事故
バイトに行って仕事をしていると、恐怖は和らいでいた。
休憩時間に、友達になった男に音のことを相談した。
「事故物件だろ、そりゃ」
俺が思っていたことと違った。
俺はそいつ『永田』に反発した。
だが永田は言う。
「家賃は安い。内見で切断された足を見た、電車が通るたびに『押入れ』から音が聞こえる。これだけ聞いたら、誰も同じことを言うだろうさ」
「けど、それなら不動産屋が告知するのでは?」
「……今調べたけど、三年だって。三年経過したら言わなくてもいいらしい。ただし、例外はあって……」
さらに永田が調べたところによると、有名な事故物件として知られてしまった場合などは三年を超えても告知する必要があるらしい。
俺は自分のアパートが事故物件なのかどうか、調べてみた。
「……ヒットした。事故物件だよ、俺のアパート」
「どれ見してみろ」
永田が俺のスマホを覗き込む。
「えっ、これお前、有名なやつじゃん。こんな物件、絶対取り壊すと思うけどな」
「知ってるのか」
「部屋に帰りたくなくなるから読まないほうがいい」
そんなことをしている間に、休憩時間が終わり、俺はアパートで起こった事件を調べられないままバイトを終えることになった。
永田の勤務時間はまだ続くので、俺は声をかけて帰ることにした。
「怖くなったら、電話しろよ」
「ああ、ありがとう」
俺は歩いてアパートへ帰った。
一階の郵便受けに立ち寄ると、知らないおじさんが郵便受けを開けていた。
「!」
「ああ、えっと…… これ、私が管理を任されていてね。ほら、誰も住んでいない部屋の郵便受けにチラシが溜まっちゃうだろ?」
「君は二○五だろ。すぐ分かったよ」
なんだろう、あまりいい感じがしない。
俺の表情を読み取ったのか、おじさんは軽く手を振って否定した。
「ごめん言い方が悪かった。他の入居者の顔は知っているから、知らない君が新しく二○五に来た子だろうって考えただけ。それ以上何もないから」
よく考えれば普通の話だった。
郵便受けの整理が出来ると言うことは入居状況を知らないとできない。
俺は自分の郵便受けを確認すると、会釈をして階段を上がった。
階段を途中まで上がって、隣の二○三号室の扉を見た時、俺は気になって引き返した。
「おじさん、ちょっといいですか」
おじさんは不思議そうな顔でこっちを振り返った。
「入居状況って聞いていいですか?」
「入ってる、入ってない、ぐらいの情報しか言えないけど」
男だ女だ、若い、年寄り、そういった個人情報までは言えないという意味だろう。
「二○三って……」
「入るワケ…… すまない。入居してないね」
入居してない? じゃあ、あの音は俺の部屋側で『鳴っている』ことになる。
「あ、あの、二○三って」
おじさんは咳ばらいするような仕草で、暗に受け答えを拒絶した。
「……」
バイト先で聞いた『有名なやつ』のせいなんだろう。
俺は諦めて階段を上がり部屋に入った。
すぐにスマホで事件のことを調べた。
確かに、沢山の情報が載っていた。
この件だけではなく、事故物件を集めたサイトもある。
どれから読んでいいか、わからなくなるほどだったが、いくつかの新聞記事を読んだ。
事件は誰かを殺した、殺された、程度ではない。
短期間に複数の人を殺し、バレないように遺体を解体して捨てている。
ただ金を奪うことと、性的快楽を得るための理由で、だ。
犯人は『人』と『家畜』を同じ程度に考えているのではないか、そう思うほどだった。
なぜなら仕事として処理するぐらいの気持ちでないと、精神が耐えられない気がしたからだった。
そこまで考えて、ふと思う。
人が食べている大量の鳥や、豚、その肉。つまり死骸。
鳥や豚は生きている訳で、誰かが仕事として『殺し』て『遺体を解体』している。
それを仕事として実行している人は、精神が耐えられるのだろうか。
いくら生き物を殺しても平気な心の人が、他の人のためにしていると言うのか。
いくら殺しても平気な心、があるはずがない。
だとすれば相当な負担になっているのではないか。
そう考えると、ビーガンになる人の気持ちがわかる気がした。
確かに、バイトの友達が『アパートが存在している』のが不思議だと言うのもわかる。
俺がオーナーなら、この物件は取り壊して、別の用途の建物を建てたいところだ。金があれば……
そして、もう一つわかった事実。
問題の事故は二○三号室であり、そこは空き室だと言うこと。
この二○五号室に聞こえてくる音は、何が引き起こしているのか。
俺は再び、この、よくわからない疑念により不安を抱えてしまった。




