↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新月のふたり  作者: 六花
PR
8/14

第8話 「天体観測」

 夜。


 凛はベッドに座っていた。


 スマートフォンから、音楽が流れている。


 画面には、配信中の文字。


 GLAMOROUS MOON。


 顔は映っていない。


 上半身とギターだけが画面に入っている。


『じゃあ、次のお題』


 軽い声が響く。


『「帰り道」ね』


 少し考える間。


 それから、ギターが鳴った。


 コード。


 短いフレーズ。


 そこに声が重なる。


 歌詞は、その場で作っている。


 帰り道。


 夜。


 街灯。


 そんな言葉がいくつか出てくる。


 でも、物語にはならない。


 どこか寂しい。


 けれど、寂しいと言い切るほどでもない。


 そんな感情を、そのまま音にしている。


 凛は画面を眺めながら、ギターを抱えた。


 弦には触れない。


 ただ、音を聴く。


 この人の配信を見るようになって、もう何年になるだろう。


 最初に知ったのは、中学三年の頃だった。


 受験が近かった。


 玲は、もう家にいなかった。


 両親が離婚して、玲は母親と一緒に家を出ていた。


 家の中が広く感じた。


 学校でも、誰かと特別に仲が良かったわけじゃない。


 凛が本当に友達だと思えていたのは、零花くらいだった。


 それでも、零花には零花の生活がある。


 毎日一緒にいるわけじゃない。


 受験のことを考える。


 勉強する。


 眠る。


 また学校へ行く。


 そんな毎日だった。


 その頃、ギターを始めた。


 まだ、ろくに弾けなかった。


 コードもよく分からない。


 指も痛い。


 それでも触っていた。


 そんな時に、GLAMOROUS MOONを知った。


 最初は、ただ音が好きだった。


 ギターが格好よかった。


 歌も好きだった。


 顔を出していないことなんて、気にしなかった。


 むしろ、音だけでここまで惹きつけられることが不思議だった。


 動画を探した。


 昔の曲も聴いた。


 新しい曲が出れば聴いた。


 配信があれば見た。


 気づけば、ギターを弾く時間が増えていた。


 上手くなりたいと思った。


 こんな音を出してみたいと思った。


 いつか、自分でも曲を作ってみたいと思った。


 それから何年も経った。


 高校に入った。


 ギターを続けた。


 バンドを組みたいと思うようになった。


 そして。


 Lunatic Childを始めた。


 きっかけが、全部GLAMOROUS MOONだったわけじゃない。


 それでも。


 あの音がなかったら。


 今、自分がここにいるかは分からない。


『……こんな感じかな』


 配信の中で、GLAMOROUS MOONが笑った。


『「帰り道」って言われると、なんか寂しい感じにしたくなるんだけど』


 またギターを鳴らす。


『別に、寂しいわけじゃないんだよな』


 凛は笑った。


 分かる。


 そういうところが好きだった。


 言葉にしきれないものを、そのまま音にする。


 きれいにまとめない。


 答えを出さない。


 それでも、聴いていると何かが残る。


 凛は画面を見つめる。


 配信のコメントが流れていく。


 その中に、自分の名前もある。


 MoonChild05。


 何年も使っている名前だった。


 配信が続く。


『じゃあ、次いこうか』


 ギターが鳴る。


 凛も、自分のギターを見る。


 昔よりは弾けるようになった。


 コードも分かる。


 少しずつ曲も作れるようになった。


 バンドもできた。


 ライブにも出ている。


 それでも。


 この人は遠かった。


 何年見ていても。


 どれだけ曲を聴いても。


 その距離は変わらない。


 画面の中にいる。


 ギターを弾いている。


 歌っている。


 それだけ。


 凛は、何となくその音を聴き続けた。


 どれくらい経ったのか分からない。


 ふと、配信の声が止まった。


『……あ』


 コメントを見ているらしい。


『こんばんは、MoonChild05さん。今宵も来てくれてありがとう』


「……え」


 凛は顔を上げた。


 自分の名前。


 今、呼ばれた。


 コメント欄を見る。


 確かに、自分の名前がある。


 心臓が跳ねた。


 慌てて文字を打つ。


 「こんばんは」


 送信。


 それだけ。


 返事が来るわけじゃない。


 でも。


 画面の向こうで、GLAMOROUS MOONが一度笑った。


『じゃあ、次のお題いこうか』


 配信は続いていく。


 凛はしばらく動けなかった。


 やがて、ギターを手に取る。


 膝の上に置く。


 弦を鳴らす。


 一音。


 もう一度。


 自分の音。


 昔よりは、ずっと弾ける。


 曲だって作った。


 バンドだって始めた。


 少しずつ、自分の音ができてきた。


 それでも。


 GLAMOROUS MOONの音を聴くと、まだ遠いと思う。


 追いつけない。


 追いつける気もしない。


 だから。


 もう少しだけ、弾いてみようと思った。


 配信が終わる。


 スマートフォンの画面が暗くなる。


 部屋が静かになった。


 凛は窓の外を見る。


 夜空に、月が出ていた。


 いつから見ていたのか分からない。


 凛はしばらく、その月を眺めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。