冒険者79 無謀が立つ
食堂に入ってきた人間は、皆揃って黒い服を着ている。
一見すると、白いシャツの上に黒いジャケットを羽織った姿だ。ズボンも黒く、少なくとも礼服の類ではないのが一目で解る。
手袋や革靴すらも黒く、見えている肌は首から上だけだ。その表情は無で統一され、扉が壊れそうな勢いで開けた事実に然程驚いてもいない。
足音を統一させて入ってきた彼等に、訓練生達は食事の手を止めて一斉に立ち上がった。
限界まで背筋を伸ばす様は、まるで恐ろしい上司が部屋に入ってきたかのようだ。
取り敢えず俺も立ち上がり、背筋を正す。彼等が一体何者なのかは、オッジ達に聞いて回れば良いだろう。
「……この中に、ソア・ファシー訓練生という男が居ると聞いた。 居るなら直ぐに返事をしろ」
先頭で声を発するのは、銀の髪を背中まで伸ばした細身の男。
染めた訳ではないのは眉毛の色も一緒なことから明らかだが、どうにも若過ぎる気がしないでもない。
俺は短くはいと返事をする。二十代の前半くらいにしか見えない男はゆるやかに首を動かし、俺の姿を視認するとゆっくりと近づいてきた。
「アゾット教官より再試験の通達だ。 現段階でも合格の可能性は高く、我々正規団員への貢献も望めるだろう。 記憶を喪失している部分を考慮した上で、正式に訓練生からの卒業も頼まれた」
「はっ」
「……今は私的な時間だ。 業務外であるならば多少の私語は許可しよう。 お前としては、この再試験を受けるつもりがあるか?」
「――勿論です」
男の言葉で、今回の件について正確に理解した。
今此処に居る黒服の集団は、戦士団の正規団員だ。 そして先頭を歩くこの人物こそが今居る人間達の纏め役で、恐らくは部隊長格に違いない。
そんな人間にまでコネがあるのは驚きだが、若い風貌から察するに嘗ての教官の教え子だったのだろうか。
他の団員は俺を静かに見つめるだけで感情の色は無い。極めて静かな様子には不気味さも漂っている。
正直に言えば、関わり合いになりたくない。彼等が静かな様子をしている理由は定かではなくとも、一緒の活動をしていてまったく精神的に安心出来ると思えない。
どうせ集団で活動するなら、多少なりとて明るい現場が良いものだ。それが難しいと解っていても、望むくらいは別に良いだろう。
俺の迷いの無い返答に、男は片眉を一瞬跳ねさせた。反応としてはその程度で終わり、試験開始は明日の昼の鍛錬場だと短く告げて踵を返す。
団員達も揃って退出していき、他の訓練生達を一瞥することもしなかった。
暫しの沈黙が辺りを支配する。
俺は閉じられた扉を眺め、場が自然と元に戻るのを待ってみたが――むしろ戻るのではなく騒然とし始めた。
「おいッ、おいッ、一体何時会ったんだよお前!」
「……いや、俺も初めてだ。 やっぱり有名人なのか?」
「有名もなにも、ウチの部隊で上から二番目くらいに偉い人だぞ!?」
オッジの驚いた顔に俺はへぇとしか返せない。
それだけ凄い人間がどうして俺なんかに通達しに来たのかは疑問だが、個人的に良いものとは思えなかった。
だが、周りはそうとは取らなかったらしい。俺が有望株だから期待させる為に会いに来たのではないかと想像の羽を広げているようだ。
上から来た人間が頑張れと応援するのは、やられた側からすればプレッシャーに感じてしまうもの。
奮起することが出来るような前向きな人間なら更なる成果を叩き出せるかもしれないが、基本的に他者の評価を気にしない性分の俺には迷惑そのもの。
今回は俺が辞めると決めているから重みに感じてはいないが、周りに注目されることが良い結果を招くとは限らない。
「上から二番目っていうと、副総隊長のアザリウス・へッケンバウナー殿だったか?」
「そ。 総隊長は部隊長以上の人間じゃないと基本的に会えないから、俺達にとっちゃ実質一番上みたいな存在だよ。 後ろに居たのもあの人の部下達さ」
「……」
聞けば聞く程に自分がなんでそんな人間から通達を受けたのか解らない。
一訓練生の今後など、向こうにとってはどうでもいい筈だ。例え教官が話をしてくれたとしても、彼ではなくその部下が持ってくればいいだろう。
何かが起きようとしている。俺の狙いとは別に、不味そうな気配を嫌という程に感じさせてくれた。
用意された食事を一気に食べ切る。物の味なんて気にせず、早々に食い終わった後に皿をおばちゃんに返して自室に向かった。
周囲からなんだなんだと言われたくない。謎を呼ぶような話に加わって何か答えが出るというのか。
やることは終わっている。備えるにしても、彼等の動きを掴むことも難しい現状ではただ起きた直後にアドリブで解決しなければならない。
急激に上がっていく難易度。この不自然さは、果たしてソアの本来の歴史を見せる為か。
襤褸の布が敷かれたベッドに転がり、目を閉じて意識を落とす感覚を起こした。
以前に未来を見る目的でしていた行為は、今回に限ってはまったくの空振りに終わる。どうせ見れる訳がないとは解っていたが、それでもしたのは不安を解消したかったからか。
まったく情けない話である。男ならと昭和的な考えを持ち出したくはないが、直ぐに救済を望む姿勢は褒められたものじゃないだろう。
やるなら、こっちだってやってやるまで。敵の存在があるなら喉笛を食い千切ってみせ、予想外の結末に持って行ってやるんだ。
気概を忘れてはいけない。自分が守るのは何で、守らないのは何であるかを。
意思を抱いて眠り、夜は瞬く間に過ぎ去る。――――そして、太陽は頂点に昇った。
服装は変わらない。黄ばんだ白いシャツに焦げ茶色の硬いズボン。
碌な防具も無く、手には武器すらもない。徹頭徹尾、丸腰の有り様のまま俺はトレーニングエリアを訪れた。
目覚めた直後の四方を建物に囲われたこの場所には衝撃を吸収するマットや、危機的なダメージを負った際に回復させる薬品もない。
剥き出しの大地。乾いた空気。一つあたり数百円くらいの木の武器が用意され、この場には他に黒服姿の人間しかいない。
他の訓練生はトレーニングエリアを占有されたことで一時的な休みになった。届け出をすれば外出も許可され、俺とオッジ以外の面子は非常に喜んでいる。
応援もされたにはされたが、今の彼等の目は遊ぶことだけだ。なんとも解り易いと苦笑しつつ、オッジの心配の眼差しに大丈夫だとも既に告げてある。
「ソア・ファシー訓練生。 到着しました」
「時間通りの集合だな、よろしい」
今回の試験を担当するのはあのアザリウスではない。
その背後に居た内の一人である、大巨漢の男だ。
髪は後ろに逆立ち、目には好戦的な色。昨日と特に違うのは表情で、今は野性味のある笑みを浮かべて俺を品定めしている。
「本日の再試験は通常のものとは少し違う。 合格すれば精神的に異常を抱えていても戦士団に復帰することは可能だが、今回は更に訓練生からの卒業も視野に入っている」
「はい、把握しています」
「うむ。 ……だがしかしだ。 我々が訓練生から正規に上がるのは簡単ではない。 普通なら卒業試験があり、これに合格してこそ正規団員になれる資格を有することになる。 これがどういうことか解るか?」
「――私は今、特別扱いを受けようとしているのですね」
男の問いに間髪を入れずに答える。
然りと、男は頷いた。
「恵まれている自覚を持っているようでなによりだ。 これを当たり前だと思うようでは、どだいこの試験を通過しても早々に潰れている。 悪いが、例えそうなったとしても助ける気はないぞ?」
「もとよりそのつもりです。 ……それで、試験の内容は?」
「解らんか? この場に何がある」
当日にならなければ試験の内容は開示されない。
だが、男の言葉で周囲を見渡しても特徴的な物はない。木の武器が入った筒と、数人の正規団員。
地面に何か細工が施されている様子も無い。
そして、眼前には如何にも走り出してしまいそうな凶暴な笑みを浮かべる人物が一人。
――――導き出される答えは一つしかない。
「……正気、なんですよね」
「勿論だとも! 今回の試験はこの俺に一撃でも痛打を与えること。 生半可な攻撃をするようならば瀕死にまで追い込むから、そのつもりでよろしく頼むぞ」
無謀。
その二字が脳裏を通過しようとする刹那、凶悪な魔力が彼の全身から爆発するように噴き出した。




