冒険者78 急変
戦士団のトレーニングは俺が思っていた以上に厳しかった。
俺自身の元のレベルを参照しているのか、肉体の感覚がズレることはない。これは元々解っていたので戦えるのも自覚していたが、戦士団の訓練生達との力量差が然程開いていないのは驚かされた。
体力、力、頑丈さ、速さ。職業が加入直後から戦士団が設定されているためか、教官の教える技の数々を覚えていくスピードも並ではない。
普通、如何に達人に技術を学んでも即座に使えるようになる訳ではない。練習に練習を重ね、ゆっくりと肉体に挙動を馴染ませていくものだ。
これまでの冒険者達が技を取得して直ぐに使えているのはシステム側のアシストあってのもので、それが無ければ取得した技の練習に時間をかけていた筈だ。
やはり冒険者になれるあのシステムは反則的で、どうにも俺達側に有利過ぎる。元になった異世界でこれが普通であればそうではなかっただろうが、姿形や思考が似通っている以上は完全に離れているとも思えない。
兎も角、戦士団の訓練生にそれとなく話を聞いてみれば最速で半年程度の時間で正規団員になることが出来るようだ。
そこまでの速さでなれた人間は戦士団内でまだ数人程度で、異常な成長をする団員は総じて高い役職の持ち主になることも多い。例えば現在四つの部隊があるようで、その内の三つの部隊の隊長は若い内から多数の戦果を叩き出した逸材である。
特に興味は無かったので名前を聞いた程度だが、そんなに早く強くなれるのであれば保有している能力もきっと並ではないだろう。
今の俺では到底勝ち目はない。訓練生同士の戦いですら苦労する場面があるのだから、それより上の実力者と激突すれば敗北するのは目に見えている。
だが、訓練生には明確な実戦経験の不足があった。基本的にはモンスターとの戦闘が戦士団の基本業務になるのだが、その中で人と戦う機会も間違いなく多く発生する。
敵意を向けられる経験はこのトレーニングの中で幾度も味わうだろうが、殺意を向けられる経験はそう何度もないだろう。
逆に俺は最初から殺し合いが前提だった。命を奪うか奪われるかで経験を培ってきたので、敵意よりも殺意の方が実際は経験数は多い。
だから、殺す寸前の度合いが俺には解っていた。何処まで攻撃すれば相手は死なず、降参するかのラインを見極めて超えないように力を振るったのである。
意識を失う前までの全能力は現在使えない。制限されている感覚が無いので、最初から外されていると見るべきだ。
頼れるのは経験と、自前の知識のみ。未来の俺視点で齎された情報を全力で使用すれば、訓練生が使う技や魔法を初見で突破するのも不可能ではなかった。
故に、俺が優秀者となるのも不自然ではない。
子供相手に大人が本気で対策をしたようなものだ。全体的な知識量が不足している者達にそれよりも多くを知っている人間が戦えば、成績に差が生まれるのは必然だろう。
記憶を失っている人間のすることではないが、言い訳として直感でごり押している。普通に生活している中ではそんな言い訳は即却下になるも、能力のある現環境であれば通ってしまう。
彼等の認識としては、それまでの過去を忘却した代償として才能が開花した――だろうか。
今の俺は可哀想な人間ではなく、悲惨な状況を糧に這い上がる挑戦者だ。未だ模擬戦で一回でも敗北を刻んでいないからこそ、このまま勝ちを積んでいけば正規メンバーに選ばれてもあまり見下されずに済むかもしれない。
「凄いなファシー! 今日も負け無しかよ!!」
「ああ、今日も無事になんとかなったよ。 本当、直感が無ければどうなってたか解らないな」
「いや、能力も凄かったけどあの度胸! 炎の壁みたいなのによく飛び込んでいけるよな。 焼け死ぬ心配はしなかったのか?」
「殺傷行為は禁止の筈だろ。 相手もそれが解っているから壁を薄くしていたんだ。 本番ならもっと厚くして抜ける前に焼かれる痛みで身動き出来なくなるよ」
トレーニングに参加して今日で何日目だろうか。
最初の数日が限界だと思われた俺の残留は、今のところ教官の報告によって伸びている。
再試験の話も出て来ず、今の俺は宙ぶらりんの状態だ。早い内に辞めるか残るかを決めないと徐々に周りから微妙な目で見られかねない。
なるべく模擬戦だから勝てたと言うようにしているものの、こんなのは所詮時間稼ぎだ。周りは凄いと言ってくれているのでなんとかなっているが、彼等が実際の戦場に出たら認識するだろう。
あれ、あの時の模擬戦って実は大したことなかったんじゃね?と。
そうなる前に姿を消したいのが本音だ。だから早めに予定を組んでほしいのだが、現実はそううまくはいかない。
周りの訓練生と別れ、俺の足は夕食時の食堂に向けられた。
分厚い木の扉を開けると、中からは料理の匂いと汗臭い男の臭いが同時に襲ってくる。
数多くの団員の食を支えるのは嘗て食堂を経営していたおばちゃん軍団だ。彼女等は恰幅が良く、威勢も良い。力強く大きな声からは弱々しさなど微塵も感じ取れず、逆にこっちが気圧されることもあった。
提供される食事は朝と夜で二回。メニューはその日の仕入れ状況で変わり、不作などで食料の購入が難しくなると教官に直談判して正規団員にモンスターの肉を取ってこさせるらしい。
肝が据わっているにも程がある。確かに教官職を得ているあの人物は通常の団員と比較すると立場が高くなり、ある程度の命令権も保有している。
だとしても食堂の都合で正規団員を動かすのはどうなのだろうか。――――まぁ、そのお陰で訓練生は特に食に困ることはないのだが。
「おーい、こっちこっち」
席は自由だ。長い机が複数置かれた食堂では交流も盛んで、正規団員の人間も居る。
部隊長クラスになると自分の執務室に料理を届けてもらうことも可能なようで、以前にそれが自分が偉くなった瞬間になるかもしれないと力説していた訓練生が居た。
何処に座るのか視線を彷徨わせ、手を強く振っているオッジの姿を見つける。
満面の笑みの彼に近づいていくと、何故か二人前のスープとパンがそこには置かれていた。
「お前の分も用意しておいたぜ」
「ああ、ありがとさん。 ……今日はなんだ?」
「メタルコータスの肉と無謀草のスープにマダラピッグの肉を挟んだパン」
「へぇ、美味いのかそれ?」
「そこら辺じゃ食えない飯だな。 あ、この場合の食えない飯ってのは悪い意味でだ」
「あー……成程ね」
机と同じ長さに座ってメニュー内容の良し悪しを聞こうと思ったが、少し嫌な顔をしながら教えてくれたオッジの言葉で理解させられた。
どうやら戦士団に提供される予算は少ないらしく、更に騎士団の予算が不足すると戦士団の予算を削って補填もしてしまうらしい。
そんな状況で訓練生の腹を満たすには、他より質の悪い食材でも使うしかないのが現実。
名前の尽くがあまり良く思えないのも何か理由がありそうだ。覚悟してメタルコータス――亀の肉をスプーンで掬って口に運ぶと、途端に眉を顰めてしまった。
「なんか、硬いな……」
「金属を食べて成長するって聞いたから、硬いのはそういう理由なのかもな……」
食堂の料理は当たり外れが大きい。
だが俺からすると、当たりだと思える料理は殆どない。その辺は日本の食に慣れているからだが、慣れてしまっているからこそ外れを引いた時は最悪だ。
今回はその中間。美味くもなければ不味くもない。非常に微妙で、草を食べてもパンを食べても評価が覆ることはなかった。
今日もこのまま、食事を終えて寝ることになるのだろう。
最近はトレーニングが仕事で、個人的に動くことは少ない。それはトレーニングそのものがきついのもあるが、戦士団側で禁止しているのもあるからだ。
個人の努力は大いに認めるところではあるが、かといってそれで怪我をしてトレーニングに参加出来ませんでしたでは意味がない。
やることをやった上で、残った時間の中で次に繋がる道を模索する。
戦士団側としてはそんな認識をしてほしいのだろう。それを訓練生がどれだけ察しているかは定かではない。
ただ、恐ろしい罰則が来るのが嫌でやっていない人間が大半の筈だ。
それなら俺もしない方が良いだろう。悪いやり方で目立つ気はないからな。
「――――失礼する」
そんな俺の思考を他所に、食堂の扉が唐突に力強く開けられた。
あまりに強すぎて壁に扉が叩きつけられ、今にも折れてしまいそうな音が俺達の鼓膜を叩く。
一体誰か。皆も気になって扉の方向に顔を向けると、そこには複数の男女が立っていた。




