郵便受け
顔を洗って、歯を磨いていると、ふと天井口が目に入った。
アパートの構造をよく知らないが、天井は隣の部屋と繋がっているのだろうか。
歯を磨くのもそこそこに、椅子を持ってきて天井裏の蓋を開けてみた。
部屋と部屋にはしっかりと仕切りがあった。
この部屋と連続殺人事件があった部屋に、関係性はないのだ。
霊障としての『音』や夢だけでは伝わることことにも限りがある。
「……」
もしDNA検査の結果、彼女が例の夫婦の娘、白石由衣で間違いないとして今以上のヒントがないと彼女を成仏させてあげられない。
「死んだかどうかも分からないのに?」
俺は独り言を言っていた。
遺体が出たわけではない。
警察がどう思っているかは分からないが、俺が『霊障』として浴びた血のDNAがあの家の娘と一致した場合、一番疑われるのは俺だ。
久世さんがどう思おうとだ。
「俺は俺で自らの無実を立証しないと」
だが何しろヒントが少なすぎる。
屋根裏もしっかり塞がっているから隣の部屋を覗くことすらできない。
「本当に?」
俺はもう一度、風呂場から天井裏に顔を出し、隣との境界をみた。
スマホのライトをつけてじっくりと確認する。
端から端までしっかり仕切られていた。
天井裏の点検口をしっかりと閉じると、俺は休み明けの学校へと向かった。
大学は、休み明けも大して変わらなかった。
俺は滞りなく授業を受けた。
大学の構内をうろうろしていると、スマホが鳴った。
電話に出ると、不動産管理会社からだった。
「……えっ? 家賃が引き落とされなかった?」
俺はついでだと思って聞いてみた。
「俺の部屋、二○五号室って事故物件じゃないんですか?」
不動産管理会社からの回答は『ノー』だった。
告知義務しなければならない事件・事故は当然ないし、二○五に関しては住人に問題は一切なかったとのことだった。
俺はため息をついてしまった。
『……ですので、家賃の振り込みをお願いします。請求書は本日、郵便受けに入れておきました』
なんだろう。バイト先からの振り込みが遅れたのだろうか。
俺は色々と調べてみると、バイト代の振り込みルールと家賃の引き落としルールのちょっとした違いがあるようだった。
「めんどくさ」
俺はそう思いながら、大学を出てアパートに戻った。
郵便受けを開けて、引き落とし用の書類が入った封筒を取ろうとした。
だが、何もない。
「今日入れたんじゃないのかよ」
俺は部屋に戻って管理会社に電話しようと振り返った。
「!」
女性。ありえないほど近くに立っている。
俺は驚いて後ずさり、腕を郵便受けに強打して倒れてしまった。
「いてて」
女性は『白石由衣』だった。
まっすぐ腕を上げると、何かを指し示した。
その方向を見上げると、俺の郵便受けがあった。
蓋は開いていて、座り込んでしまっている俺の位置からは、箱の上側が見えた。
「!?」
そこには、何かひかるものがあった。
気がつくと『白石由衣』の姿は消えていた。
これに気づけ、という意味だったのだろうか。
体を起こし、顔を近づけて見ると、セロハンテープで何かを貼っている。
どうやらこのセロハンテープが反射したようだ。
スマホのライトでよくみると、そこにはマイクロSDが貼ってあった。
比較的浅い位置で、郵便物を入れる口からでも届きそうな場所だ。
この郵便受けを開けることが出来ない人物が、口の部分から手を差し入れて貼り付けた…… のだろうか。
俺はセロテープごと、そのマイクロSDを取り出した。
「これが引き落とし用の封筒、じゃないよな」
マイクロSDの表記をみると『256MB』と書かれてあった。
「MBっていつの単位だよ」
そう思ってセロテープからマイクロSDを取ろうとしてやめた。
メモリ容量や、セロテープの劣化度合いなども考えるとかなり古いものだ。
なぜ俺の郵便受けにこんなものが入っている?
「久世さんに……」
いや、だめだ。警察に渡すと、また情報が分からなくなる。
俺は知りたい。この音にずっと悩まされるのは嫌だ。
このマイクロSDの調査を、俺が先にやってしまおう。
俺は部屋に戻った。
俺は手袋をしてこのマイクロSDに触れ、スマホに入れてみた。
しかし全く認識しない。
容量が違いすぎるため、このマイクロSDは未対応なのかも知れない。
俺はどうしたら中身が確認できるか、ネットで調べた。
「業者に頼む…… か、ん?」
俺はマイクロSDの調査をするのに、聞き覚えのある会社名を見つけた。
大学の同じクラスで、確かこの会社でバイトしているやつがいた。
金をかけない為にも、そいつに直接頼んでみる価値はある。
マイクロSDをしまうと、俺は不動産管理会社に連絡をした。
「請求書が入っていないんですが」
『入れてもらったはずなんだけどね。指示が間違ってて、別の部屋に入れちゃったかな? とにかく、もう一回入れに行くよ』
「お願いします」
これで支払いが遅れたのなんのと言ってくることはないだろう。自分たちが入れ損ねたのだから。
俺は夜まで学校の課題などをやって過ごし、遅くなったので寝ることにした。
振動が伝わって、電車が近づいてくることがわかった。
「ん?」
押入れ側から音が聞こえる。
癖で押入れの引き戸を開けたままにしていたのだ。
俺は芋虫のように体を曲げ伸ばしして押入れの中に入った。
音が聞こえてきた。
これまで聞こえた音ではない。
生活音というべきようなものだった。
一つ一つの音が、何の音かは分からない。
だが…… その時電車が近づいて来て、音が聞こえなくなった。
すれ違い、三本ほどの電車が通り過ぎ、部屋の音が静かになると、もうその音は聞こえなくなっていた。
俺はしばらく押入れの中で音が聞こえないかと待っていたが、体が痺れてきた。
体を休めようと布団に戻ると寝てしまった。




