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持っていた問題集が手から滑り落ちて、バサリ、という音が廊下に響く。
「なにやって、ん……」
わたしが問題集を落とし、ようやくこちらの様子に鴻巣本くんも気が付いたらしい。
「……なんで」
鴻巣本くんが、ぼそりとつぶやいた。
放課後でも、マネキンはずっと教室にあった。警備員が来る夜間だけはしまわれるのかと思ったけれど……二人の様子を見ると、そうではないのだろう。
思わず、と言った様子で教室の扉を開ける鴻巣本くん。その音は、先ほど、わたしが問題集を落とした時よりも、ずっと大きな音だった。
久慈くんと鴻巣本くんが教室に入ってマネキンを探す。わたしは怖くて入れなかったけど、生徒の荷物がない教室内は、廊下にある窓から見たって、マネキンが床に落ちているわけではないことが、一目見て分かった。
久慈くんは一番に掃除用のロッカーを開け、探していたけれど――彼の表情を見れば、その中には、ただ掃除用具が入っていただけなことが、聞かなくても分かる。
一人、廊下に立ち尽くすわたしの頭の中には、先ほどの、わたしの部屋の中に入ってこようとしていた手のことで、一杯だった。
もしかして、あの手は、本当に、このクラスのマネキンだったのだろうか。
祖母にも、むかごにも、何の影響もなさそうだった。それはそうだ。わたしがこのクラスに通っていて、わたしだけが、あのマネキンと同じ名前なのだから。
よく思い出してみれば、確かに、あの人のものとは思えない、うす白い手は、マネキンの布地に近いような気がした。
――それ以来、うちの学校では、マネキンと一緒の名前になると、マネキンに成り代わられる、殺される。名前を変えようとしたって無駄。身代わり人形の呪いだ、って噂ができたのよ。
今日の放課後、椿ちゃんが言っていたことが、頭の中によみがえる。
本当に、わたしと成り代わるために、マネキンが……?
今、学校に問題集を取りに来なかったら、もしかして、わたしはあのまま――。
思わず、一歩、教室から後ずさる。そのとき、わたしの足に、何かが当たった。先程落とした、生物の問題集。
目の前の状況が処理しきれなくて、わたしは、何故だか、その問題集を拾わなきゃ、という気になった。問題集を拾うことだけは、唯一、理解できることだったからかもしれない。これを取りに、わざわざここまで来たのだから。
それをしゃがんで拾い、立ち上がろうとしたところで――視界の端で、何かが動いた気がした。
教室ではない。
廊下の行き当たりだ。
わたしは思わずそちらを見る。人影がある。警備員だろうか。
そう言えば、鴻巣本くんが教室の扉を開けるとき、結構な音がした。警備員が待機していた部屋がどこかは分からないけれど、これだけ静まり返った、夜中の校舎の中なら、昼間よりも遠くまで音が届くだろう。
流石に様子を見に来たのかもしれない。
「あ、すみません。あの、ここの学生で、忘れ物を取りに来ただけで……」
事情をちゃんと説明すれば、怒られることはあれど、警察に突き出されることはないだろう、と、数歩、人影に近づいて声をかける。
警備員が――頼れる大人が来た、と、少し、安心していたのかもしれない。
しかし、わたしは、人影に向かって歩いていた足を、ピタリと止めた。
警備員だと思った人影は――まったくもって、違うものだったからだ。




