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新月のふたり  作者: 六花
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14/14

第14話 「Ever lasting lie」

 ライブ当日。


 汐は開演十分前にライブハウスへ入った。


 受付を済ませる。


 ドリンクを受け取る。


 そのまま客席の後ろへ向かった。


 前に出る気はなかった。


 いつものように壁際に立つ。


 ステージでは、転換作業が続いていた。


 ドラム。


 アンプ。


 マイクスタンド。


 見慣れた光景だった。


 客席を見渡す。


 前に来た時より、人が多い。


 満員ではない。


 それでも、最初に見た頃とは違っていた。


 やがて照明が落ちる。


 拍手が起こった。


 四人がステージへ上がる。


「こんばんは! Lunatic Childです!」


 凛の声が響く。


 客席から拍手が返る。


 零花がスティックを回す。


 充がベースを構える。


 晶がマイクを握る。


 凛はギターを肩に掛けたまま、客席を見渡していた。


「今日は最後まで楽しんでいってください!」


 歓声が返る。


 凛がギターを構えた。


「一曲目!」


 カウント。


 ドラム。


 ギター。


 ベース。


 音が重なる。


 曲が始まる。


 聞き覚えのあるコードだった。


 しかし、だいぶ印象が違う。


 汐が知っているのは、凛から見せてもらった譜面と、相談されたコードの部分だけだった。


 四人で鳴らした音を聴くのは、これが初めてだった。


 歌が入る。


 晶の声が客席へ広がる。


 凛のギターが続く。


 充のベースが下から支える。


 零花のドラムが曲を押し出す。


 譜面だけでは分からなかった音がある。


 同じコードでも、弾く人が変われば印象が変わる。


 Aメロが終わる。


 ギターが前へ出る。


 凛の指が弦の上を走る。


 音が一つ濁った。


 けれど、止まらない。


 そのまま次の音へ進む。


 零花のドラムが続く。


 充のベースが重なる。


 晶の歌が乗る。


 曲はそのまま進んでいく。


 サビ。


 照明が広がった。


 客席の空気が変わる。


 足元なんて どこにもなくて


 掴んだはずのものも すり抜けていく


 歌が響く。


 凛のギターが鳴る。


 零花のドラムが押し上げる。


 充のベースが下を支える。


 晶の声が前へ出る。


 何度落ちても 終われなくて


 傷だらけの手を また伸ばしてる


 四人の音が重なる。


 汐はステージを見ていた。


 凛は下を向かなかった。


 ギターを弾きながら、前を見ている。


 最初に見た時から、そこだけは変わらない。


 落ちていく


 それでも 上を見てる


 客席の何人かが身体を揺らしている。


 照明が白く広がる。


 届かなくても


 届くと信じてる


 サビの最後。


 凛のギターが伸びる。


 零花のシンバルが鳴る。


 充のベースが残る。


 晶の歌が重なる。


 僕はまだ 空の途中


 音が消えた。


 一瞬だけ静寂があった。


 そして拍手が起こる。


 歓声も混じる。


 凛が次の曲へ向けてギターを構え直す。


 ライブは続いた。


 カバー曲。


 オリジナル曲。


 短いMC。


 何度か音を外す。


 入りが揃わないところもある。


 それでも、止まらなかった。


 凛は楽しそうにギターを弾いていた。


 零花も笑っている。


 充はいつものように淡々とベースを弾いている。


 晶の声が、その上を走っていく。


 曲が変わる。


 また一曲。


 客席から手拍子が起こる。


 少しずつ、四人の音が馴染んでいく。


 そして最後の曲。


 凛がマイクを握った。


「最後の曲です」


 一度、客席を見る。


「Lunatic Child」


 歓声が上がる。


 四人が構える。


 カウント。


 音が始まった。


 さっきまでとは少し違う。


 自分たちの曲だからなのかもしれない。


 四人がそれぞれの音を鳴らしている。


 それでも、曲としてまとまっている。


 凛のギター。


 充のベース。


 零花のドラム。


 晶の歌。


 四つの音が重なる。


 最後の音が消える。


「ありがとうございました!」


 四人が頭を下げる。


 大きな拍手が響いた。


 照明が落ちる。


 ライブが終わる。


 汐は壁から背を離した。


 ドリンクを一口飲む。


 悪くない。


 そう思った。


 帰ろうとした。


「静月さん!」


 聞き覚えのある声が飛んできた。


 嫌な予感がした。


 振り返る。


 凛だった。


「何」


「少し時間ありますか」


「ない」


「あります」


「ない」


「あります」


 即答だった。


 汐はため息をついた。


「何」


「みんなで話したいことがあるんです」


「俺はない」


「あります」


 なぜか断言された。


 数分後。


 汐は楽屋にいた。


「なんでいるんですか?」


 最初に言ったのは充だった。


「俺も思った」


 晶が続ける。


「俺も思ってる」


 汐は本気だった。


 零花が笑う。


「あ、どうも」


「どうも」


 凛が汐を見る。


「今回、少し相談に乗ってもらったんです」


「相談?」


 充が首を傾げる。


「コードとか」


「ああ」


 充が頷く。


「そういうことか」


 晶は何も言わなかった。


 ギターケースを開けて、機材を片付けている。


「で?」


 汐が聞く。


「どうでした?」


 凛が尋ねる。


「良かったと思う」


 それだけだった。


「もっと」


 凛が言う。


「何」


「感想」


「言った」


「もう少し」


 汐は考える。


「演奏は、自分たちで決めればいいと思う」


 凛が頷く。


「うん」


「俺は観客だから」


「はい」


「だから、音のことはあまり言わない方がいいと思う」


 零花が首を傾げた。


「なんで?」


「その人たちの音だから」


 汐は答えた。


「ただ」


 零花を見る。


「ドラム、高くない?」


「え?」


「叩きにくそう」


 零花が自分のドラムを見る。


「そうかな」


「身体に合ってないように見える」


「でも叩けてるよ?」


「うん」


 汐は頷く。


「叩けてるなら、今すぐ変える必要はないと思う」


「そっか」


「ただ、少し小さい方が楽かもしれない」


 零花はドラムを見た。


「考えてみる」


 次に充を見る。


「ストラップ、長くない?」


「そう?」


「肩、きつくない?」


「……たまに」


「少し上げた方が楽だと思う」


「なるほど」


 充はストラップを見た。


 凛も自分のギターを見る。


「私も?」


「もう少し上でもいいと思う」


「分かった」


 凛がストラップを直す。


 最後に晶を見る。


「ギターも、少し上でもいいかも」


 晶の手が止まった。


 間があった。


「別に困ってないんで」


「そう」


 汐はそれ以上言わなかった。


 説得もしない。


 否定もしない。


 汐にとっては、それだけの話だった。


「ありがとうございました」


 凛が言う。


「別に」


 汐は立ち上がった。


「じゃあ」


「あ、静月さん」


 凛が呼び止める。


「何?」


「今日、来てくれてありがとうございました」


「ライブだから来ただけですよ」


「それでも」


 凛は続けた。


「ありがとうございました」


 汐は頷いた。


「……うん」


 楽屋を出る。


 ドアが閉まった。


 残った四人。


 凛は汐が出ていった方を見ていた。


「助かったよ」


 零花が言った。


「うん」


 凛が頷く。


「静月さんがいなかったら、多分あの曲やってなかった」


「あー、それはあるかも」


 零花も頷く。


 充も頷いた。


「コード一個だけだけどな」


「別に、そこまで変わったか?」


 晶が言った。


 凛が振り返る。


「そう?」


「コード一個だろ」


 晶は肩をすくめる。


「まあ、そうだけど」


 凛は考えた。


「でも、私は助かった」


 晶はそれ以上言わなかった。


 凛はまだ話している。


 零花も笑っている。


 充も相槌を打つ。


 晶はギターケースの留め具を閉めた。


 カチッ、と音がする。


「……なんなんだよ、あの人」


 零花が振り返る。


「ん?」


「別に」


 晶は視線を逸らした。


 誰も、それ以上は聞かなかった。


 ライブハウスを出た汐は、夜道を歩いていた。


 少し疲れた。


 今日はもう帰ろう。


 それだけだった。


 ポケットの中でスマートフォンが震える。


 取り出して画面を見る。


 凛からだった。


 さっきの礼だろう。


 汐は画面を閉じた。


 歩きながら、今日のライブを思い出す。


 聞き覚えのあるコード。


 少し違って聞こえた音。


 四人で鳴らした曲。


 昔、何度か弾いたことがある曲だった。


 今は、自分の知らない四人の音になっている。


 悪くなかった。


 汐はそのまま歩いていった。

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