冒険者92 預言者再び
模擬戦を行える上階のトレーニングエリアは、実は部隊長以上の役職の持ち主が予約することが出来るらしい。
山田は今回の指導の件を老人に話した直後から予約を取り、今日に合わせた。
広々とした室内には人影は無く、本日の使用時間は二時間に設定されている。四人の男達に俺達が入り、扉を完全に閉ざした後に全員が視線を巡らせて不正に情報を取得する人間が居ないかを確かめた。
既にこの日本には気配遮断を覚えた人間が居るらしい。加えて透明化も行える人間が現れ、彼等は様々な施設の情報収集に活用されている。
物理的に阻まない限りは彼等は何処にでも入り込み、知らぬ間に情報を抜くとのこと。実際に他国ではその被害を受け、政権が不安定になっているそうだ。
ギルドは機密の宝庫。一般的な施設がある場所には何もないが、上層部が此処で秘密の話し合いをすることは多い。
その中に能力を使って潜まれるとギルドはダメージを受けかねない。もちろん、盗聴器や隠しカメラの現代の利器も警戒の対象だ。
一先ずは大丈夫かと確認を終え、俺達と男達は向かい合う。
青いマットの引かれた床は度重なる模擬戦のダメージを受けて幾度も交換したようで、今此処にある分は新品に近い光沢を放っている。
男達の目は輝き、今か今かと山田が話すのを待ち望んでいる。
その姿だけを見るなら子犬めいた可愛さがあるも、実際は常人を一瞬で殺すことが出来る凶暴犬だ。
先ずはと、俺が前に出る。四人分の目がこちらに向けられ、しかし途端に輝きが褪せた。
「話をする前に自己紹介をしましょう。俺は立花・翔。二年前のギルドの初募集で入った冒険者です」
自分が植物状態になった詳しい理由を話す気はない。
彼等も興味は無いだろうし、技能の使い方を覚えてくれれば関係は薄くなる。彼等とずっと固定メンバーとして活動する気は俺にはない。
俺の言葉に、先程リーダー格だった茶色の猫毛の青年が前に出る。
「初めまして。山田総隊長の部隊で固定メンバーとして活動していました、宗像・壮一です。これから共に働く隊員同士としてよろしくお願いします」
細く、あまりにも細い身体。
骨と皮ばかりとまではいかないものの、筋肉が付いているようには見えない。
ほっそりとした右手を差し出して笑みを浮かべ、その表情すらも女性と男性の中間だ。
俺はその右手を掴む。必然的に握手の形となり――――次の瞬間には宗像は一気に力を入れてきた。
零から百への力の入れ方に手加減は無く、俺の手を握り潰す気だ。が、残念なことに元々のレベル差があるのだろう。
俺に痛痒は与えられず、相手は徐々に表情を凍らせていく。
本人としては格の違いを見せたかったのかもしれないが、俺は俺でもっと理不尽な目に遭っている。一回は死にかけた身としては、ただの新人に負けるつもりは一切無い。
頑張る彼に、俺は静かに笑ってみせる。それだけで宗像は目を見開き、跳ねるように握手を止めてしまった。
「どうかしましたか?」
解っているだろうに、榊原が宗像に尋ねる。
言われた当人は焦った表情でなんでもありませんと言っているが、そんな態度では何かあると言っているようなものだ。
彼を除いた男達は揃って困惑した表情をしているものの、本人はそれを言いたくはないのか黙って下がる。
榊原も追撃はしない。俺も何も言わず、そのまま自己紹介を進めさせた。
その中で最後の一人。一番気配が小さい男。黒髪黒眼の青年は、俺を見た瞬間に目を細める。
「は、はじめまして。望都・弘成と言います……」
印象としては、大人しく記憶に残りづらい男。
こちらも最初の宗像と同じく線が細く、服装を完全に黒で統一している。
あまりの徹底ぶりに何かの装備かと疑いたくなるが、例えそうだとしても人気を集めるような風貌ではない。
彼の職業は暗殺者。アサシンとも呼ばれ、基本的に正面戦闘には向かない構成になる。
極端に気配が小さいのはアサシンとして鍛えてきたからだろう。注目を集めるよりも影に潜み、相手の急所を一突きするのが彼の職務だ。
自己紹介を終え、では早速とばかりに榊原が説明を開始する。
今回、彼等がこれまで申告した能力と技能の中で幾つか発動させられないものが見つかった。
例えば宗像は戦士の職業を取得し、更に手数に比重を置いた双剣士の派生にまで進んでいる。それによって戦闘スピードが上がり、二つの剣を主軸とした能力が与えられていた。
彼は速度に自身を極振りしているのだろう。肉体の強度を上げるのは最低限にして、なるべく空気抵抗を受けない身体作りをしている。
お陰で防御は紙になってしまったが、全てを回避しきれば継続火力を維持出来るだろう。
問題は彼が手にした技能についてだ。山田の話ではダンジョンでレベル上げをしている最中に突然生え、そのまま居着いてしまっている。
名前は獅子の心臓。
効果時間は一秒。発動条件は相手に攻撃を当てること。
攻撃を当てた回数によってステータスが上昇していき、攻撃を止めると停止。
単純明快な説明に一体何を悩む必要があるのか。ただ純粋に攻撃を続ければ良いだけの優しい技能だ。
しかし、実際にやってみたところ発動率はほぼ零。
発動してもそれは一瞬に過ぎず、継続して技能が発動してくれない。双剣士として攻撃や速度に関係するステータスが上昇するのは正に願ったり叶ったりなのに、それが上手く起動しないのであれば何の意味もない。
「発動しない理由の解明。そして発動の安定化。それが今回君達に教える内容になります。……ただし、教えるのは我々ではありません」
「では、一体誰が……」
「預言者殿です。その存在を聞いたことくらいはあるのではないでしょうか?」
技能の詳細は山田も榊原も知り得ていない。
考察することまでは出来ても、それが正解である確率は極めて低い。なので、ちゃんと使えるようにするために正解を知っている人間を用意した。
四人の青年は揃って驚愕に染まる。唾を飲む音は一種大袈裟にも感じ取れてしまい、思わず笑ってしまいそうになった。
預言者は今の日本では有名も有名だ。最早偉人に等しく、その存在を探す人間は数多い。
破滅の未来を回避するために未来を告げ、組織を立ち上げさせた。預言者が居てこそ助かった命は数多く、今も件の人物に会う方法はないかとSNSでは模索されている。
こっちとしてはいい迷惑だ。偉人を探すなんて真似をせず、自分の力量を上げていった方がずっと生産的だろうに。
「彼の人は今回、こちらに直接来ることはありません。代わりに私の携帯を通して、君達の動きや技能の正体をメールで告げていきます。……これがどういうことか解りますか?」
「――もしやと思っても良いのでしょうか!?」
俺としては単に戦力が増えることを望んでいるだけだが、預言者のネームバリューはとても強力だ。
特に自分を中心に物事を考える奴ほど、都合の良い解釈をしてくる場合がある。宗像がその良い例だろう。
今奴の頭の中では期待の文字が踊っている筈だ。その証拠に解りやすく先程以上のやる気を表に出している。
ちょっとした圧すらも伴う情熱の発露は、ポジティブといえばポジティブだ。
それ故に、預言者が言葉を送る意味を冷静に考える者は目立つ。宗像を含めた三名は露骨に喜び、望都は顔を俯かせてぶつぶつと何かを言い始めた。
「期待してくれた? ――そんなまさか。僕達はそんな人に注目されるほどの結果を出した訳でも、ましてや派手な格好をしている訳でもない。職業だって別に特殊じゃなかったし、他の面々だって変な技能はあっても強そうなのは無かった。だけど、僕等に見えていないだけでその人には見えているのか? あるいは未来を見る力で僕達が活躍するとか? ……いやいや、希望的憶測はするもんじゃない。きっとなんか死にそうだからテコ入れしに来たとかそんなもんだろ」
長ったらしい言葉の数々に頬が引き攣る。
どうにも彼はネガティブな思考をするタイプらしい。それを自分の頭の中で展開するなら兎も角、外にまで発信する質のようだ。
なんとなく、彼等の相手をするのは疲れる気がした。同時に長い付き合いになるだろうとも。そんなことは絶対にあってほしくないが。




