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ケルテス伯爵の受難


 ケルテス伯爵は、じっとりと滲む汗をハンカチで拭った。これでもう三枚目だ。差し出す従者も、かつてないほど顔色が悪い。

 胃がきりきりと搾り上げられるように痛む。

 

 不敬罪で不届き者を裁く裁判の最中だった。

 それまで壇上で一言も発することなく裁判を見守っていたアンヌツィアータが、突如苦しみだして倒れたのである。

 部屋中が騒然となった。アンヌツィアータがそれまでに口にした飲食物への毒物検査が行われ、この地の領主である彼もまた責任者として、鬼気迫る表情の近衛たちから事情聴取を受けることとなった。

 女帝の祖父であり、またケルテス伯をこの地の領主に任じたヴィジル元帥も、緊急用転移陣によって呼び出され、現在は陛下を見舞っている。

 幼い女帝の公務はほとんど免除されており、これまで公の場に姿を現すことはほとんどなかった。


 此度が初めての公務だったのだ。


 御年七つの女帝が地方巡幸を行うことになっていた。地方といっても、父方の祖父の領地ではあるのだが。

 六大公爵家の一つであるヴィジル公爵家から、帝都に近い所領の一部を任されているケルテス伯は、女帝を歓待すべく尽力していたはずだった。


 光の女神に誓って何もしていない。


 税の申告を誤魔化してもいないし、民の反乱を招くような圧政を敷いてもいない。

 ケルテス伯は帝国と帝室に忠誠を誓う臣下として、心から女帝の来訪を歓迎していた。


 従者が四枚目のハンカチを出すか真剣に迷い始めた頃、部屋の扉が叩かれ、大柄な男が姿を現した。

 その人物を見た途端、ケルテス伯は即座に立ち上がる。


「ケルテス伯」

「ヴィジル元帥! 此度のことは……」

「陛下は大事ないそうだ。毒物なども検出されず……医師によれば、長旅の疲れが出たのだろうとのことだった。其方には負担を掛けたな」

「いえ……陛下がご無事であるならば、何よりでございます」


 普段は高位貴族として穏やかな表情を崩さないケルテスも、今回ばかりは肝が冷えていた。

 誰の目にも明らかなほど狼狽していた彼は、安堵の色を浮かべながらヴィジル元帥に席を勧めた。


「元帥閣下も、大切なお孫様がご心配でしょう。……陛下はお目覚めに?」

「いや、まだだ」


 深い皺を刻んだ元帥は、それきり黙り込んだ。

 もともと寡黙で、必要なこと以外はほとんど話さないことで有名な人物である。

 ケルテスもそれ以上話しかけることはせず、使用人たちへ必要な指示を出した。

 六大公爵家の前当主にしてティエール帝国軍元帥であるジークフリートと同席することは、ケルテスにとって心労でしかない。仕事をしていた方が気が紛れる。

 だが、女帝の無事がわかっただけでも胃痛は幾分かましになっていた。


 女帝が目覚めたとの連絡が入ったのは、それからほどなくしてのことだった。


 しかし女帝が前世の記憶を取り戻したことで、突如として裁判の再開を命じられ、これから自分をさらなる胃痛が襲うことになるとは、ケルテス伯はまだ知る由もなかった。

 

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