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家にいるとき、時々聞こえてくる家鳴りとは違う。なんとなく聞こえてくるような音ではなく――多分、教室の入口のドアが揺れたのだと思う。わたしが入ってきた方とは、反対側の方だ。
「…………」
シン、と教室は、耳が痛いくらいに静かだ。地震があったわけでも、風が吹いたわけでもない。
わたしは、恐るおそる、しゃがんだまま、前の扉の方を見る。
「――ッ!」
わたしは思わず悲鳴を上げそうになり、慌てて、両手で口元を抑える。巾着袋を持ったままの手を、強く握りしめた。
机の脚がいくつも並ぶ隙間から見えたのは、人の脚だった。でも、ただの人の脚じゃない。
黒く、細長い脚。パッと見た限りでは、男子生徒の制服のズボンのようにも見えるのに、よく見れば、全く違う物なのが分かる。服にあるはずのシワや、光の加減による濃淡もない。それどころか、うすぼんやりと、脚に黒いもやがまとわりついているようにすら見えた。
わたしは直感で気が付く。
あの脚の持ち主は、昨晩、わたしたちを追いかけてきた人影ではないのか、と。
それは、ゆっくり、ゆっくりと、教室の中を歩く。歩幅が小さく、脚を引きずるような歩行で、決して早くない。わたしが走れば、十二分に逃げ切れる。
そう思えるのに、わたしの体は動かない。得体の知れないその脚にくぎ付けになってしまって、一歩も動けなかった。
バレなければ。
このまま教室を出ていってくれれば。
わたしはそう、心の中で、願った。
しかし、わたしの願いとは裏腹に、脚は、明らかにわたしの方へと向かってきている。あれがわたしに気が付いているのかは分からないが、確実に、わたしとあれとの距離は縮まっている。
あれが教室に入ってきた時点で駆けだしていれば間に合ったはずなのに。
まだ逃げ切れる? でも、もう、教室の中央辺りにいる。走ればいける? もうダメ?
逃げ切れるか、否か。わたしの中で、ぐるぐると考えが巡る。そんなことを考えている前に逃げ出してしまえばいいのに、逃げ切れないかも、と少しでも思ってしまうと、机の陰から出ることができなかった。
まだ、向こうがこちらに気が付いたという確証もない。なら隠れていた方が安心なの?
気が付けば、脚は、机二つ挟むまで近づいていた。多分、上体を少し上げれば、脚の持ち主の顔が分かるかもしれない。
そのくらい、それは、近くにいた。
――こういうとき。隠れている方が安全とは限らない。
ああやって、ゆっくり歩いて、わたしが気が付かれないようにって、必死に縮こまっているのが面白いんだって。
わたし、知っていたはずなのに。
「――ァ、あ」
低く、絞られたような声が、小さく聞こえてきた、そのとき。
パサ、と、何か柔らかいものが落ちるような、そんな音が、かすかに、わたしの耳に届いた。




