奇妙な音
部屋に引っ越し、片付けもままならないまま大学が始まった。
四月はとにかく色んなことがあって、ゆっくりと考える暇もなかった。
だからそれに気づいたのは、ゴールデンウィークが始まった時だった。
バイトも始めていたが、あまり割のいいものではなかった。
金なし状態が続いていて、休みができてもバイトを入れるぐらいしかやることがなかった。
バイトもバイトで、思った日、時間に入れるわけではなかった。
要するに金もないのに暇だったのだ。
自然と部屋で過ごす時間が増える。
そこで俺はその時間を使い、この部屋で聞こえてくる奇妙な音に気づいた、という訳だ。
音は、不思議なことに電車が走っている時に起こった。
まるで、電車の音がうるさいから、かき消えるだろうという狙いをもって発生したようだった。
加えてその音は日中の電車通過時には発生しない。
聞こえるのは決まって夜だった。
正直に言えば、音への気づき自体は住み始めた当初からだった。
それはギシギシと、重いものを揺さぶるような音だった。
だから、初めはアパート自体が軋んでいると思っていた。
最近になって、同じような電車が来ても『鳴る』時と『鳴らない』という不自然さに気づいたのだ。
気になり始めると、余計に聞こえるようになってくる。
音が聞こえてくる方向も分かってきた。
それはニ○三号室側から聞こえてくる。
話が戻るが、ここに引っ越しした時の挨拶は、郵便受けに粗品と共にメッセージを添えて済ませた。
だから、アパートに住んでいる住人とその時点でもほぼ顔を知らない状態だった。
部屋に住んでいるのか、いないのか。
それすら曖昧だった。
アパートは一階に各部屋の郵便受けが設置されていた。
自分の郵便受けにばかり気が取られていたが、よく見てみるとそこに人が居る、居ないのヒントがあった。
自分の郵便受けにも、よくわからないチラシが入れられていたが、他の部屋の郵便受けにも同様に入っている。
そして部屋に人が住んで入れば、見るなり、抜いて捨てるなり、なんらか処理をするものだ。
階下の一○五はチラシが溢れたことがない。
一○三はたまにチラシがはみ出ているが、溢れることはない。
問題のニ○三は、チラシが溢れていた。
そこから判断すると、ニ○三は住んでないか、相当にズボラな人間が住んでいるのだ、と推測した。
変な音が聞こえてくるのだから、部屋に誰か住んでいるに違いない。それも、変な人が……
小さな振動が始まったことから、そろそろ電車が来ることを知った。
俺は隣との境、押入れで聞き耳を立てていた。
電車の音でうるさい状態になった時、隣の部屋からそのギシギシ揺れるような音が聞こえてきた。
ああ。
俺は音から、ある行為を想像した。
男と女が愛し合う行為だ。
わざわざ、電車の音に合わせて『ちょっと』だけするのがあり得ないだけだ。
チラシを処理しない、相当変な人なので、電車に合わせてするのが好きなのかもしれない。
すぐに次の電車がやってきて、またそれと同じような音がした。
しばらく電車が行き交って、音が鳴り止まないと、ギシギシ音もそれに合わせて続いた。
俺はバカバカしくなって、押入れを出て寝てしまった。
貧乏人には彼女を作る余裕はない。
その日、俺は夢を見た。
男女が折り重なって行為をしている夢。
ちょっと変わった短髪の男と、どこか暗い、影のある女性。
どうしてその組み合わせで夢を見たのか、全く分からなかった。
男が馬乗りになって行為をしている間中、女は俺に気づいて、俺をみていた。
まるで押入れに覗き穴があり、隣の部屋を見ているような気分になった。
「……」
俺は落ち着かない気持ちで目が覚めた。
背中にぐっしょりと汗をかいていた。
俺は無性に喉が渇いていた。
金がない俺は、いつもなら水道水で喉を潤すのだが、財布を握りしめて外に出た。
いつも目をつけていた安い自動販売機でコーラを買うと、そのまま道を戻った。
帰ってきた時、自分のアパートのゴミ捨て場近くに人影を見つけ、俺は少しだけ興味を持って 様子を伺うように回り込んだ。
ゴミ捨て場にいた人は、ゴミ捨て場の扉の前でしゃがんでいた。
俯いていて長い髪が顔にかかっているから、顔がはっきり見えなかったが、俺は知っている。
「!」
夢に出てきた女だ。
俺は驚きに、尻もちをついてしまった。
持っていたコーラを確かめてから、もう一度ゴミ捨て場に視線を戻すと、そこに人影は無くなっていた。
「ど、どういうこと?」
と、思わず考えを声に出していた。
俺は怖くなって、急いで階段を上がり、自分の部屋に戻った。
コーラを開け、缶のまま口をつけて飲んだ。
夢とゴミ捨て場に出てきた女のことを考える。
元々、知っている人物の顔ではない。
夢が初見で、今さっき、ゴミ捨て場で『見たような気がする』のが二回目だ。
好きな芸能人でも、過去同じクラスになった女子でもない。
だから好みが現実化した、ということもでもなさそうだ。
どうして、あの顔、あの姿ではないといけないのか。
AIに創造させたこともない。
俺は余計なことを考えて、怖くなった。




