夕食会
「夜には夕食会がございます。お部屋をご用意しましたので、時間までゆるりとお寛ぎください。城の中を散策されるのでしたら、こちらの侍女にお申し付けください。」
「公爵の配慮に感謝します。」
ヴィジル公爵に案内され、私は客室へと通された。
案内された部屋は白を基調とした優美な部屋だった。壁には雪の結晶を思わせる繊細な装飾が施され、建国神話を題材とする絵画が数多く飾られている。触ったら壊れてしまいそうなほど繊細な調度品がきらきらと光を反射して輝いていた。
部屋を整えてくれていた侍女達に迎えられ、お茶を入れてもらう。
席に着くや否や、セクトゥルが脇に抱えていた書類の束を机の上へ積み上げた。
「こちらが滞在中に確認していただきたい資料です。」
ヴィジル公爵家領の基本情報や親族関係、最近の情勢等がまとめられているが、雑多な印象が多い。
「……これ、書類の書き方が統一されていませんね。」
ページをめくりながら眉をひそめた。
数字を箇条書きにしている者もいれば、修辞を重ねて延々と文章を書いている者もいる。同じ内容が別の報告書に重複している箇所も少なくない。
「これから書式を作りますので、文官たちには以降この書式を基本とするよう伝えてください。」
「承知しました。」
セクトゥルが目を丸くする。
一方で侍女たちは驚いた様子も見せず、追加の紙や予備のインクを机へ並べ始めた。
私は新しい紙を引き寄せると、前世の記憶を頼りに報告書の雛形を作り始めた。
項目ごとに見出しを設け、数字を記載する場所を決める。誰が書いても一定の品質になるよう最低限の規則も添えておく。
書式を完成させると、そのまま赤インクで既存の報告書の添削を始めた。
「修辞的な文章の美しさも大切ですが、不要な形容詞が多すぎます。報告書は必要な情報を伝えるためのものです。」
「書記官たちに厳命いたします。」
「紙の大きさも規格を統一してください。必要であれば度量衡を改定します。最初は手間でも、後々必ず楽になるはずです。」
「かしこまりました。」
セクトゥルは感心したような顔で私の手元を見つめていた。
私は添削を進めながら内容を頭へ叩き込んでいく。
字が丁寧な書類には大変素晴らしいと書き添えておいた。
人は褒めて伸ばしてあげたい。
最後の書類を閉じた頃には、窓の外は少しずつ夕暮れ色に染まり始めていた。
ふと窓の外へ目を向ける。
遠くに見える山々にはまだ雪が残っている。
北方の地に来たのだと改めて実感した。
そういえば――と思い出す。
「エステルはここの出身なのよね?」
「はい。私の祖父がジークフリート元帥と従兄弟です。幼い頃はヴィジル城で現公爵様方とよく遊んだものです。」
エステルは嬉しそうに目を細めた。
「久しぶりの故郷でしょうから、お休みを取っても大丈夫ですからね。」
「陛下のお心遣いに感謝いたします。」
ヴィジル領は帝国北方に広がる広大な土地だ。
冬は長く厳しい。
人が住めるほど温暖な地域は限られており、農業よりも畜産が盛んだった。
その環境ゆえに住民は忍耐強く、代々優れた軍人を多く輩出している。
現当主であるヴィジル公爵も、今は退役したがかつては帝国軍を支える重鎮の一人だった。
夕食会にはコーディリアとオルバの姿もあった。大きな卓にヴィジル家の直系親族たちが席に着いている。
私が席へ着くと、ヴィジル公爵が穏やかに微笑んだ。
「なにか不都合はありませんか?」
「とても素敵なお部屋でした。雪の印象が素敵ですね。繊細な工芸品も素晴らしいです。良い職人に恵まれているのでしょう。」
ジークフリートやヴィジル公爵夫妻、コーディリアは虚をつかれたように目を見開いた。オルバだけが首を傾げていた。
「……驚きました。陛下は芸術への造詣が深くていらっしゃる。」
「……それほどでもありませんよ。」
大量生産大量消費社会の現代を生きたものとして手工業品の繊細さが目に留まるだけだ。贅を凝らされた部屋はそれだけで美しい芸術品のようだった。壁紙の模様のひとつ、調度品の一つ一つが素晴らしい。
「姉上より詳しいのですか?」
不思議そうにオルバが首を傾げた。
「オルバ。」
コーディリアがたしなめるように弟の名を呼ぶ。
「だって、姉上や母上はいつも飾りの品の話をしているじゃないですか。」
「それとこれとは別です。」
呆れたような姉の口調に、私は思わず小さく笑った。
どうやら姉弟仲は悪くないらしい。
公爵夫妻も咎める様子はなく、むしろ微笑ましそうに二人を見守っていた。
「先日、陛下はお倒れになったそうですね。お義父様からも伺ってはおりますが、お加減はよろしいのですか?」
ネルダが心配そうに言った。
まさか前世の記憶を思い出したから倒れてましたなんて言えない。
「えぇ。皆には心配をかけました。今は本当に大丈夫なのです。」
「本当によろしゅうございました。」
「明日は陛下を光の女神の神殿にご案内いたします。我が国でも最も美しい神殿だと自負しております。陛下もきっと好まれることでしょう。」
「ええ。楽しみにしています。」
ヴィジル公爵がそこまで自信を持つのだ。
きっと素晴らしい場所なのだろう。
明日の訪問に期待を膨らませながら、私は夕食会を恙無く終えた。




