冒険者80 勝山岳武
「行くぜ」
先手を取ったのは男の方だ。
筋肉を揺らし、戦意を滾らせての突進。直進方向故に簡単に回避が出来そうで、けれど迫ってくる程に更に体躯が大きく感じられた。
拳の届く範囲に入れば握り締めた手袋に包まれた拳が、上から下へと振り落とされる。
単純明快な一撃を後ろに下がる形で回避するも、次の瞬間に拳が叩き込まれた場所が爆発を起こした。
無数の土と石が礫となって近くの俺を襲う。咄嗟に顔を腕でガードし、無数の小さな攻撃が服越しに突き刺さってきた。
一発一発は大した威力ではない。複数受けても別に眉を顰めるだけだ。
だがそれが莫大になってくると平気ではいられない。小波となった石の攻撃の痛みを我慢していると、ガードしている腕と腕の隙間から男が動く様子が見える。
腰を落とし、腕を大きく後ろに引く。
そして一息で前に飛び出しては、無数の石を逆に弾いて俺にラリアットを仕掛けてきた。
その速度。肉体の重量を無視したが如き迅速さには驚愕だ。筋肉戦車的運用をする人間ではないと、容赦なく突きつけてくる。
腕で強引に石を払い除け、迫る男と視線を合わせた。
好戦的な顔は変わらない。仮に俺がここから魔法なり遠距離武器で攻撃したとて、このラリアットは途中で止まりはしないだろう。
この身体が何処まで頑丈なのかはまだ完全に把握していない。生死がかかることを前提にしていない戦闘を繰り返したせいで、実際にどこまで耐えきれるのか定かではないのだ。
だから必然、取れる手は限られる。いや、そもそもこの突撃的な攻撃を前にして今は選べる手は他にないだろう。
丸太のような腕が俺の顔を捉える瞬間、間に両腕を挟んでこちらが先に接触する。
ジャケットの袖を掴み、腕に力を入れて足を蹴って跳ねた。相手の動きに合わせて腕に力を入れて直線的な形に留めると、跳ねることで上に向かう力とラリアットで横に向かう力のお陰で身体は自然と回転した。
鉄棒の大車輪だ。初動で力の向きを決めておけば、後は向こうが勝手に勢いを付けてくれる。
着地の少し前に袖から手を離せば、勢いのついた身体は簡単に男とは反対方向に飛んだ。
滑りながら停止させ、即座に走る。向かうは武器のある場所であり、木剣を手に取るまでに男は一切行動を起こさなかった。
「よう、それで準備は十分か?」
「一応はそうですね。 簡単な攻撃をしてくれてありがとうございます」
「いいさ。 より実戦に近い形で戦えと言われているが、だからといって試験であることも忘れちゃいけない。 多少なりとて準備はさせないとな」
はっはっはっは、と笑う男に内心で舌打ちする。
スタートダッシュの段階でいきなり本気を出すような真似はしないだろうとは思っていたが、だとしてもあれで死んだって不思議じゃなかった。
人間の身体は簡単に非常識にはなれない。そのことを目前の人物は忘れているんじゃないだろうか。
意識して呼吸を繰り返し、男の一挙一動に集中する。
真剣ではないので直接相手の腕を切り落とすような真似は出来ない。この木剣で出来るのは打撃であり、鈍器の類として振るうしかない。
つまり、衝撃を叩き込む。男が与えてくるダメージの蓄積方法とまったく一緒だ。
走る。初速はゆっくりと進み、相手への接近を目指す。
男も拳を構え、強者の余裕か歩み出す。互いが互いに攻撃範囲に入った時、次は俺の方から攻撃を開始した。
下から上に向かう逆袈裟。脇腹を狙っての一撃を入れ――――直後あまりの硬さに声が漏れる。
肉を殴ったとは思えない硬度。内側に鉄板でも仕込んでいるのかと思わざるを得ないような感触に、この試験の難しさを再認識させられる。
だが、そこでどう突破するかを考える時間はない。
死の気配が上からやってくる。頭上目掛けた拳を首を逸らして間一髪で避け、出せる全力で側面に回り込む。
相手は攻撃を放った時、数秒だが攻撃を仕掛けない。簡単に追撃が出来るだろうに、手加減しているのが丸分かりだ。
背中へ一発。腕に一発。足に一発。
連続で木剣を振るうも、その尽くが肉体に阻まれた。どの箇所も弱点ではないだろうと思っていたが、それにしたって全部の感触が金属と一緒だ。
「実は人間じゃありませんでした、なんて言いませんよね――ッ」
「ははは、よく言われるぞ。 鉄塊だとか壁人間とかな」
良かった、そこら辺の感性は一緒か。
軽口を交わしつつ、更に飛び込んでくる拳を当たらないギリギリのラインで避ける。
この試験に時間制限は無い。正確に言えば、外せない用事の時間が来るまで試験は継続される。
スタミナ管理も求められている訳だ。言外にこの試験は卒業試験も兼ねているのだろう。
痺れる手の感触に不快を覚えつつも、次に狙う箇所を決める。
相手が人間である限り、弱点は必ずある筈だ。そこに一回でも命中させれば、その時点で勝利になる。
足に力を入れ、ノーモーションで放たれる足払いを回避。流れるように首に剣を振るい、その一撃は間に挟まった相手の腕で防がれる。
だが、防御させた。攻撃を受けながらも戦っていたのに、首への一撃はやはり辛いか。
ならば頭部へのダメージも無視出来ないだろう。どんなに身体を鍛えていたって、脳味噌には強靭になれる筋肉は備わっていない。
「――――」
「……へぇ」
木剣を振るうことと、身体を動かすことにのみ意識をシフトさせる。
俺の目的は常に一つ。それを達成させるには、ただ戦うだけでは意味がない。
集中、集中、一も二もなくひたすらに集中。相手の拳、時折放たれる蹴りをパターン化させて対応していく。
肉体が追いつくかどうかは思考にない。そうしなければ死ぬと自分を追い詰め、躍進のみに舵を切る。
胸と腹に放たれる二連撃。
胸への挙動が僅かに遅い。フェイクと見て、腹にのみ回避を入れる。
――成功。
続けて肩、腕に迫る攻撃。先の動作を基準として比較し、攻撃が目的ではないと推定。
可能性として高いのは掴みからの投げ。もしくはそのまま握力任せの粉砕。
殺傷を目的としないルールはあるものの、瀕死にまでは追い込んでくるだろう。
どちらも受ければ酷い怪我負いかねない。迅速に距離を取る。正道だが解り易く、追撃される懸念あり。
それならば現在の位置でギリギリまで引き付け、即座に内側に入り込む。
――成功。
木剣を顎の下目掛けてかち上げる。
振るうには距離が近過ぎるので、柄を全力で握り締めて柄頭で殴る。
これを相手は柄頭を歯で噛んで回避。しかもその上で強引に投げに移行。柄から手を離して回避をしようとするも、何時の間にか足を掴まれていた。
最悪のビジョンが脳裏を過る。今は未来が見えないが、そんな自分でもこの後の展開が容易く解った。
掴まれた足を棒のように男は振るう。子供が木の枝を振るうように、男は地面へと俺を叩きつけた。
「……っっぐ、ぅ!?」
背中から入った衝撃は、激痛となって全身を巡る。
急いで脱出の為に腹筋に力を入れて上半身を起き上がらせるも、そうはさせんと言わんばかりに足を持ち上げた。
そこから始まるのは、無数の衝撃。
地面に叩きつけ、上へと持ち上げ、再度叩きつける。
このままでは本当に死んでしまうと掴まれていない方の足で男の顔面を蹴りつけたが、相手は笑みを維持したまま。
攻撃が通じていないのは言うまでもない。まるで鉄の山に挑んでいるかの如く、俺の努力はまったくの徒労に終わっていた。
「ほら、なんとかしろ。 なんとかしなければ、お前の末路は一つだぞ?」
言って、叩きつけられる。
持ち上げられて、やはり叩きつけられる。
骨が折れる音がした。折れた骨が臓器に突き刺さり、修復不可能な程に滅茶茶にされていくのが感覚で解る。
死が近付いていた。死神が首に腕を回して、引き摺っていこうとする気配を感じた。
仮想現実とは思えないような死が――――俺の心臓を今正に掴まんとしていた。




