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NTR人間、自身の末路を知る  作者: オーメル


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冒険者81 幼虫が歩き出す

 仮想現実の光景が遠のいていく。


 肉体の損傷は酷く、仮にここを潜り抜けても死は避けられない。


 この空間で死んだとして、その後はどうなるのだろう。 肉体と精神は離れていて、別に肉体に新たに損傷が増えた訳ではない。


 考えられるとしたら脳死だろうか。 だが脳死は精神が離れたまま帰ってこれない状態ではない。


 そも、今の常識内で精神的な死が明確に死亡判定とされるのだろうか。


 そんな思考をつらつらとしながら、視界の大部分が黒に染められていく。 僅かな部分には巨漢の姿が映っていて、こちらをつまらない表情で見下ろしていた。


 殺しは禁止だというのは、俺の都合の良い話だったのだろうか。 表面上は禁止されていても、誤って殺した判定となれば許されてしまうのだろうか。


 確かに、この場には俺の味方はいない。 黒服の正規団員のみが事態の推移を見守り、観客は一人も受け入れられていない。


 計画的な殺人。 最早これはそういうレベルだ。


 俺自身が彼等に何かした覚えはないが、彼等の中には俺を殺す理由がある。 故に、向こう側にとっては殺すのが予定調和だった可能性が高い。


 逆転の芽は最初から無かった。


 神の眼だって満足に使えないような自分が、付与師としての力も使えない状態になってしまったのだ。


 それはそうなるだろうと誰もが納得し、順当な流れで決着がついた。


 力が抜けていくのが解る。 立ち上がる力なんて存在せず、そもそもあちらこちらの損傷が激しくて痛みの限界点を超えてしまっていた。


 こんな状態で無理をするなんてすれば、それこそ即死だ。


「……予想とちと違ったか。 期待外れになるとはなぁ」


 報告、どうしよ。


 まるで世間話のように困った声音で呟く男は、自分の手で人を殺めた感覚があまりに多いのだろう。


 人一人殺したって今更変わらない。 だが、予想とは違う部分で必ずしも殺人を狙ったのではないと思うことは出来る。


 期待の理由も不明だ。 不明だけれど――――相手の態度に酷くむかついた。


 俺だって他人の死にそこまで頓着しない。 例外は家族だけで、それ以外はああそうかと思うくらいだ。


 眼前の男程に軽くはないけれど、しかし同情までする気はない。


 だからこれは、ただ単純な生への怒りでしかない。


 こんな簡単に死んでいいと? まだ家族への恩返しもせず、幸せな日々を過ごしてもいないのに?


 薄れる意識の紐を寸前で掴む。 正気に戻ろうとする所為で肉体の痛みも戻ってくるが、そんなことは知ったこっちゃない。


 ただ、ただ、本気の怒りだった。


 このままで終わるなど冗談ではない。 俺が死ぬのは、家族の皆が居なくなってからだ。


 大切な人のいない世界でなら何時死んだって構わない。 でもまだ、戻る理由が確かな形で存在しているなら。


 何もしない選択肢を俺は選ばない。 成す術のない結果を受けるのは、一度で十分だ。


 感覚の無い腕を軋ませながら持ち上げる。 先の拳に力を入れてみても、まったくもって握れている感触がない。


 それでもいい。 動けるなら、それで十分。


 ここは精神的な場所だ。 あのソアが居て、以前にはナラと俺は内部で会話を重ねている。


 彼等が俺の中に居る根本的な理由はまだ見えてこない。 だがそれでも、彼等の魂に力が宿っているのは明らか。


 そうでもなければ精神世界そのものを作れる筈もない。 極論、彼等の力は魂に由来すると考えておくべきだろう。


 なら、俺もその道理で動くまで。


 想像するのは最強の自分じゃないけれど、限りなく強い自分。 妄想出来る限りの強い己の背中をイメージして、身体を再構築するんだ。


「――む」


 遠くに男の声がした。 しかし、そんなことは今の俺にはどうでもいい。


 胸に熱が灯る。 急速に全身へと行き渡り、温度が一瞬で人間の限界を超越した。


 焼かれていく肉。 砕けて再結合を果たす骨。 より強く、よりしなやかに、家族を守れる最上の自分に妄想の中だけでも進化する。


 躍進せよ、進撃せよ、そして蹂躙するのだ。


 自分は強い。 自分には資格がある。 中学二年生めいた酔いを伴いながら足に力を入れて立ち上がり、しっかりと目を開いて眼前の敵を睨む。


 武器は無い。 ――いや、武器ならある。 だって俺はずっと自分の身体を鍛えていたじゃないか。


「っは、ファシーよ。 お前は今、自分が何をしたか解っているのか?」


「さて、知らないとも。 だが、先とは違うと断じさせてもらおう」


「ほう……。 面白い」


 手を握っている感触がある。


 激痛の渦の中でも心には充足感があり、敗北の二字は今この瞬間も浮かびはしない。


 男が駆ける。 顔面目掛けて放たれる一撃は、確かに俺に突き刺さって吹き飛ばした。


 地面を転がり、建物にめり込む。 その衝撃はあるものの、少し前のものと比較すると話にならないくらいには度合いは低い。


 壁を蹴って飛ぶ。 僅かに力を入れるだけで飛ばされた時の位置にまで戻ってこれる。


 若干ふらつきながらも着地して、初めて自分の身体を見下ろした。


 衣服は血だらけ。 なのに露出している肌は綺麗そのもの。 幾本もの骨が複雑骨折を起こし、内臓という内臓が深刻なダメージを受けていても全て完全に治る。


 自己再生にしては速過ぎだ。 まるで時間の巻き戻しのように肉体だけが元通りになっている。


「高速再生、か。 まるであの方のような真似をする」


「誰のことだよ。 ……それより、さっさと続きをやるぞ」


「力を手に入れて有頂天か。 青二才め」


「違う。 これは確認だ」


 自分の身体に明らかな変化が起きた。


 想像してそれが成せるなら、力だって明瞭に上がっているだろう。


 突撃。 相手は防御をせず、寧ろやってみろと胸を差し出した。 その胴体に固めた拳を突き刺し――――壁を破壊するイメージを持って殴りぬく。


 出来ないなど微塵も湧いてこない。 頭は常に出来るの文字だけが浮かび、想像は起爆剤となって硬い男を空中に打ち上げた。


 大地を踏み締め、落下してきた男に合わせて横に蹴り飛ばす。


 今度は男の方が壁に叩きつけられ、耐えきれずに建物の中にまで飛んでしまった。


 轟音が建物どころか近隣にまで鳴る。


 これで試験が中止になったら最悪だが、観客に徹している他の黒服が微塵も動きを見せないところを見るに問題は無いと判断しているのだろう。


 その証拠に、直ぐに男は壊れた壁の中から姿を現した。


 髪を掻き、口から一筋の血を流しながら笑みを深めている。


「いやぁ、やられたやられた。 中々の威力じゃないか。 俺じゃなかったら身体が弾けていたかもしれないな」


「……今の俺ならアンタを倒せるか?」


「いんや? 俺を殺すってなら、もっと鍛えた方が良いだろうな。 現時点じゃ能力任せだ」


 男は愉し気だ。 俺の質問にも律儀に返して、次だ次と余計な語りもせずに拳と拳をぶつけ合った。


 途端、戦意の勢いが激しくなる。 暴力的な圧に激流の如き流れが加わり、加減をしていた部分を抜き始めたのを即座に察した。


 刹那、男が動き出す。 弾丸のように突き進む肉塊は脅威そのもので、今の彼を倒せる人間は俺の世界には一人もいない。


 レベルを上げていっても一部の人間しか彼とは戦えないだろう。 上澄みも上澄みの人間で、故にそこに立つ自分をイメージして真っ向勝負に持ち込む。


 放たれる突きの拳に俺も拳をぶつける。 肉と肉、骨と骨が激突したにしては衝撃は並ではなく、勝敗はつかずに互いに相殺された。


 ならばと次の拳が襲い来る。 俺もまた、彼の拳の軌道に合わせて腕を振るう。


 骨が軋む。 神経が痛みを訴える。 しかしそれらは急激な回復によって強制的に黙らされた。


 倒せ。 潰せ。 勝て。 勝つんだ。


 疲弊など考えない。 ただ相手を殺すことを目的に、俺達は拳をぶつけ合うのだった。

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