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NTR人間、自身の末路を知る  作者: オーメル


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第十六歩 争いの理由

「立花さん!」


 その声は悲鳴だった。


 その言葉には驚愕の色があった。


 信じられない。信じたくない。榊原の胸中を支配する悲嘆は現実の直視を拒絶し、されど現状は残酷なままに進んでいく。


 冒険者が現れ、未だ一人も死者は生まれていなかった。それは翔が事前に情報をくれたからであり、老人が死者を出さぬように様々な交渉を重ねていたからである。


 利益追求を行うなら、翔も老人も冒険者が死ぬ現実を許容して突き進めば良かった。


 例え多くが死んでも自身や国の利益になるなら、それこそ榊原に情報を与えずに単なる一戦士として使い潰していただろう。


 有利な情報を渡して裏切られたら彼等にとって損だ。そして損切りするにも大変な労力が掛かり、結果として彼等の歩みを遅くしてしまう。


 翔は稀有な力を有している。その力は、今後冒険者をやっていく上で強力な戦力となるだろう。


 今は発覚した事実の所為で難しくなっていても、レベルを上げていけばまた大丈夫になると本人も語っていた。


 周りに配慮なんてする必要はなかったのだ。生きていく為、成したいことを成す為、翔はもっと我儘になっても榊原には一切の文句も無い。


 それだけの恩がある。感謝がある。好意がある。


 強くなってゆくゆくは一緒に活動出来たらなんて、思わない日は無かった。


 ――――それがこんな形で終わると、誰が想像した?


「見事。 正に見事。 本来であればこの程度の力量しかない者達に能力を使うつもりはなかった。 ……それを引き出されるなど、彼の強さを再認識しなければならないな」


 榊原達の耳にザークリフの惜しみない称賛の言葉が届く。


 嘘も偽りも、皮肉もそこには込められていない。ただ純粋に、あの一瞬の攻防に本気を出さざるをえなくなったと語っている。


 彼からすれば、これは勝負の結果なのだろう。目的の為に殺すと宣言して、その中で想像以上の結果を知ることになった。


 しかしそれは、被害を受けた側からすれば堪ったものではない。特に大事だと思う人間の死など、受け入れられない者には憤激ものだ。


 言葉を聞いた榊原の全身が震える。それは怖れではなく、極限まで高まった赫怒が引き出す身体の反応だ。


 戦闘の意思は依然継続中。既に肉体は限界を超え始めているが、彼女の中に戦わない選択肢は存在しない。


「――――死ね」


 生涯生きてきて、およそ初めてと言ってよい程の殺意だった。


 握り締めた剣が称賛するザークリフの首を狙う。その一撃を彼は素直に受け、やはり弾かれる。


 能力を使用しているのは一目瞭然。並大抵の火力ではあの硬度を破壊するのは不可能に近い。


 榊原の姿が消える。他の冒険者達を置いてけぼりにして、音速の世界で縦横無尽に駆け巡る。


 走者の特性は速度の上昇。限界を無視すれば、理論上は光よりも速くなる。


 一秒に刻まれる斬撃が十回に増え、その全てをザークリフは何もせずに受け止めた。


 肌には薄皮一枚のダメージも存在せず、ただ硬い物に当たった感触を剣越しに榊原は感じる。


「折角の余韻を邪魔するな。 何も出来ないのなら大人しくしていろ」


 無駄な足掻きだとザークリフは断じた。


 それは真実その通りであり、榊原とて解っていることだ。だが、それでは榊原の感情が納得しない。


 今も広がる赤い池。翔を中心に広がる血液は止まらず、最後の一滴が流れるまで止まりはしないだろう。


 既に身体は青白い。心臓は動かず、内臓にも甚大なダメージが刻まれてしまっているのは明らかだ。


 彼は若人だった。未来を知っていても、それは所詮情報のみであって――――翔は榊原よりも年下の未来ある青年だったのだ。


 どうしてこうなる。どうしてそうする。話し合いで解決する道だってなくはなかった筈なのに、何故そんなにも短絡的に結果を決めるのだ。


 向こうが酷い状況なのは解っている。きっと異世界は榊原達が考えるよりも危機的で、本当ならばもう移住を始めてしまいたいのかもしれない。


 翔がいきなり切り掛かったのも悪い。話し合いをしたいなら武器を構えてはいけないのだ。


 でも、それが彼が死ぬ要因にはならないだろう。気絶させるだけで終わりでも良かった。何なら骨が折れていても仕方ないと飲み込むことも出来た。


 殺すなど、本当に最後の選択の筈だ。もしも安易に殺すのがそちらの常識だと語るなら――――榊原とて異世界の連中を許容など出来ない。


「何故殺した!」


「それは向こうが始めたことだろう」


「殺さずにも出来た筈だ! 貴方はそれだけ強い!」


「殺さない意味が解らんな。 仮に必要だったとして、私はそのような中途半端な真似はせん」


 一秒に刻まれる斬撃が三十を超えた。


 様々な箇所を刃は叩き、服に僅かな切れ込みが入る。


「この場はダンジョン。 戦いの場だ。 ならば味方でない限り、その相手は死んでも仕方あるまい。 お前とてそれは一緒だろう?」


「違う!」


 斬撃が五十を超えた。


 乱れる剣はザークリフをもってしても朧気になり、自分が今何処を斬られているのかも定かではない。


 それでも、持前の能力が全てを防ぐ。何故なら彼女は速いが、一発一発の火力があまりにも低過ぎるからだ。


「人なら言葉を交わすことだって出来るでしょう!?」


「くだらんな。 我々の世界の人間からすればそのような悠長な真似など絶対にせんよ。 怪しければ殺して終いだ」


「……それがそっちの道理だと言うのなら」


 目を見開く。激情が全身から溢れ出る。


 これからの言葉が地球と異世界の未来を左右するのは解っていた。本当ならば、こんな状況になってでも冷静でいなければならないとも。


 でも無理だ。知っている人間が死ぬのまではまだ引き返せても、大切な人が死んでは引き返せない。


 眼前の相手は人などではなかった。人の形をした、まったく未知の化物でしかない。


 そんな連中が今後も異世界から定住しようとするなど断固として認められはしなかった。


 もしかすると、翔はこの性質を早い内から見抜いていたのかもしれない。


 だとするなら、自分はなんて馬鹿な女だったのかと彼女は自責した。語彙の限りを尽くして罵倒を叩き付け、同じだけの憎悪を相手に向ける。


「貴方達に居場所はありません。 どうぞそちらの世界で滅んでください」


「――言ったな」


 彼女の怒りを表すが如く、全身から空気摩擦の白煙が立ち昇っている。


 剣を突き付け、榊原の瞳は鋭い。正しく戦士としての立ち姿に、ザークリフもまた拳を構えて戦う姿勢を見せた。


 双方、互いの意思は明白。


 価値観がまるで違う二人は反発し、どちらかが死ぬまでこの激突は止まらない。


 榊原には分の悪い賭けだった。全身は熱く、ジャケットは熱した鉄板のように彼女の肌を焼いている。それから逃れる為にジャケットを脱げば、今度は空気との摩擦でやはり肌が焼けていくだろう。


 重症化は免れない。回復薬を飲んでも十分に身体が治る保証は無かった。


 それでも、だがそれでも。彼女は進む道を選ぶ。それこそが、翔に報いる唯一の方法だと思うから。


『――へぇ、良い人じゃん』


 その様子を見ていた者が居た。


 見開かれた死体の瞳越しに声の主は微笑み、しかしと言葉を続ける。


『でもこれじゃあ、結果は見えてるかな』


 どちらが勝つのかを声の主は確信していた。


 天地が引っ繰り返ってもこの予測は変わらず、誰かの介入が無ければ榊原は間違いなく死ぬ。


『仕方ないなぁ。 ちょっとだけだぜ? ソア』


 言葉とは裏腹に彼女の声は明るかった。楽し気な言葉は外の空気を震わせず――――死体の瞳に金の輝きが灯る。幾何学模様を描いた陣が浮かび上がり、今この瞬間にソレは真の姿を世に現した。

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