動画
俺はバイト先の友達の部屋にいた。
彼の部屋は、賃貸マンションの三階にある。
大きな部屋ではないが、一人暮らしなら十分すぎる広さだ。
食事用に置かれたテーブルに、俺は座っていた。
コーヒーが注がれて、俺の前に置かれた。
「砂糖とかミルクとかは、適当に使って」
「ありがとう」
友達は俺の正面に座り、コーヒーを啜り、一呼吸した。
「バイクに轢かれかかったことと、警察の人を繋げるのはあまりに根拠が薄いんじゃ?」
「電話がかかってくると同じタイミングでバイクが突っ込んできたんだぞ」
「バイクに『殺意』があったかも怪しいだろ」
俺は怒りが湧いてきた。
「あれだけ派手にぶつかって、止まりもせずに走り去っていくなんて殺意だろ? 事故ったのがわかって、無視するのも違反じゃないのか」
友達は、冷静にスマホに何か入力している。
そして結果を得たようだった。
「……そうだね。道路交通法に違反する行為らしいけど」
「うっかり騙されるところだった。警察が『霊障』なんかを取り合うわけないんだ。取り合うとしたら『霊障』で真実が明らかになってしまうことを恐れた犯人なんだよ」
「だから落ち着けって。どっちかというと今一番怪しいのは隣に越してきた人だろう。郵便受けを探っているし、妙なゴミも捨てている」
俺は確かに隣部屋の男からも『嫌な予感』しか感じない。
出会った時に死刑執行の幻覚と重なっていたし、聞こえてくる音も、何もかも怪しい感じしかない。
「そもそも警察に『隣部屋の人』のことを伝えようと思ったんだろ? そう考えるとどちらかというと隣部屋の人間がお前を殺しにきそうなんだが」
「……」
隣部屋の男が、ゴミ捨て場から大学までずっと俺を追ってきていたと言うのか。
確かにあの後、背後にいる人物なんて意識したこともないから、つけられても分からないだろう。
だが、サイドカーのバイクで俺を轢くと言うのはどうだ?
どこで俺がいく行き先を知った?
終日、俺の後ろをサイドカーでつけていた、と言うことなのか。
それはそれであり得ないだろう。
ずっとそうしていたなら、流石に何度かサイドカーを目にしていたはずだ。
「警察が直接殺人を犯したというんじゃない。警察が誰かを庇っている、と思うんだ」
「それがその隣部屋の男だと言うのか?」
俺は頷いた。
「まあ、隣部屋の男は死刑執行の日に越してきてるし、変なゴミは出すし、お前をみているし、変ではあるよな。だが、よく考えてみろ。越してくる前から、変な音は聞こえてたんだろう?」
「それは『霊障』だろ?」
「じゃあ、今聞こえる音は違うと言うのか?」
本当に耳に聞こえる音と『霊障』によって聞こえる音の区別ができたら、苦労しない。
分からなくなっているから、まるで現実のように感じるのだ。
「……分からない」
「困ったな。警察に相談できないのを、俺に相談されても困るぞ」
「事件の真相を調べたい。調べたのを、誰かに託したい」
友達はそれを聞くなり目線を外した。
「俺に託してどうする。俺は警察に知り合いがいるわけでも、なんでもない。俺も何もできないよ」
俺はテーブルを見つめるしかなかった。
友達は、何か考えていた。
「いいか。本当に疑いようのない事実がわかったら。つまり、それらを並べて隣部屋の人間が犯人だと推定されるなら、全部、動画にアップするんだ。もし推測や憶測があったらNGだぞ。逆に名誉毀損で訴えられてしまう。内容がしっかりしていれば、誰かがそれを見て通報してくれる」
「だって、俺に起こっているのは『霊障』だから、動画にしようがないじゃん」
「霊障だが、現実に白石の家には行った。両親とは話がつながっている。幻聴や幻覚だけではなく、現実で起きた事実もあるということだ」
もう一度、白石さんの家に行って動画を撮れというのか。
だが、今更、あの時の雰囲気を動画に収めることは難しいだろう。
やるとするなら、芝居をしてもらうことになる。
それに心情的に考えても、未だに帰ってこない娘の話を、何度も他人の俺に話してくれるとは思えない。
「わかるか? 霊障から事実につながることを探せ。それを積み上げるんだ」
俺は何も言えなくなった。
事実を調べ、動画でアップ。
それが現代の正義のあり方なのか。
「さあ、今日、この話はここまでにしよう。お前の布団はそっちに敷いたから」
話はそこで終わって、俺は友達の部屋で眠りについた。
その夜。
俺は夢を見た。
夢の中で、俺は自分の部屋にいた。
呼び鈴がなって、扉を開くとそこに女性が立っていた。
俺はその女性を知っていた。
『白石さん?』
『殺して』
そう言って白石さんは、隣部屋の方を向いた。
『隣部屋の人が犯人だって言うことなんですか? 隣の人が、住んでいなかった時からずっと言ってましたけど』
俺は訊ねたが、答えはない。
『殺して!』
白石さんは実在しているように見えるが、実在ではない。
話が通じるわけではないのだ。
すると、白石の姿が男性に変わる。
男性の首には、縄がかけられていた。
『……掲示板』
『えっ?』
『掲示板』
どういう意味だ? 掲示板、と言うのは例の自殺願望を持った人が書き込む、あの掲示板のことだろう。
『掲示板の何を調べろと?』
俺がそう訊ねると、男性は笑った。
だが、次の瞬間には青い顔になっていた。
きっとこの人は刑が執行された犯人だ。
犯人は何か、この世に未練を残しているのだ。
それが掲示板。
掲示板をよく見ろ、と言うことなのだろうか。
調べれば何かわかることが、あると言うことか。
男性の姿も消え、俺は暗闇に向かってただ思考する夢を見た。
何がわかるのか。
漠然としたプレッシャーを感じた。




