23
一瞬、祖母か祖父が倒れて、ここまで助けを呼びに来たのかと思った。
でも、全然違う。
白くて、生気のない手は、そう表現するのが正しいのかは分からないけれど、どこか、若々しく感じる。しわがない。
現実感のない手に、わたしの思考は停止してしまった。けれど、観察する目だけは、妙に情報を取り込んでくれる。
手首から先、腕の方にかけては、黒くて、厚そうな服を着ている。まるで、学生服かスーツのジャケットみたいな……。
そんな手の指が、曲がったり、伸びたりしている。苦しそうにもがいている、というよりは、まるで、這っているかのような――。
「――ッ」
指の力だけでこちらに向かって来ようとしているのでは、と気が付いてしまった瞬間、わたしは手元にあった卒業アルバムを、その手に向かって投げていた。
ほとんど反射だ。
本を投げるだなんて、と、手から本がなくなってから後悔したものの、謎の手に近づいてふすまを閉める勇気はない。手が見えているだけで、その先が、ふすまの向こうに繋がっているかもしれない。
ドン、バタッ。
思い切り投げたからか、思った以上に大きな音が響く。「どうかしたかねー?」と、祖母の声が、下の方から聞こえてくる。階段下から聞いているのだろう。
祖母の声音に、焦りはない。
あの手が、祖父母のものでないのは確定だ。普通に聞いてきている祖母が倒れているわけがないし、一階で祖父が倒れてしまったのなら、いつも通りの祖母に助けを求めるだろう。わざわざ階段を這って上ってくる必要がない。
「あ……」
声が出せずにいると、トン、トン、とゆっくり、階段を上ってくる音がする。
「大丈夫かい?」
階段を上って、ふすまを全て開けたのは祖母だった。彼女の足元に、あの手は、もうない。
祖母は、不思議そうに、わたしが先ほど投げた卒業アルバムを拾っている。
「……か、片付けしてたんだけど、虫がいた気がして、あの、思わず投げちゃって……」
あれは絶対に虫なんかじゃない。今、祖母の足元に何もない以上、見間違いだった可能性も否定できないが――絶対に、手だった。仮に、わたしの勘違いだったとしても、虫ではない。
でも、そんなことを言って信じてもらえるか分からないし、変に心配をかけるのも嫌だったので、わたしは適当にごまかす。
「あらやだ」
祖母は卒業アルバムの裏や廊下の床、室内の畳を確認し、虫がつぶれていないかを見ている。
「勘違い、だったかも……」
「もー、あまり驚かせないでよねえ。……あら、むかご。今日はここで寝るの」
入口近くの棚の上へ卒業アルバムを置いている祖母の足元から、するりとむかごが部屋の中へと入ってくる。祖母の質問に答えるように、「にゃぁん」と鳴いた。
「じゃあ、片付けもいいけれど、あまり遅くならないようにね。おやすみ」
「おやすみ……」
祖母が部屋を出て、一階へと帰っていく。
むかごは、ぴょん、とわたしのベッドの上へ飛び乗り、堂々と真ん中を陣取り、丸くなる。
わたしは、気味の悪さを感じながら、手早く段ボールへと取り出した中身を戻して壁の隅へと追いやり、寝る準備をするのだった。




