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沿線のおと  作者: ゆずさくら


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アパート契約

 俺は二次募集でなんとか都心の大学に滑り込んだ。

 親が望んだ地元の国立など、初めから受かる気がしなかった。

 親の支援なしで田舎から出て、都心で暮らす決断をした俺は、極端に金がなかった。

 だから物件探しは、とても急いでいた。

「とにかくこの予算しかないんです」

「……とは言っても」

「そこをなんとか」

 妙に不動産屋は勿体ぶっているようだった。

「……うーん。うるさくてもかまいませんか?」

「どういう意味ですか? この際、多少うるさくても大丈夫です」

「あっ、行けますかね。沿線なんですよ。電車」

 ちらり、とその物件の資料を見せる。

 めちゃめちゃ破格の物件だ。

 俺は頷いた。

「ぜひ。この物件で」

「えっと、念のため現場(げんば)見なくていいですか?」

「見たいです」

 不動産屋は、時計を見て何か調べ始めた。

「じゃあ、準備もあるので後一時間したら『お部屋』見に行きましょうか」

「わかりました。そこら辺でコーヒーでも飲んできます」

「では、後ほど」

 俺は不動産屋を出て、チェーンのコーヒーショップに入るふりをした。

 とにかく金がないのだ。

 時間を潰すだけで何百円も払っていられない。

 日差しが強いから、ビルの軒下に入って、スマホを見ながら、なんとなく不動産屋を確認していた。

 俺を『内見』に連れて行ってくれる不動産屋は、何をするでもなく他の事務員と談笑している。

 それは十分経っても、ニ十分経っても変わらなかった。

 スマホのバッテリーももったいないので、俺はスーパーに向かった。

 とはいえ、金がないから見るだけだ。

 タイミングが良ければ、ハムやソーセージの試食をやっている。

 俺はゆっくり見て回ると、何かが焼ける音が聞こえてきた。

 ソーセージの試食だった。

 空のかごを下げて、ソーセージを見ながら近づくと販売員が声をかけてくれた。

 俺はあたかも『本当の』買い物客のような顔をして試食のソーセージを楽しんだ。

 スーパーから離れ、コーヒーなどを主とする輸入食料品店に向かった。

 その店も試食や試飲が豊富な店だ。

 俺はちょっと奇抜なブランドのコーヒーと、不思議な味の豆菓子を楽しんだ。

 他に試飲、試食はないかと、狭い店内を歩いているとスマホが振動した。

『今、どこにいますか? 行きますよ』

 店の名前を出すと、不動産屋は店の近くに車で来てくれた。

 車に乗り込むと、車は物件に向かった。

 二階建てのアパートは電車に並行して、ワンフロアに部屋が四つづつあった。

 つまりどの部屋を選んでも電車の音に悩まされるわけだ。

 ある意味平等と言えた。

 安い部屋ならおそらく一階と予想していたが、不動産屋は階段を上がった。

「ここです。二○五号室」

 案内されたのはアパートの角の部屋だった。

 隣の部屋は二○三号室。四を『死』と読むことから嫌って四をつけなかったのだという。

 不動産屋が鍵を開けて、中に入った。

 南側に戸口があり、大きい窓側に電車が走っている。

 部屋の構造も、南側にトイレや風呂、キッチンが付いていて、北側に寝室兼リビングとなる部屋がある。そしてニ○三との境側に押し入れがあった。

 部屋は静かなものだった。

 俺は考えた。内見しているこの時間、まだ電車が来ていない。

「部屋は狭いんでこんなもんなんですけどね」

 不動産屋は、電車が来ない時間になるよう、タイミングを測っていたのだろうか。

「何か気になるところありますか?」

 急に切り上げて、帰ろうとする。電車が来るのだろうか。

 俺は北側の窓を開けた。

 すぐそばにレールが見える。

 電車は少し盛り上がったところを走っていて、一階より二階の方が電車に対して近くなるようになっていた。

「……」

 不動産屋は苦笑いしていた。

「一階は埋まっているんですよね」

 別に別の部屋を見たい、というわけではない。

 実は、俺は電車が通り過ぎないか、待っていた。

「いえ、ここでいいですよ」

 不動産屋は時間を見ながら言った。

「戻りますか?」

 俺は一度電車が通った時の部屋を確認したかった。

「もう少しだけ、いいですか」

「ええ、どうぞ」

 正直、部屋は狭く、もう見る場所はなかった。

 仕方なく、俺は押入れに近づいた。

「!」

 一瞬、押入れに近づくところを、不動産屋が止めようとしたように感じた。

 だが、俺が押入れを開いても何か言ってくるわけでも、逆に説明してくるわけでもなかった。

「……」

 電車だ。電車の振動だ。

 俺は思った。そう。家賃が安くて、絶対にここしかないだろう好条件ではあるが、どれくらいうるさいかは事前に確認しておきたかった。

 電車の音が聞こえてきた。

 俺は押入れを閉じて、部屋の真ん中で騒音を確認しようと移動した。

 電車が通過していく。

 音は大きい。大きいことは大きいが、慣れてしまえば意外とこんなもの、なのかもしれない。

 じっと電車の音を聞きながら、俺はそう思っていた。

「?」

 電車が通過し始めてから、押入れ側からも何か音が聞こえてきた。

 空のボックスになっている押入れが、電車の振動で共鳴したのだろうか。

 電車のリズムに似た調子で聞こえてくる音。

 俺は気になって押入れを開けてみた。

「わっ!!」

 俺は思わず声を上げた。

「どうしました!?」

 不動産屋が驚いて、押入れを覗き込む。

「そ、それ!」

「?」

 不動産屋は何も驚かない。

 俺は目を閉じたまま、指をさして言う。

「あ、足。切断された、人の足」

「ないですよ。おっきな声を出すから、びっくりしました」

 俺はそっと目を開けて、押入れを見る。

 何もない。

「何も、ない」

「よくこの壁板の模様を誤認する方がいらっしゃいますが、そういうことでは?」

「……」

 俺は首を傾げたが、これは考えても仕方ないことだった。

 不動産屋に言われるまま車に乗って、事務所に戻った。

 不動産屋は部屋のことを最初『現場』と言った点や、電車が通らない時刻を選んで内見させた点の二つを問い詰めても良かった。

 だが、俺はとにかく安いその部屋に魅力を感じていた。

 だから情報を得ぬまま、部屋の契約を進めてしまった。




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