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ヴィジル公爵家



「陛下もお疲れでいらっしゃるでしょうから、ここからヴィジル公爵家直轄領へは転移陣で移動していただきます。」

「転移陣で!?」

 

 思わず身を乗り出した。

 セクトゥルは肩を揺らした。まるで私が驚く理由そのものが理解できないという顔だった。

 

「は、はい。それがどうかされましたか?」

 

 好奇心がむくむくと湧き出てくる。この世界は魔法が存在するのだ。やり取りは手紙だったり、車ではなくて馬車があったり、電気もなくてランプには実際に火が点っているのに、地球とは異なった魔法という名の技術がある。

 

「私、転移陣を使ったことがないわ。転移魔法を使っているとエステルが話していたけれど、魔法の勉強はまだしていないからどんな仕組みなのかすごく気になるの。」

「魔法は幼い子どもには危険な物も多いので、学院に入る12歳から学ぶのが普通ですからね。」

 

 魔法学校みたいなものがあるのか。魔法を体系的に学ぶ教育機関が存在するということ。一刻も早く早く通いたい。

 

「……アンヌツィアータ陛下は、魔法に興味がおありで?」

 

 セクトゥルと共に朝の挨拶をしに来ていたジークフリートが、こちらを探るように見た。

 

「贅沢を言うのであれば、この世の全ての叡智を求めます。……この世界がどうやって成立したのか気になりませんか?」


 窓の外へ目を向ける。太陽が燦々と輝いていた。

 

 「どうして魔法が使えるのでしょうか?」


 指先でティーカップの縁をなぞった。

 

 「そもそも魔法とは何なのか?エネルギー源は?遺伝的なものなのかしら?過剰な魔法の行使をどのようにして規制して行けばいいのかしら?環境への影響を考えたことはある?……私は不思議でなりません。」

「……」

 

 アナニヤは微笑んで紅茶を注ぎ足した。若い侍女達は顔を見合わせ、小さく笑みを交わした。

 セクトゥルだけは表情を崩さなかったが、その赤い瞳の奥には微かな驚きが浮かんでいた。

 

「……私は、先に自領に戻って陛下をお迎えできるよう整えて参ります。現当主である息子も挨拶するでしょう。」

 

 ジークフリートが何を言おうとしたのか、私には分からなかった。彼はどこか途方に暮れた様な様子だった。

 

「えぇ。では、また後でお会いしましょうね。元帥」

 

 ジークフリートの背を見送りながら、セクトゥルの表情が僅かに硬くなる。それは不敬にならない程度に抑え込まれた、冷ややかな感情だった。

 

「……どうしたの?セクトゥル」

「いえ。陛下のご指示に従い、ケルテス伯には此度の歓迎に対する感謝状を代筆させていただきました。後ほどご確認をお願い致します。私からも直接彼に陛下のお言葉をお伝え致しました。」

「ありがとう。助かったわ。」

 

 セクトゥルは表情を和らげた。先程まで浮かんでいた冷たさは、まるで最初から存在しなかったかのように消えている。

 

「では、転移陣へご案内致します。」

 

 転移陣は城の最も奥まった場所に設置されていた。直径3メートル位の円形の複雑な魔法陣が淡い光を発している。魔法の勉強は普通12歳からだと言われたけれども、こっそりできないだろうか。魔法陣を焼き付けようとじっと見つめた。いくつかパターンがありそうな記号だ。

 

「陛下?」

「……いえ。なんでもありません。」

 

 一度に転送できるのは五人までだとケルテス伯に教えられ、セクトゥルと護衛と共に魔法陣の真ん中に立つ。

 

「ケルテス伯爵。此度の歓待に感謝します。またお会いしましょうね。」

「勿体ないお言葉です。」

 

 ケルテス伯と彼の側近達がほっとしたように笑った。

 視界が揺れ、真っ白の光に包まれたと思った次の瞬間、目の前はケルテス城ではなかった。

 

「こちらです。」

 

 セクトゥルに先導され、小さな転移陣の部屋を後にする。出た先はケルテス城以上にきらびやかなシャンデリアに照らされたホールだった。

 ホールには既に人影があった。

 先程別れたばかりのジークフリートを先頭に、三人の大人と二人の子どもが跪いている。その中で最初に目を引いたのは、ジークフリートによく似た金の瞳の男だった。

 

「元帥、先程ぶりですね。」

「はい。陛下のお越しを心よりお待ちしておりました。紹介致します。こちらが息子のニーベルングです。」

「アンヌツィアータ陛下、お初にお目にかかります。ヴィジル公爵家当主、ニーベルングと申します。こちらは妻のネルダ。そして陛下の従姉弟にあたります、帝都の学院に通う娘のコーディリアと息子のオルバです。」

 

 ニーベルングは細身の体躯で、威圧感はない。同じ金の瞳を持ちながらも、剣より書類仕事の方が似合いそうな人物だった。

 

「ヴィジル公爵、お会いできて嬉しいわ。」

 

 ニーベルングはふっと目を細めた。

 懐かしいものを見るような表情だった。だが、その意味を尋ねる前に彼はいつもの穏やかな笑みに戻ってしまう。

 その意味を尋ねるのを諦め、隣に控えるコーディリアへ視線を向けた。

 コーディリアは背筋を真っ直ぐ伸ばし、非の打ち所のない姿勢で跪いている。勝気そうな美少女だった。

 

「コーディリアと申します。陛下とお会いできましたこと、心より嬉しく思います。」

 

 一方で、その弟らしいオルバは対照的だった。

 ニーベルングとよく似ている。金髪に金色の瞳。体躯の細さも相まって儚く見える。しかし、こちらを見る視線は冷たい。


「オルバと申します。どうぞよろしくお願い申し上げます。」


 言葉は丁寧だったが、その声音から歓迎の色を読み取ることは難しかった。



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