人ほどのエルフの狩人たちが静かに並んでいる。
シルフレアは一歩近づき、微笑んだ。
「おかえりなさい、カイ。わずかな手がかりからアランの足跡を辿り、鍵までたどり着いたこと、心から祝福するわ」
そして、少しだけ視線を落とし、静かに続けた。
「それに、ありがとう。貴方は試練で示した行動と、導き出した答えによって、エルフを再び歩かせたわ」
その言葉に、背後の狩人たちが静かに頭を下げる。
彼らの瞳には、確かな光が宿っていた。
「行きましょう。私たちの戦いの場へ。ウェンバーが待っているわ」
シルフレアが振り返る。
狩人たちが一斉に弓を背負い、森へと駆け出した。
俺もその背を追う。
夜の森を切り裂くように、雪を踏む音が連なる。枝葉が揺れ、月光が影を踊らせる。
冷たい空気を裂きながら、俺たちは北へ――戦場へ向かって走った。
俺の胸元では、新緑の輝きを瞬かせ、アランのペンダントが揺れていた。
俺にしか聞こえない、アナウンスの響きがこの長かったクエストの終わりを告げる。
≪偉人伝:偉大なる冒険家の旅路を達成しました≫




