第13話 「DAYS」
ライブまで、あと数日。
Lunatic Childの練習が始まった。
「じゃあ、最初から」
凛がギターを構える。
零花がスティックを持ち直す。
充がベースを肩にかける。
晶もギターを構えた。
カウント。
音が始まる。
イントロ。
凛のギターが入る。
前とは違う。
コードが一つ変わっただけ。
けれど、その違いは凛にははっきり分かった。
ベースが重なる。
ドラムが入る。
晶の声が乗る。
そのまま曲が進んでいく。
Aメロ。
サビ。
間奏。
そして、最後まで。
音が止まった。
「……どう?」
凛が聞く。
「前よりいいんじゃない?」
晶が答える。
「何が?」
「なんとなく」
晶はギターを下ろした。
「ギターが、前より曲に合ってる気がする」
「そう?」
「うん」
零花も頷く。
「私も好き」
充は譜面を見ていた。
「ここ、変えたんだな」
「うん」
「譜面と違うけど」
「そう」
「……まあ、こっちで覚えるか」
充は譜面の該当箇所に印を付けた。
凛はそれを見て、笑った。
「ありがとう」
「別に」
充はそのまま次のページを見る。
「ここは前と同じ?」
「うん」
「分かった」
それだけだった。
「もう一回やろう」
凛が言う。
「また?」
零花が笑う。
「うん」
「今日それ何回目?」
「まだ三回目」
「数えてたんだ」
「なんとなく」
零花が笑う。
「じゃあ、やろう」
もう一度。
カウント。
音が始まる。
今度は、途中で止まらなかった。
最後まで演奏する。
さっきより揃っている。
でも、凛はまだギターを下ろさなかった。
「もう一回」
「凛、今日ずっとそれじゃん」
「うん」
「何かあるの?」
凛は少し考えた。
「……今の音、もう一回聴きたい」
零花が目を丸くする。
「それなら、もう一回やろう」
「うん」
充がベースを構え直す。
晶もギターを持つ。
三度目のカウント。
音が始まる。
今度は、さっきよりも自然だった。
凛のギターが鳴る。
ベースが続く。
ドラムが支える。
歌が重なる。
四つの音が一つの曲になっていく。
完璧ではない。
まだズレる。
歌の入りが遅れる。
ドラムとギターが一瞬ぶつかる。
そのたびに止める。
確認する。
また弾く。
それでも、前とは違った。
凛は知っている。
この曲には、ずっと追いかけていた音がある。
何度聴いても分からなかった違いがあった。
それが今は分かる。
だからこそ。
この音を、みんなにも聴いてほしかった。
最後まで演奏する。
音が消える。
「……うん」
凛はギターを下ろした。
「今の、いいね」
零花が笑った。
「うん」
凛も笑った。
その後も練習は続いた。
ライブまで時間はない。
まだ直すところもある。
それでも、今日の練習はいつもより長かった。
*
練習が終わる。
機材を片付ける。
「じゃ、お疲れ」
充がベースを背負う。
「お疲れ」
晶もギターケースを持った。
「また明日」
「うん」
二人が先に帰っていく。
残ったのは凛と零花だった。
「帰ろうか」
「うん」
二人で外へ出る。
夜の道を歩く。
零花はギターケースを背負い、凛の隣を歩いている。
「今日、なんか嬉しそうだったね」
「そう?」
「うん」
零花が凛を見る。
「いつもより楽しそうだった」
凛は少し考える。
「……音が分かったから」
「この前の?」
「うん」
「ああ」
零花は思い出した。
「静月さんに相談したやつ?」
「そう」
「どうだった?」
「分かった」
「何が?」
「原曲と違うところ」
凛は話しながら歩く。
「譜面が間違ってたわけじゃないんだけど、音源の方がちょっと違った」
「へえ」
「何か所か」
「そんなの分かるんだ」
「私には分からなかった」
凛は笑う。
「静月さんが見つけてくれた」
「やっぱり音楽詳しいんだ」
「うん。かなり」
「何者なんだろうね、あの人」
「私も知らない」
二人で笑う。
しばらく歩く。
「でも、凛が人に相談するのって珍しいよね」
「……そう?」
「そうだよ」
「そうかな」
「そう」
零花は即答した。
「凛って、人に頼られるのは好きだけど、自分から頼るのは苦手じゃん」
凛は黙った。
「……まあ」
「やっぱり」
「でも今回は、どうしても分からなかったから」
「そっか」
零花は少し笑った。
「なんか久しぶりに見たかも」
「何を?」
「プロになりたい凛」
「何それ」
凛は思わず笑った。
「最近ずっとライブのことばっかりだったじゃん」
零花は前を向いたまま言う。
「次のライブとか、集客とか、練習とか」
「それは大事でしょ」
「大事だけど」
零花は少しだけ肩をすくめた。
「今日は違った」
「違った?」
「うん」
少しだけ考える。
言葉を探すように。
「昔みたいだった」
凛は少し目を瞬いた。
「そうかな」
「そうだよ」
即答だった。
「何か一個気になること見つけると、そればっかりになるところ」
「ああ……」
否定できなかった。
昔からそうだった気がする。
「でも、零花も変わってないよね」
「私?」
「うん」
「どこが?」
凛は少し考えるふりをした。
「身長」
「それ言う?」
「言う」
「ひどいなあ」
零花が笑う。
「だって本当だし」
「凛だってそんなに変わらないじゃん」
「私は伸びた」
「数センチでしょ」
「伸びたことには変わりない」
「はいはい」
二人で笑う。
夜道に声が溶けていく。
少しだけ風が吹いた。
街灯の明かりが足元を照らしている。
しばらく黙って歩く。
それから凛がぽつりと呟いた。
「ねえ、零花」
「ん?」
「私たち、本当にプロになれるかな」
零花が少しだけ顔を上げる。
「急にどうしたの?」
「なんとなく」
凛は前を向いたまま答える。
「ライブもできるようになってきたし、お客さんも増えてきたけど」
「うん」
「まだまだだなって」
「それはそうだね」
「即答なんだ」
「だって、まだ全然上手くなれるし」
零花が笑う。
「でも、なるんでしょ?」
「うん」
凛は迷わなかった。
「なれるよ」
「根拠は?」
「ない」
「ないんだ」
「でも、なるつもりで始めたから」
零花が笑った。
「凛は昔からそういうところ変わらないね」
「そう?」
「そう」
「私も、なりたい」
「うん」
「だから、頑張ろう」
「うん」
しばらくすると、零花の住んでいるアパートが見えてきた。
「ここで大丈夫」
「分かった」
「送ってくれてありがと」
「いいよ」
零花が立ち止まる。
「じゃあ、また明日」
「うん。また明日」
零花がアパートの中へ入っていく。
凛はその姿を見送った。
零花のアパートまでは、いつもの帰り道だった。
変わったものなんて何もない。
それでも、少しだけ前に進んだ気がしていた。




