殺意
大学に着くと、俺はすぐに久世さんにメッセージを入れた。
隣部屋に怪しい人が引っ越してきたこと。
処刑のような幻覚を見たこと。
処刑された男が逮捕される様子を夢に見たこと。
処刑された男は、隣部屋を指さしたこと。
最後に俺は書いた。
『憶測ですが、引っ越してきた男は、犯人として逮捕された男と共犯だったのでは?』
この俺のメッセージが読まれているかわからない。
午前中、何度か見ていたが『既読』にはならなかった。
昼ごはんを食べ、午後の授業を受けていると着信があった。
授業が終わってから、スマホを確認するとメッセージが入っていた。
『隣人のことを詳しく聞きたい』
バイトもなかったし、部屋に帰るのも怖かったので、俺は久世さんが会おうと言ってきた場所に向かった。
警察署の近く、というわけでなく交通量の多い場所だった。
スマホが示した道を歩き始めて、少し絶望した。
「ここを歩くしかないのか?」
側道は雑草がたくさん生えていて、体を少し車道に出さないと歩けない程だった。
渋滞する場所から解放されるからなのか、後ろからくる車は、ことごとくスピードを出して追い抜いていく。
俺は車の音を聞きながら、大きなトラックが近づいてくるような時、立ち止まるようにして歩いた。
しばらくすると、そんな道を歩くのにも慣れ、車が避けてくれることを期待し、あまり立ち止まらなくなっていた。
スマホに久世さんから音声電話の着信が入った。
「もしもし?」
『今どこ?』
俺は道路を歩いていることを説明した。
『もしかして見えているのが君かな。手を振ってみて?』
「えっ、どこから見えるんですか?」
手を上げると同時に、ぐるりと周囲を見回した。
「!」
バイク。
それはサイドカーが付いている、大きな車両。
迫っている。
判断が出来ず、足が動かない。
間に合わない。
ようやく、俺は路肩の草に向かって体を投げ出す。
大きな衝突音が響く。
当ってしまった……
ダメだ……
足がやられた。
俺の体は、変な回転をしながら、草むらに落ちる。
草が顔を中心に、露出している体のあちこちを傷つけた。
サイドカー部分に踏まれていないだけ、マシだった。
体が下に入ってしまったら、大変だった。
ギリギリで体を投げ出したおかげで、足が浮いたところを、サイドカーのボディに弾かれたのだろう。
あと、靴が吹き飛んだことで、体に響く衝撃が少し和らいだのかもしれない。
俺はあちこちに痛みを感じながらも立ち上がることができた。
『もしもし? なんか変な音がしたけど』
「……えっと、今、バイクにはねられて」
『だ、大丈夫なのか?』
俺は歩く前方の方を見た。
どう考えても、待ち合わせの場所は見えない。
見えた、というのは誰かと勘違いしたのだろう。
「今、靴が飛ばされて、それを拾いにいくところです」
『今日はやめておくか?』
「いえ、もうここまで来たんですから」
そう言って電話を切った。
俺は車に止まってもらい、道の真ん中に落ちている靴を拾った。
後ろからクラクションをバンバン鳴らされて、止まってもらっている車には申し訳なかった。
靴は、最初に当った衝撃と、走行中の車に踏まれ、弾かれ、ボロボロになっていた。だが、裸足で歩くよりはマシだった。
足の痛みもあって、ゆっくりと側道を歩いていると、再び音声電話の着信が入った。
『もしもし、悪いけど事件の連絡が入ってしまって』
「多分、もう少しなんですけど」
『悪い、またこっちから連絡する』
そして電話を一方的に切られてしまった。
引き返すか考えた末、まず待ち合わせの場所まで行ってみることにした。
ロードサイドの全国チェーンのカフェ。
店の中には入らなかったが、なんとなく気になったことがあった。
駐車場に止まる車で囲われていて、あまり道の方は見えない。
「……」
帰ろう。
どうも気になる。
金は惜しかったが、反対車線に渡ってバスに乗った。
同じ道を歩いて戻るのは怖かった。
バスに揺られながら、俺は考えた。
さっきのバイクが、久世さんが指示したものだったら……
そもそも警察が『霊障』を調査するのだろうか。
胡散臭い感じがする。
夢で見たとか言う俺から、警察は何を聞き出したいのか。
身分証を見た時に信用してしまったが、もしかするとこの久世が、処刑された犯人の共犯者なのではないか。
処刑された犯人は、裁判で勾留中であり、白石さんを殺害することは出来ない。
俺の部屋にきて、突然血を吹いた霊は白石さんのものだ。
当然、シャツに浴びた血も。
自分で殺して、その事件を自ら捜査していれば、好きなように事件をコントロールできる。
隣部屋で起きた連続殺人事件では、犯人と被害者になんの繋がりはない。
ただ、掲示板で繋がった希薄な関係。
この関係は、久世にも都合がいい。被害者と久世の繋がりが希薄で、捜査上にその関係が浮かび上がらない限り、久世が捜査を外される恐れはないわけだ。
これから、どうする。
俺は悩んだ。
親に金を借りてでも、引っ越すか。
引っ越してしまえば、この事件に関わることもない。
二度と変な夢も見ないし、玄関先に現れた霊に血をかけられることもなくなる。
「……」
いや、夢を見ないとは限らないか。
バスを降りて、アパートに向かう。
人通りが多いと、なんでもない視線まで気になるようになってしまった。
どこからか見られている感じがする。
その先からくる人が、ナイフを持って突っ込んできたら。
そしてナイフが生きていくのに重要な臓器を破壊したら。
どれだけ早く救急車で運ばれても、助からない。
同じ速度で、後ろを歩いている人が怖い。
立ち止まってみたり、急に方向を変えてみたり、まるで頭がおかしくなったようだった。
神経を張り詰めたままアパート近くまでくると、今度は別のことが頭をよぎる。
隣部屋からナイフを持って、男が出てくるのはないか。
隣部屋に引き込まれるのではないか。
ゴミ捨て場から飛び出してくるのではないか。
アパートに近づいたところで、俺は完全に立ち止まってしまった。
俺はバイト先の友達に電話をかけた。
「今日、泊めてくれないか」




