↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新月のふたり  作者: 六花
PR
7/14

第7話 「ミュージック・アワー」

 夕方。


 凛は本屋を出た。


 今日はいつもより少し早く上がった。


 外へ出ると、日が落ちるのが早くなったことに気づく。


 駅へ向かう。


 いつもの道を歩く。


 楽器店の前を通る。


 ショーウインドウに並んだギターを眺める。


 そろそろ新しい弦も買わないと。


 そう思いながら、そのまま通り過ぎる。


 少し先にCDショップがある。


 今日は寄っていこうか。


 そんなことを考えていた時だった。


 通りの向こうに、人が何人か立ち止まっているのが見えた。


 建物の中を見ている。


 凛も気になって足を止めた。


 通りに面した大きな窓。


 その向こうに、マイクが並んでいる。


 机。


 ヘッドホン。


 何枚かの紙。


 ラジオの公開収録らしい。


 窓には案内が貼られていた。


 凛は少し近づく。


 パーソナリティらしい女性が、マイクに向かって話している。


 その隣に、ゲストらしい男性が座っている。


 台本を手にしている。


 顔はよく見えない。


 けれど。


 なんとなく見覚えがあった。


 凛は立ち位置を変えた。


 窓の向こうを見る。


「……え?」


 見えた。


 静月さんだった。


 いつもライブに来ている人。


 楽器店で会った人。


 コンビニでも会った人。


 その人が、マイクの前に座っている。


 凛はその場に残った。


 収録は続いている。


 パーソナリティが話す。


 静月さんが頷く。


 それからマイクに向かって話す。


 声は聞こえない。


 ガラスがあるから。


 それでも、話していることは分かる。


 時々、パーソナリティと一緒に笑う。


 質問されると、少し考えてから答える。


 手元の台本を見ることもある。


 でも、ずっと読んでいるわけじゃない。


 凛はその様子を眺めていた。


 普段とは違う。


 コンビニで話した時とは全然違う。


 楽器店で話した時とも違う。


 もっと自然だった。


 肩に力が入っていない。


 人前なのに。


 凛は少し驚いた。


 声優って、こういう仕事もするんだ。


 しばらくして、パーソナリティが話題を変えた。


 静月さんが手元の紙を見る。


 何か答える。


 パーソナリティが笑う。


 静月さんも笑った。


 今度は少し身振りを交えて話している。


 凛は目を離せなかった。


 何の話をしているんだろう。


 そんなことを考えているうちに、また話題が変わる。


 音楽の話らしい。


 静月さんが顔を上げた。


 さっきまでより、反応が早い。


 パーソナリティが何かを聞く。


 静月さんが答える。


 今度は少し長く話している。


 話している途中で笑う。


 手も動く。


 楽しそうだった。


 凛は思った。


 ……音楽の話、好きなんだ。


 やがて、パーソナリティが最後の言葉を話す。


 静月さんが頭を下げる。


 スタッフが拍手をする。


 収録が終わった。


 静月さんはヘッドホンを外した。


 パーソナリティと何か話している。


 笑っている。


 その顔を見て。


 凛は思った。


 ……こんな顔するんだ。


 やがて、スタッフが外へ出てくる。


 機材を片付ける人。


 紙をまとめる人。


 その後ろから、静月さんも出てきた。


 凛は反射的に一歩下がった。


 声をかけようか。


 どうしよう。


 迷っていると。


「あ」


 静月さんが凛に気づいた。


「……神崎さん?」


「こんばんは」


「こんばんは」


 いつもの声だった。


 凛はさっきまでの収録を思い出す。


「さっき、ラジオ出てましたよね?」


「はい」


「声優さんって言ってたの、本当だったんだ」


「……本当です」


 汐は少し困ったように笑った。


「何か、すごく普通に喋ってましたね」


「仕事なので」


「なるほど」


 凛は頷いた。


 仕事。


 そう言われると、それだけのことなのかもしれない。


 でも。


 あんなふうに喋るところは初めて見た。


 凛はふと思い出した。


「そういえば、静月さんって、音楽もやってるんですよね?」


「はい」


 返事が早かった。


 凛は目を瞬いた。


「……音楽の話になると、早いですね」


「そうですか?」


「はい」


 汐は少し考える。


「……好きなので」


 それだけ言って、笑った。


 凛も笑う。


「じゃあ、またライブで」


「はい」


 汐は駅とは反対の道へ歩いていった。


 凛はその背中を見送った。


 さっきまでマイクの前に座っていた人。


 今、自分の前を通り過ぎていった人。


 同じ人なのに。


 少し違って見えた。


「……変な人」


 そう呟いて。


 凛も歩き出した。


 *


 家に帰る。


 部屋に入る。


 鞄を置く。


 ギターをケースから出す。


 椅子に座る。


 弦を鳴らす。


 昼間見た光景を思い出す。


 マイクの前に座っていた静月さん。


 普段よりよく喋っていた。


 でも。


 音楽の話をした時。


 返事が早かった。


「……好きなんだな」


 凛は呟く。


 弦を押さえる。


 一音鳴らす。


 もう一度。


 さっき見た静月さんの顔を思い出しながら。


 凛はギターを弾き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。