冒険者94 猫被り
「――そこまで」
山田の声と共に壁に新しく追加されたクレーターの中で呻いていた田代が気絶する。
勝負の決着は短刀で魔法を破壊した上での近接攻撃。大量の水球は確かに脅威ではあったが、見えているのであれば後は肉体が追いつけば良い。
最初の一発をイメージ通りに破壊出来たのなら、二撃三撃目を破壊出来ない道理は無かった。
馬鹿正直に同じ弾種を選択し、最後まで魔法を撃つだけ撃ってから腹を殴られて壁に叩きつけて二人目は終了。
長引くことも無しに進む行程は、正直に言えば予定通りだ。
山田も見学している榊原もそこは一緒で、俺が負けると万が一にも考えていない。
元々のレベル差があるのもそうだが、彼等は死にかける経験をしていなかった。死の感覚を肌で体験した人間は、直感レベルで危険か否かが解るようになる。
いや、本当に皆そうなのかは知らないが。そうだったら良いなと思っているだけだ。
「宗像君、前に出てください」
「は、はいぃ……」
三人目で宗像が前に出るも、その身体は可哀想な程に震えている。
二人は俺が倒れる前の時分では強い方だった。それこそレベルが一桁の頃なら十分に一軍に分類されていただろう。俺だって昔のままなら多少なり苦戦はしていた。
だから彼等は順当に育っていると断言して良いのだが、精神面については少し不安がある。
俺が普通にぶっ飛ばす程度で怖気づくのでは、もっと酷い負け方をすれば心を折られてしまいかねない。これは早い内に精神面の育成も進めなければならないだろう。
山田の投げ渡す二本の木刀が床に転がる。それを屈んで彼は拾い、汗を垂らしながら無理に眦を吊り上げて木刀を構えた。
俺も短刀を構え、真剣に睨む。
山田は俺達の準備が整うと同時に開始の合図を告げ――――宗像の全身に橙色の光が広がるのを見た。
武器を振り上げず、滑るような動作で接近を開始。俺も相手の動きを観察する目的で足を前に動かす。
右の木刀が横に振るわれる。
短刀で受け止め、左の木刀が俺の側頭部目掛けて放たれた。
速度は緩んでいない。明らかな早期決着を望んだ攻撃方法に、相手の怯えが透けて見えた。
受け止めた方の腕に力を入れ、相手を弾き飛ばす。然程勢いはないので相手は二、三歩下がってたたらを踏むだけの結果に終わる。
だが、それで橙色の光は消えた。当人はそれを自覚していないのか、再度突撃を行う。
次の攻撃は最初と比較すると解り易く遅かった。これが彼の素のステータスなのだろうと思いつつ、最小限の動きで冷静に双剣を避ける。
ステータスが上がっても見えていたのだ。上げていなければどうなるのかなど火を見るより明らか。
防御すらされずにあっさり避けられていく状況に相手の焦りは募っていき、再度橙の輝きを全身に纏って左右にステップを刻んでいく。
フェイントのつもりか。いや、こちらの動きに対応しようとしているのか。
右でも左でも、俺が攻撃すればその箇所に合わせて足を踏んばる方を変える。あるいは対処が難しい攻撃を柔軟に回避する。
それが彼の経験で培われた動きで、小刻みな動作は極めれば次の一手を読むのが難しくなる。
実際、双剣士として対応を柔軟にしていこうとするのは間違ってはいない。これは他の防御が薄くなる人間にありがちで、基本戦術の一つでもある。
「瞬速ッ!」
更に元々の双剣士の能力も発動。
自身の速度を二割分だけ増やし、一秒の時間の中で叩き込める回数を増やす。
足を爆発させての全力の接近。短刀で防御をしてみせるも、次の瞬間には彼の肉体は側面にある。
その攻撃も防ぎ、そこから先は円を描くように剣撃を打ち込んでいく。回り方も単純な時計回りだけで終わらず、反時計からある一定まで回った段階で突如変わったりと不規則だ。
今度は自分の技能の持続時間に合わせて再始動をしているが、目で見た限りではやはり完璧に発動はしていない。
光ったり光らなかったりとこちらも不規則で、まるで意図して技能のオンオフをしているようにも見える。
基本的に俺は防御に回っているので、相手の勢いは中々止まらない。
技能でも魔力消費は起きている筈だ。連続使用は負担が強い筈で、だからか獅子の心臓は持続が延長された際には魔力が消費されなくなる。
つまりずっと戦い続けていれば一回分の使用で永遠に技能は効果を発揮する訳だ。それが出来ていないのは――――偏に彼の精神に問題がある。
「踏み込まないのですか?」
「ッ、……!」
攻撃をしない俺を見て、彼はただ木刀を振るうだけだ。
その短刀が壊れるのを待っているのか、スタミナが切れるのを待っているのか。
どちらが理由でも温存している俺に対しては有効な手にならない。相手が防御に回っているなら、その防御を崩す勢いが必要だ。
俺に言われ、思い出したように足が前に一歩出た。一発一発に乗る木刀の威力も増していき、その重さに息が漏れる。
純粋な力は悪くない。レベル相応と言えばそこまでだが、己の限界を引き出そうとしているのであれば実力は自然と伸びていく。
彼等は決して弱くはないのだ。磨けば光る人間であり、その知名度は大手程ではなくともあった。
勿論、この時期に有名になった訳ではない。彼等が有名になったのはもっと先だ。
しかし、それが解っていて悠長に待つ気はこちらにはない。さっさと強くなってもらい、そのままギルドの顔の一つに加えさせてもらう。
短刀を握る手を緩める。次の相手の攻撃で俺は武器を弾かれたように手放し、相手が一瞬の緩みを見せた直後に下から掬い上げるように腹を蹴り上げた。
油断していた宗像は臓物を捻り出されるような一撃にまともな受け身も取れず、そのままマットの上に転がる。
その場で幾度も嘔吐を繰り返し、中から直近で食べたのだろう残骸が流れ出た。
が、勝負の終了はまだ宣言されていない。まだ吐きそうな様子の彼の足を掴み、力任せに上に持ち上げては下に叩きつける。
嘗て異世界で食らった攻撃だ。棍棒の如くに振るわれた彼の感覚は滅茶苦茶になってしまい、自分が今何処を見ているのかも定かではなくなる。
これを数回やれば気持ちの悪さも加速して彼の顔色は最悪だ。
なんとか木刀を手放さないようにしているとはいえ、震えながら起き上がった目には戦意など微塵も感じ取れない。
だが、武器自体は構えようとしている。それなら戦闘は続行だ。
相手の遅い歩みに付き合う気はない。ステータス任せに相手が視認出来ない速度で懐に潜り込み、服の襟を掴んで一切の防御体勢も取らせない最速の投げを放つ。
背中から叩きつけるような着地で彼の酸素という酸素が強制的に排出され、この時点で限界を迎えて意識を完全に喪失した。
「そこまで。 ……やり過ぎですよ、立花君」
「すいません、久し振りだったもので」
山田の悪いとも思っていない注意に、こちらも思っていない声音で返す。
倒れたままの宗像は山田によって端に引き摺られ、吐瀉物は全て榊原が掃除を始めた。
流石に彼女にやらせるのは悪いのでこっちで掃除しようとしたのだが、慣れてますからと朗らかな笑顔で拒否される。
そのまま部屋の隅に置かれた掃除用具入れの箱からモップとちりとり、更に消臭スプレーや雑巾を持ってテキパキと汚物を処理した。手際の良さを見るに、こんなものを処理する経験が幾度もあったに違いない。
さて、十分程度で終わったトレーニングエリアで最後の一人を山田は呼ぶ。
呼ばれた当人は緊張した面持ちで俺を見て、されど宗像程に怯えている様子は無かった。
寧ろ逆に彼は緩やかに口角を歪めてさえいる。実に強気な姿勢は、それだけ自分の実力に自信があることの表れだ。
「――やれますか?」
「自信はありません。 でも――」
彼の得物はナイフ。投げ渡される短刀を掴んだ刹那、彼の目は鋭利に変わる。
「やってやれないことはないだろうと、そう思います」




