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沿線のおと  作者: ゆずさくら


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12/19

新たな住人

 俺も慌ててこの部屋を契約したが、隣部屋の住人も慌てて契約したようだった。

 死刑執行の日の午後に契約した、というのも気になっていた。

 事件が起こった時からは歳月が経っていて、告知義務はないのかもしれないが、その日の午前のニュースで該当部屋を事故物件にした当人である受刑者に対し、刑が執行されたのだ。部屋が事故物件である説明を忘れていた、では済まされないだろう。

「そう考えると、お隣さんは事故物件であることを『知っていながら契約した』のだろう」

 流石にそれは気味が悪い気がする。

 いや、それこそ豚や牛を殺し、解体していることに耐えられるなら、以前の住人が犯人で、犯人は遠い刑務所の処刑場で死刑執行された、ことくらい、なんてことはないのかもしれない。

「……」

 俺は部屋の振動で電車が近づいてくるのを知ると、そっと押入れの扉を開いた。

 隣部屋からは絶えずテレビの音が聞こえてくる。

 だが、電車の音が大きくなると、テレビの音ではないものが混じって聞こえるようになった。

「まただ……」

 最初の頃聞こえてきた音ではない。

 叩くような、引いて削るような、まるで何かをさばいているようだ。

 俺は変なこと(・・・・)を想像して、ゾッとした。

 慌てて押入れの戸に手をかけた。

「!」

 戸が引っかかって、そっと閉めるつもりが、強く閉めてしまい大きな音を立てた。

 電車の音が響いているとはいえ、戸を閉めた音は隣に響いてしまったかもしれない。

 何を心配しているのだ。

 向こうだって変な音を立てている。

 だから俺だけが一方的に責められることはない。

 そうなのだが……

 どうも隣の住人が、真っ当な人間に思えない。

 まるで処刑された犯人の生まれ変わりのような気がしてならない。

 現実的にいえば、処刑された犯人の『共犯者』ではないか。

 俺はそんなことを思っていた。

 事故物件に住むような(・・・)人間、という俺の中の身勝手なバイアスが掛かっているのかもしれない。

 引っ越し初日から遺体を運び込んで、処理するなんて、そんなことがあるものか。

 起きていると、そんなことばかり考えてしまう。

 俺は布団に入って寝ることにした。

 考え疲れていたのか、すぐに眠りについた。

 その中で、夢を見た。

 自殺願望を持った者が書き込む掲示板のやりとり。

 男性の書き込み。

 近所で会いたいとの書き込み。

 男。

 男は、隣人の重なって見えた、首に縄が掛かっていた人だ。

 男は、手のひらを上に向け、郵便受けに手を突っ込む。

 部屋に捜査に入る警察。

 男性が逮捕される。

 いったい、これはなんの夢なのだろう。

 夢の中でも、俺はぼんやりと考えていた。

 あまりに漠然としていて、意味が分からない。

 俺は郵便受けあたりから、二階を見上げた。

 男が首に縄をかけられ、固定される。

 その足元の床が抜け、頭ひとつ分、ガクンと下がった。

 男は、突然俺を向いた。

 縛られていたはずの手が持ち上がり、俺の方に向けられる。

 俺は自分の後ろにある郵便受けを意識した。

 彼が指さしているものは、郵便受けなのだろうか。

 例のマイクロSD……

 いや、あのマイクロSDは雨宮しずくという女性のガラケーに刺さっていたものだ。

 この男性とは関係ないはず。

『!』

 突然、目の前に女性が現れた。

 目が……

 その女性の目は抉り取られていて、赤黒いくぼみがあるだけだった。

 髪はブロンドに染められていて、窪んだ目に前髪が掛かっている。

 笑うように口角が上がったかと思うと、すぐに口が少し開いた。

 開いた口から血が流れてくる。

 唇は閉じようとしているのか、微かに震えていた。

『あなたが雨宮しずく?』

 女は頷いた。

 そのまま首が落ちた。

 血が吹いているわけでもないのに、頬に液体を浴びた感覚がある。

 白石さんにしろ、この雨宮しずくにしろ、なぜ、首が落ちるのか。

 白石さんの時は、玄関で手足もバラバラになった。

 そう思った瞬間、目の前の雨宮しずくも手首がとれ、肘が分断され、足がバラバラになっていった。

 どうして……

 いや、隣部屋で起きた事件は、こうやって遺体を解体したのだ。

 解体して、普通にゴミとして出したらしい。

 この夢はそれを暗示しているのか?

 俺にこんな夢を見せて、どうしたいんだ。

 目が覚めてくれ、と願った。

「……」

 俺は目が覚めた。

 時刻を見ると夜中だと分かる。

 もう電車は通らない。

 ブーンと小さい振動音が聞こえる。

 冷蔵庫が動いて(・・・)いる音だ。

「?」

 冷蔵庫の音? 俺の部屋の?

 俺は何かが引っ掛かり、目が冴えてしまった。

 布団から出ると、キッチン側にあった冷蔵庫を見た。

 静かなものだった。

 音が出ているのは、ここじゃない。

 俺は布団に戻ってくると、微かに聞こえる振動音を聞いた。

 押入れの戸に手をかけた。

 その時、窓の外で影が動いた。

 戸を開くのをやめ、窓に近づきカーテンをめくった。

 何も、ない。

 いつもの線路が見えるだけだ。

 俺はそれ以上のことをするのをやめ、布団に潜った。

 いつの間にか寝ていて、明るくなると俺は目が覚めた。

 部屋にいると余計なことを考えてしまう。

 俺は早めに支度をして、大学に行こうと思った。

 ゴミをまとめて、玄関を出る。

 階段を下りかけたところで、郵便受けにいる人影に気づいた。

 昨日、隣部屋に引っ越してきた男が、郵便受けを見ていた。

 ただ郵便受けを見るのではなく、下から、見上げるような、調べようとしているような、そんな感じだった。

 俺が階段上に立ったのに気づき、隣部屋の男は俺を振り向いた。

 俺は慌てて視線を逸そうとしたが、間に合わなかった。

 昨日の無礼を謝ろうか。

 それもそれで変か?

 階段を下りながら考えた末、俺は隣部屋の男へ挨拶をした。

「おはようございます」

 相手は、軽く会釈をしたように見えた。

 だが、言葉はなかった。

 俺はそのまま持っているゴミ袋を出すため、ゴミ捨て場に向かった。

 なんとなく、視線を感じた。

 ゴミ捨て場に入ると、ひとつゴミが置いてあった。

「……」

 おそらく隣部屋の男が出した、と思われる。

 調べたい。

 だが、調べるわけにはいかない。

 それとなく、俺は後ろを振り返った。

 いる。

 姿は見えないが、見られている。

 俺はゴミ袋を寄せておこう、という雰囲気を出して置いてあったゴミ袋を引き上げて、避けてみた。

 重い。俺のゴミ袋と大して違わない大きさなのに重い。

 何か密度が違うのだろう。

 そして、寄せるようにして自分のゴミ袋を置いた。

 ゴミ捨て場を出て施錠をした。

 駅方向へ歩き出すと、アパートの方で動く影が目に入った。

 やっぱり見られていた。

 俺は、恐怖を感じながら、学校へと急いだ。




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