冒険者93 格差認識
ひとまず、今日は退院した直後なのでいきなりの指導はしない。
その代わりに俺が今どれだけ出来るかを含めた準備運動としての四人組のデータ取りを行う。
メールの形で送るのは後だ。部隊を交換して、残った榊原の部下に監督役を任せるつもりだ。そのために榊原にもこのデータ取りの場に居続けさせ、部下に伝えてもらいたいのである。
で、具体的な方法になるが――――順当に模擬戦を行ってもらう。
俺が一人一人を相手して、決して舐めてはいけない相手だと彼等の意識に刷り込む。そして一緒に活動し、少しでも自己中心的な精神構造を改築するつもりだ。
もっと楽な相手なら良かったのになぁとは口にしない。責任は最後まで背負うものだ。
「今日は君達の模擬戦を映像として残す。データを取り、より具体的に預言者殿に意見を述べてもらうためにも手を抜く真似はしないように」
『はい!』
俺を含めた全員で返事をして、さてとばかりに彼等とは反対方向に立つ。
一応、彼等よりも先輩といえば先輩だ。上下関係を作るなら、勝ち負けをつけるのが一番手っ取り早い。
向こうは誰が出るかで少し話し合いをして、一番言葉数の少なかった青年が前に出た。
自己紹介時に片梨と名乗った彼は、山田から投げ渡された木刀を流れるように掴んで構えを取る。
俺も山田から木製の短刀を投げられ、掴んだ瞬間にあまりの軽さに驚いた。流石に金属製ではないので重厚な感触は無いと思っていたが、それにしたって羽毛のように軽い。
昔、これと同じとは言わないまでも既製品の棒をよく振るっていた。その時はまだ重さも感じていたのだが、今ではもうそんなものでは練習用の小道具にもならないのだろう。
「準備は良いですね――――では、はじめ!」
俺と片梨は顔を見合わせ、開始の合図と共に相手側が先手に出る。
彼は宗像や望都と違い、大柄な体躯の持ち主だ。足音は大きく、踏み出す一歩一歩が相手を威圧している。
近付けば近付くほどに彼の垂れ流す戦意がそのまま圧力を生み、脳裏に後退の二字が浮かんでしまう。
同レベル帯ではこれは少しやり辛い。回避や防御を意識させられ、前に踏み込む行為に躊躇を抱かせる。
その迷いを振り切って踏み込んでみせても、やはり動作に甘さが残って初手が失敗に終わるだろう。
眼前の相手と戦うのなら、直接的な戦闘は避ける必要がある。――――が、俺は敢えて大上段から振り落とされる木刀を真っ向から短刀で受け止めた。
小さな衝撃が肉体を上から下に駆け、地面に流れていく。
マットは急速に俺の足を飲み込み、なんとか衝撃の全てを逃がそうとしていた。
「……!」
片梨の攻撃は俺の目前で止まる。
間に入った頼りない短刀は木刀を受け止め、微塵も揺るがずそこで留まった。
俺は一歩も後ろに下がってはいない。かといって前に踏み込んでもいない。
ただ純粋に、何の姿勢制御もせずに受け止めただけだ。強化もせずに自分がどれだけ平気かを確かめる目的でやってみたのだが、想像以上に相手の一撃が軽く感じた。
その後、片梨は力任せに連続で木刀を振るい始める。振り切った瞬間に風が頬を叩き、避けてマットを叩くとそこの地点が破れてしまった。
耐久性は普通のマットよりは高い筈だが、それでも限界はある。
避け続けては修繕費が掛かるだけだ。それなら早々に決着を付けた方がお金もかからない。
少しやり合って解ったのは、彼は焦りやすい性格の持ち主だ。最初は自信があったのに、少し平気な顔をしているだけで途端に不安を覚える顔になった。
その後に連撃を入れて俺を沈めようとしたのだが、直線的過ぎて攻撃範囲内から離れる必要もない。
回避出来る部分は回避して、それが体勢的に難しければ短刀で防ぐ。途中から能力も行使して速さと威力が上がっていたが、それでも決定的なダメージを与えそうなイメージは覚えなかった。
振り下ろしに合わせ、身体を屈めて触れる前に相手の胸元に近付く。彼の攻撃は常に力と勢いがあって、それ故に一度動くと中々止まれない。
視線を合わせる。相手の目にはただただ驚きがあって、まさかという感情が渦巻いていた。
格上と戦う経験自体はあった筈なのに、どうしてそこまで驚くというのか。植物人間から目覚めたばかりの人間がまさかここまで戦えると思えなかったのか。
まぁ、ここまでの回復は俺もちょっと有り得ないと思っている。驚異の回復は破格の技能があってこそだ。
接近して、腹に一撃。
短刀を用いずに肘で殴り、意識して全力を封じた。職業は一切使わない。
そんなことまでしなくても、俺より大きな肉体はあっさりと空中を飛んで壁に叩きつけられる。
壁には追加の壁が増えているものの、それを含めて小規模のクレーターを作ってしまった。叩きつけられた当人は既に意識を失い、そのままずり落ちて最後に横になる。
「……そこまで」
山田の声で勝負は終わった。
息は乱れず、疲れも出ない。レベルに差があるとここまで酷い結果になるのかと再認識しつつ、短く次と残った三人に視線を向けた。
彼等の全身が硬直する。あまりにもあまりといった模擬戦内容だが、それでも彼等には今出来る全力を出してもらわなければならない。
「自ら前に出るのは難しいですか――――では田代君、前に出てください」
「……はい」
山田の溜息には失望の色がある。
折角強くなれる道を教えたのだから、迷わずそこに食い付いてほしいと思っているのだろう。
負けを積み重ね、己に出来ることを知り、そこから次の戦いに備える。それが出来てこそ冒険者は生きて暮らしていけると俺は思っている。
何の痛みも知らずに強さを手に入れれば傲慢になるだろう。調子付いた人間がどんな暴挙に出るかは想像に難くない。
できれば彼等にはそんな風に歪んでほしくないのである。なれば、無慈悲な刃を落とすのを迷う道理はない。
開始の合図が室内に響き、田代が腰から一本の杖を取り出す。
木の枝を削ったような杖は短く、携帯性に優れる魔法使いのサブ装備だ。彼は魔法使いであり、つまりこの模擬戦では自動的に不利を取ることになる。
眉を八の字に歪め、こちらを睨む田代はその場で六つの水球を作り上げる。
彼が選択したのは水の魔法。親指サイズの水の球は発射と同時に高速の域に辿り着き、着弾までのタイミングをズラして俺を撃ち抜こうとする。
命中すれば肉が抉れてしまいかねないが、まだまだ感覚としては遅い。
しかし、彼には特別な能力がある。通常、発射した水球は一度放つと次に生成して放つまで僅かな時間を必要とする。
その瞬間に接近するなり準備しておいた魔法を放って相手を倒すのだが、田代の場合には生成から発射までにまったく時間が掛かっていない。
マシンガンが如くに水球が吐き出され、耳には小さな破裂音が届く。
左右に蛇のように動くと、水球もそれを追うように動く。
大量の水弾丸は壁や床や天井を容赦なく傷つけていき、それが彼の余裕の無さを如実に表していた。
水の弾丸は対人でも対モンスターでも効果的だ。特に視覚で認識する存在には、小さくとも効果的な攻撃手段は脅威の一つになる。
一撃で絶命に持って行くのは難しいものの、そこはやりようだ。
彼は水を操作することが出来る。ならば水を肉体に潜り込ませ、肉体を直接操作するのも不可能ではない。
性格の悪い奴なら毒液を混ぜた水球を相手の口にぶち込み、敢えて破裂させないで体内に入れてしまえば脅しの道具にも使える。
ただ、今はまだそこまで器用な真似は出来ない。純粋な武器として球を吐き出す彼に、他に隠し玉はないことを確信してその場に立ち尽くし――――短刀で水球を切り裂いた。




