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幼き女帝の目覚め

 

 名君として讃えられた先代の女帝は、出産の際に命を落とした。

 ティエール帝国では、皇帝の子が皇帝となる。

女帝に他の子はいなかったため、生まれたばかりの赤子は母が息を引き取ったその瞬間、偉大なるティエール帝国の頂点へと押し上げられた。


 それが、アンヌツィアータ・サフィルス・ティエールである。


 七歳の折、行幸として近郊の伯爵領を訪れた際のことだった。アンヌツィアータの馬車の前を、一人の少年が横切ろうとしたのだ。

 馬車を警護していた厳格な近衛兵達に無礼者として打ち据えられた少年は、帝室への不敬を働いたとして裁かれることになった。



 深い青を基調としたカーテンの隙間から、柔らかな陽光が差し込んでいる。

 私ははっと目を覚まし、寝台の上で身を起こした。


「あぁ、陛下! お目覚めになられましたか」


淡い茶髪を簡素にまとめた侍女が、慌てて私の背を支える。途端に部屋の中が騒がしくなった。


「医師をお呼びしてまいります!」

「どこか痛みはございませんか?」

「果実水をお持ちしました」


 差し出された爽やかな香りの水を少し口に含みながら、私は辺りを見回した。

 天蓋付きの寝台は大人が三人は余裕で眠れそうなほど大きい。寝具は驚くほど肌触りがよく、繊細なレースが惜しみなく使われている。部屋もまた広大だった。豪華な調度品が並び、いくつもの扉が見える。 

 こんなに部屋があって何に使うのだろう。

 部屋中に視線を巡らせていると、寝台の脇に置かれた全身鏡が目に入った。


「……陛下? 何かお探しでしょうか?」

「ううん」


 私は寝台から飛び降りた。


「えっ?」

「陛下?」

「お、お待ちくださいませ!」


 慌てる侍女たちをよそに、裸足のまま鏡の前へ向かう。映っていたのは、小さな身体だった。


 華奢な手足。

 きめ細かな肌。

 上質な銀糸のような髪。

 そして何より目を引いたのは、その瞳だった。


 深い群青色。


 先ほど見た杖の宝石と同じ色をしている。

ラピスラズリを思わせる瞳が、まっすぐこちらを見返していた。


「陛下……」


 不安そうな声が聞こえる。

 私は振り返って薄い茶髪の侍女へ微笑みかけた。


「大丈夫よ、アナニヤ。体調も問題ないわ」

「ですが……」

「心配させてごめんなさいね」

「……陛下がご無事なら、それが何よりでございます」


 アナニヤはほっとしたように微笑んだ。

 しかし、他の大人たちは納得せずら結局私は再び寝台へ押し戻され、到着した医師の診察を受けることになった。


 前世と今世の記憶が一気に混ざり合ったことで気絶しただけだ。別に大事には至っていない。

 癒しの魔法を使うかと問われた時は少し心が揺れたが、それどころではなかった。


 私には確認しなければならないことがある。


「あの少年はどうなりましたか」

「姫様の御前を横切ろうとした子どもですか?」


侍女の一人が答える。


「陛下がお倒れになったことで裁判は中断されました。現在は牢に収監されております」

「本来であれば本日中に判決が下される予定でしたが……」


 別の侍女が言葉を継いだ。


「陛下のご体調が優れないようでしたら、ケルテス伯爵が代わりに裁定を下されるかと」

「ダメよ!」


 思わず声を荒げてしまった。

 部屋の空気が凍り付く。侍女たちは驚いたように顔を見合わせた。

 今までのアンヌツィアータは、幼さもあって明確に意見を主張することがほとんどなかったからだ。

 私は一度深呼吸をした。


「……今は何時?」

「十三時でございます。陛下がお倒れになってから二時間ほど経っております」

「ならば十四時に彼の裁判を再開するよう、伯爵と文官達に伝えなさい。手荒に扱うことも禁じます。アナニヤは私の支度を。」


 私は静かに告げた。


「私が裁定を下します」


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