マイクロSD
学校で古いメモリカードのサルベージをバイトにしているクラスメイトに話しかけた。
「ああ、君って確か事故物件に住んでる人」
「いや、事故物件は隣の部屋だよ」
「そっか、でもよくあんな事件の……」
俺が嫌な顔をしたら、クラスメイトは途中で話すのをやめてくれた。
「で、なんの用?」
「メモリカードに何が入っているか調べて欲しいんだけど」
「……それは『個人的にやってくれ』ってこと?」
俺は視線を逸らしながら言った。
「まぁ、ちょっと、その、まともに頼むと、あれだ」
「……それだけじゃ、ちょっと興味湧かないな」
「これが、俺の郵便受けに貼り付けられていて」
もしかしたらヤバいやつかも知れない。警察に渡す前に見てほしい、ということを小さい子で伝えた。
クラスメイトは表情をほとんど変えなかったが、俺が話を終えると言った。
「やろうか。実際、機材はほとんど俺も持ってるからな。見せて」
俺はそのマイクロSDを見せた。
「なんだ、破損ってわけじゃないんだよな」
「けど、スマホに挿しても何も」
「そりゃ、規格が違うからな」
素手て触ろうとするから、俺は手袋を貸した。
「こんな小さいものに指紋が残っているは思わないけど、まあいいか。じゃあ、行こうか」
「これから?」
「すぐできると思うよ」
俺はクラスメイトについて、そいつの家に行った。
アパートは俺のアパートと同等かそれ以上年季が入っていた。
部屋には複数のテーブルが置いてあったが、どこもものがいっぱいで触れると崩れ落ちそうなくらいものが重なっていた。
電気系のオタクなら、もっと整理整頓しているのかと思った。
「部屋は綺麗になったりこんなになったりを繰り返してるんだ」
気にしてたのか、と思うと俺は笑ってしまった。
クラスメイトはフラットケーブルが伸びた小さな基板に、そのマイクロSDをセットした。
フラットケーブルが伸びた先のPCで、何かアプリを立ち上げると進捗を示すバーが右に伸びていった。
「一応、中のバックアップは取った。壊れているならもっと時間もかかっただろうから、このマイクロSDは奇跡的に『壊れては』いないみたいだ」
俺はその言葉にどう対応していいか分からないまま黙っていた。
「じゃあ、中身を見てみようか」
普通のパソコンのファイルのように、内容がファイルとして一覧された。
「こりゃ、ガラケー時代だな」
今度は別のアプリを開く。
折りたたみ式の携帯電話機の画像が表示された。
そいつが、ノートPCのタッチパッドを操作すると、電話機が次々と変わっていく。
画面上の携帯電話機の画像が止まると、何年から何年まで発売されていたとか、細かい情報がカーソル付近に表示された。
それを確認すると、また何回か横にスクロールさせた。
「メーカーとかはわかってんだけど、機種がちょっと確定できないな」
「AIとかで調べるのかと」
「……チッ。別にAIでやることはできるけど。ここが面白いところなんじゃんか」
クラスメイトは、手際よくガラケーを選択してガラケーを再現してみせた。
「警察が同じことできるかは知らないぜ」
ガラケーを見ると、登録した連絡先まで完全に戻っている。
個人情報がまる見えだ。
「この持ち主誰?」
「知るか。お前が持ち込んだマイクロSDだぞ」
ガラケーの本人情報のところには、白石とは違う名前が表示されている。
というか、白石が持っていたとすれば、小さい頃だ。
俺もそうだが、彼女の年齢で『ガラケー』を知っているはずがない。
いくつかのスクリーンショットをスマホに送ってもらうのと、マイクロSDそのもののバックアップをもらった。
「ありがとう」
「ここらが面白いところだけど、みるか?」
「なんの話?」
クラスメイトが何を言っているのか、良く理解できなかったため、実際に見せてくれることになった。
「この携帯端末にある固有番号を使って」
「それってSIMとかが必要なんじゃ」
「……そこは企業秘密」
すると、掲示板のような画面が開いた。
発言者が、数行ずつ投稿してずらずら縦スクロールしているものだ。
時折、投稿者のIDらしきものが点滅している。
「待って、過去の投稿履歴がわかるの?」
「掲示板のフルバックアップを、こっそり手に入れたんだ。そしてこの端末の固有番号がわかるので、どの板に、どんな投稿しているのか丸見えになる」
俺は目の前にいるクラスメイトが怖くなった。
「なんでそんなに楽しそうなの」
「いや、まあ、ここまでわかるぞ、というところが自慢なので」
俺はとにかくそれらのデータをもらった。
「悪いが俺も見させてもらうからな」
「黙っておいてくれよ」
「ああ、この解析ツールそのものもそれなりに『ヤバい』からな。言わないさ」
俺は例を言ってそいつの部屋をでた。
アパートに戻ると、ゴミ出しの場所にゴミが残っていた。
ゴミ袋に張り紙がしてある。
俺は念の為、確認した。
『不燃物を混ぜないでください』
俺が出したゴミ袋だった。
プラスチック容器が捩じ込まれている。
いや、俺は入れてない。このゴミ袋自体は俺が出したものだ。部屋番号を書いた字も俺の字だ。
近所の住人、または通行人が、このゴミ置き場のゴミ袋にゴミを突っ込んだのだろうか…… いや違う。
ここのゴミ捨て場には簡単ではあるが鍵がかかっている。
捨てるにはその鍵を開ける必要があるのだ。
引っ越してから三ヶ月。こんなことは初めてだ。
悪質な住人がいるのだろうか。
「えっ!?」
背後に気配を感じて振り返った。
また、白石由衣だった。
髪が垂れて顔ははっきりとは見えないが、間違いない。
俺が見ていると、また腕を上げてどこかを指し示した。
「部屋?」
俺の部屋か、隣の部屋、だろう。
ここからでは、はっきりしない。
「あの、それは、どういう意味!?」
俺が聞き返す間に、白石の姿は消えていた。
ただ、俺の部屋を指し示す意味はないだろう。
事故物件である部屋を示したとしても……
そこには住人はいない。
俺はしばらくの間、呆然とゴミ袋と向き合っていた。
「……」
ゴミを丸ごと置いていかれてしまった為、俺はゴミを持ってゴミ捨て場をでた。
俺はそのまま、郵便受けを通った。
今日は請求書の封筒が入っていた。
「よかった」
念のため、郵便受けの中にまだ何か入っていないか見た。
今日は何も見つからない。
安心して階段を上り始めたが、ふと、気になるものがあって振り返った。
郵便受けのある壁の先。
俺はアパートの隅に捨てられ、踏みつけられた封筒を見つけた。
「これは、俺の請求書」
管理会社が入れたと言っていたのはこの封筒のことかも知れない。
誰かが俺の部屋の郵便受けを開いてこれを捨て、踏みにじったようだ。
なぜ俺の郵便受けを開けて『請求書』を踏みにじる必要があるのか。
頭の中に疑問だけが残った。
俺はその踏まれた請求書も併せて部屋に持ち帰った。
プラスチック容器は、コンビニ弁当か何かと思われる。
「……」
なぜか分からないが、昨日、押入れ側から聞こえてきた音を思い出す。
何かどす黒く、重たいものが頭の隅を過ぎった。




