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わたしは勢いのまま、渡り廊下を走って、普段使われている校舎の方に入る。そこには普通に生徒がまだいて、雑談しながら、皆、下校しようとしている。
その光景は、まさに日常そのもので、先ほどまでわたしが体験したことは、全部嘘だったかのように思えた。
――でも、嘘じゃない。
わたしは後ろを振り返る。
「…………」
直線に走ったままだから、渡り廊下も見えるし、その先の旧校舎も、入口部分だけは見える。
入口には、誰も立っていない。何もいない。
わたしが通った、一人分の隙間が中途半端に開いている、引き戸があるだけだった。
逃げ切れた。わたしは、あの人影から逃げ切った。
恐怖で強く握りしめてしまった巾着袋は、わたしの手の中で、くちゃくちゃになっていた。
わたしは、息を整えて、深くため息を吐き、その巾着袋のしわを可能な限り伸ばして畳んでから、鞄にしまう。
「――……」
不気味なことには変わりない。でも、本当に、わたしはあの人影に追い詰められたのかと、そう疑ってしまうほど、そこには、なんの変化もなかった。
逃げ切ったことに安心して吐いた息は、先ほど、呼吸を整えるために行った深呼吸よりも、ずっと深いものだった。
「――りく」
背後から聞こえてきた声に、わたしは思わず肩を跳ねさせる。大げさなくらいに。多分、ほんの少し体が浮いたかもしれない。
パッと後ろを振り返ると、そこには、驚いた表情をした、久慈くんが立っていた。
「ごめん、そこまで驚くとは思わなくて……」
わたしがびっくりしすぎたことに驚いていたらしい。確かに、ただ声をかけられただけにしては、大げさだったかもしれない。
でも、あんなことがあっては、死角から、声を掛けられるだけで、心臓が馬鹿みたいにバクバクするほど、恐怖を呼び起こさせるには十分だった。
「……やっぱり、何かあった?」
久慈くんは心配そうにわたしに問うてくる。
先ほどのことを言うかどうか、迷ったのは一瞬だった。
「……な、何もないよ。急に話しかけられたからびっくりしちゃっただけ!」
嘘。でも、今更久慈くんに言ったところで、どうにもならない。
昨晩、久慈くんもあの人影に追いかけられているから、さっきのことを話しても、きっと信じてくれるだろう。
でも、信じてくれたからといって、今から何かできるわけでもない。もう巾着袋は取りに行ったし、あの人影からは逃げ切れた。
何か言ったところで、余計な心配をかけるだけ。それなら、言わない方がいいだろう。
「……本当に?」
でも、久慈くんは、納得できなかったようで、食い下がってきた。




