冒険者97 マネーisパワー
「今日はありがとうございました。 これからも一緒に活動してもらえるよう、精進していこうと思います」
「こちらこそありがとうございました! ダンジョンでもよろしくお願いします」
結局、雑談の大部分は望都との一対一になった。
終わり頃に他の面々も起きてくれたものの、俺の顔を見るなり引き攣った表情でぎこちない挨拶をするだけになってしまっている。
まぁ、確かに殆ど一方的に潰しただけの模擬戦をしてしまった。彼等にも多少なりとてプライドがあり、今回はそれを折られたに等しい結果になっている。
折った側に対して良い感情は抱けはしない。それが出来るなら、彼等の周りにはもう少し和気藹々とする冒険者達が居た筈だ。
下の階のトレーニングエリアで彼等だけで纏まっていたのは、恐らく偶然ではない。
望都とだけは言葉を送り合い、一足お先に俺はギルドを退勤することになった。
明日には早速ダンジョンに潜り、一般的な業務を熟して遅れてしまった道を駆け出していかなくてはならない。
彼等の教育も勿論仕事の一つ。それが成果として表に出ることはないが、老人個人が追加で何かしらの加給をしてくれるだろう。
榊原や山田の姿は見つけられなかった。他にも何名かの冒険者ともすれ違ったが、どちらもが知らない同士だったので会話もない。
ただ社交辞令として挨拶をして、それで外に出る。
行きは車だったが、帰りは徒歩だ。帰ったら早速荷物整理が待っていると思うと憂鬱だが、家を荒らし放題にするのは伯父に悪い。
二年の時間は人の価値観をかなり変えたが、道までは変わらなかった。
電車も日々乗っていたもので、ちょうどラッシュだったのか潰されながら最寄り駅で降りる。
携帯のスリープを解除すると、既にメールで何通か母から来ていた。その殆どが俺が帰ってくるのを心配しているもので、あの人の表情が簡単に想像出来てしまって苦笑する。
夜の世界は驚く程に人が居ない。此処が住宅街なのもあるが、それにしたって酷く静かだ。
ただ、ダンジョン程の不気味さはない。この静けさは、落ち着ける部類のものだ。
歩いて、歩いて、早十数分。何にも邪魔されずに家の玄関前に辿り着き、鍵を差して玄関を開ける。
家族はリビングだろうか。丁度夕飯に近いし、今はきっと母親も料理をしている頃――――
「え?」
玄関を開けて、俺は目を丸くした。
そこには父親と母親と、更に伯父が立っていたのだ。
彼等は穏やかな表情で俺を見つめている。一体何時からかは定かではないが、それでもこうして俺が帰ってくれるのを待っていたかのように立っていた。
いや、真実待っていてくれたのだろう。母親は俺が無事にこの家に帰ってくるのを心配していたし、きっと文面として送らないだけで父親も伯父も一緒の筈だ。
心配で、でも俺はもう成人した男だ。もう子供として見ていた頃とは違う。
自立した一人の人間として接すべきで、だからあんまり過度なことは出来ないと考えたのだろう。
「……ただいま」
気恥ずかしく感じて、後頭部を掻きながら帰宅の言葉を送る。
なんてことのない俺の台詞は、しかし二年近く待った家族にとっては衝撃を伴った。
「おかえりなさい……」
「ああ、おかえり」
「おかえり、よく無事だったッ」
三者三様。少しだけ違っても、皆の気持ちは正に一つ。
また家族が一緒に過ごせることが出来る。今度は俺が皆にそう感じさせてしまった。
胸に込み上げる感情を強引に飲み下し、笑顔でもって俺は家に上がる。家族は終始にこやかな表情で料理を並べ、それを一緒に食べて入院中のあれこれや当時の出来事の詳細を聞きたがった。
その全てを語ることは出来ない。俺が言えるのはカバーストーリー部分だけで、そこを少し脚色してちょっとした冒険めいたものに整えた。
物語めいた話が現実で起きているのは家族としてはあまり慣れないのだろう。
俺の話に驚きの声を上げたり、同時に危険性について冷静に考えることになった。父親も最近になって会社に出社するようになったそうで、同僚や上司とよくギルドについて話をするらしい。
「ギルドが明確な形で活躍を示してくれたお陰で、日本政府も日本の企業も他国からは注目を受けてな。 お陰で取引を持ちかけられる機会も増えたんだ」
「んー、なんで父さんの会社も?」
「何かしらの繋がりを持ちたいんだろうな。 いざって時に助けになるのは、今のところ日本の冒険者だから」
「こっちも投資がやりやすくなって大助かりだ。 冒険者関連の企業に投資しておけば良いんだから」
父さんと伯父の話を聞くに、やはり経済面でもギルドは日本人を支えているのだろう。
何れはこの注目は薄れていくとはいえ、現時点では大量の外貨の獲得に成功している。政府側も今は単純な交渉だけで進めていけるだろうし、やはり独走するのは利益を得る上で最強だ。
後はこのプラスを何時まで抱えていけるか。下手な真似をして利益を持っていかれるようになれば、国民から最も愚かな政権だと後ろ指を差されかねない。
俺の中身についても彼等は頼ってくるだろう。こっちもこっちで向こうから奪えるだけ奪うつもりだ。
魚をくれてやるだけで終わる気はない。欲しいなら相応の対価を寄越せと、老人経由で訴えていく予定である。
「もう、こんな時にまでそんな話はしないの。 翔もまだ退院したばかりなんだから」
「う……解りました」
母親の指摘に俺達は全員揃って顔を見合わせ、早々に白旗を挙げた。
折角の家族団欒だ。面倒臭い話をするより、楽しい話をしていた方が間違いなく良い。
丁度良いと思ったのか、伯父は瞳を煌めかせて携帯を弄り出す。テーブルを囲んでいる俺達は何をしているのか解っていないが、ある程度操作してからそっと自身の携帯を中央に置いた。
表示されているのは画像だ。具体的には書類の画像であり、お硬い文章の羅列にはあまり見慣れぬ言葉が書かれている。
これは一体なんなのだろうか。詳細に見るよりも先に、俺は伯父に視線を向けた。
「何を言いたいのかは解っているよ。 僕もこれだけを見せて理解してもらおうとは思っていないから。 ――――これはね、スポンサー契約書だ」
伯父の発言に、やはり俺を含めた皆が首を傾げる。
いや、スポンサー云々は解っているのだ。何かを行う時、その行動に支援ないし投資する存在だ。
金を払う代わりにスポンサーは見返りを求め、承諾すれば貰った側は責務を果たさなくてはならない。
しかも伯父が見せたのは契約書。書類をよくよく見る限り、金を出すのはやはりというべきか伯父だ。
これはつまり、誰かを支援しようということだろうか。今の日本の状況でも助けを求める声は多いが、一体誰に投資をするのか。
こればっかりは寝ていた俺には解らない。そも、こんなものをいきなり出す意味も解っていなかった。
「翔君。 君が倒れて意識不明になった時、僕を含めた皆が絶望した。 何時目覚めるかも解らない状況で、具体的な解決策が出てこない日々は苦しさばかりだったよ」
「それは、すみません……」
「いや、謝る必要はない。 事故なのは解っているし、君はこうして戻ってきた。 なら親族でしかない僕があれこれ言うのは筋が違う。 ……でもね、後悔はちゃんとしたんだ」
眼鏡の縁を弄り、伯父は己の本心を語る。
俺が居ない時間は、伯父にとっても心苦しいものだった。母親の慟哭に父親と一緒に寄り添って、時に一緒に泣いても晴れる気配は訪れず。
最初の半年が経過して少しはこの悲しみに慣れるかと思いきや、同年代の若人達を見る度に全員が植物状態になる前の俺の姿と重ねた。
後悔した。これ以上ない程に。
「どれだけ生活を豊かにする財力を得たって、僕が笑ってほしい人達が苦しんでいるんじゃなんの価値もない。 正直、あの頃はお金を稼ごうなんて気は一ミリだって湧かなかったよ。 どれだけチャンスが転がっていたって、現実に直面する度に無意味な行為に思えて仕方なかった。 ――だから君が無事に起きてきたと知って、決意した」
伯父が中央に置かれた画面を軽く指で叩く。
話の流れを読むなら、伯父が支援しようとしているのは俺だ。俺に対して、もっと社会的なサポートをしようとしている。
「僕が持っているのはお金だ。 そして調べてみた限り、冒険者生活はお金を非常に使う。 モンスター素材で作られた防具を個人で用意しようとしたら、今の君の貯金じゃ間違いなく買えない」
伯父の言葉は真実を語っていた。
今後自分が求める装備を作ろうとした時、必要となるのは素材だけでは勿論ない。
優秀な能力や技能を持つ人。彼等が本気で取り組める環境。そして必要な全てを用意する多額の金銭。
今の俺じゃ逆立ちしたって金は持ってこれない。如何に縁を利用したとて、表向きの俺の身分じゃまともな装備を作るには長い時間が掛かる。
それはつまり、俺が危険な目に遭う確率が上がるのだ。そんなことを伯父は断固として認められない。
「お金で君の命を守れるなら、僕は迷わずそれを出す。 ――――だから翔君、この書類に君の名前を書いてくれ」




