冒険者59 育成結果と袋小路
「一週間、お疲れ様でした!」
大きな男の声が会議室に広まった。
部屋に集まっている他の人間も一斉にお疲れ様でしたと叫び、普段は資料を置いている長机に今は大量の食べ物が並んでいる。
その場には何故か俺も居て、しかも左右の間にある所謂お誕生日席に座らされていた。
一番近い席には榊原と山田が座り、彼女達も解放感のある笑顔を浮かべて片手に酒缶を握っている。
一週間の新人育成は、俺達に多数の現実を教えてくれた。
一般人を冒険者にするのは簡単でも、戦わせるとなると慣れるまで時間が掛かること。取得した職業の中から特殊職が出て来る確率があまりにも低いこと。
消耗品の具体的な個数や、想像以上に監督役は能力についての知識が求められた。
俺に寄せられた質問も殆どが能力についてであり、個性の強さは思ったより高くない。
とはいえ、それでも無個性しかいない訳じゃない。突出した冒険者は特徴として、個人行動に出る頻度が多くなってしまっていた。
追い付けないと思って歩み寄るのではなく、ぶっちぎって単独行動に動くのは長く活動していく上であまりよろしくない。それが許されるのは単純に強いか、よっぽどの理由がある場合のみだ。
俺も一つのグループに入って中から新人の様子を見たが、正直まだまだダンジョンの浅い層で鍛錬を積んでいた方がいい。
彼等のレベリングは酷く守りに入っていて、果敢に攻めてレベルを上げる光景はまったくと見ることはなかった。
自信過剰になるよりは臆病な方が良いが、今回はほぼほぼ守れる監督役が居る。多少の無茶をしても守ってくれる冒険者が居てこの結果では、あまりに効率が悪いだろう。
まぁ、こんなのは所詮俺個人の考えだ。常識的に考えるなら、死なないように全力で取り組むのは悪い話ではない。
ここで敢えて責め立てることを重視させて、それで突撃を第一に考えられても困る。
突っ込むべきに突っ込み、退く時はさっさと退くのが最善だ。だから俺のこの思考は、かなり物事を急かしている。
「既に新人達は帰宅させています。 高次警視監殿にも許可をいただき、零時までは我々の自由時間として使えます。 本日は盛大にいきましょう!」
『おー!!』
フラストレーションは双方に溜まっている。
新人は家に帰ってから二日間の休日を与えられていた。その間にリフレッシュをしてもらい、今後の実務に精を出してもらう。
一方で山田達も解っているとは言えない環境で一週間も監督役をしてくれた。その苦労を老人も理解して、ギルドの幾つかの部屋を宴会場所として使えるようにしてくれたのだ。
持つべきは理解ある上司だとはとある冒険者の言葉だが、実際にこうして喜んでいるのであれば間違いではないのだろう。
俺が此処に居るのは、まぁ呼ばれただけだ。人間関係の構築にも頑張らなければならないと決めた今、こういった飲み会のような集まりにもある程度集まっておかなければなるまい。
本当は嫌だけど。すっごい不服だけど。俺の権限で今から離れられないかな。
山田以外にも居る所為で今はサングラスとマスク着用だ。飲み物や食べ物を口に入れるにはわざわざマスクをずらさなければならない。
実家には早速ちょっとした歓迎会に参加すると言って遅くなるのを伝えてある。
一週間も帰宅していないので家族からは心配のメールが来たが、合間合間でメールで安否を送っておいたのでそれほど深刻な文面は来ていなかった。
ダンジョンからギルドに戻ったのは約十七時。そこから解散して、今は十九時近くになっている。
流石にこの時間で手の込んだ料理を用意するのは不可能だったので、今並んでいる品は全て出前で揃えていた。ちなみに支払いは老人持ち。大変太っ腹である。
「……お体の具合はどうですか?」
大の男や女が子供のように騒ぐ中、榊原が小さく此方に語り掛ける。
その目に心配の念を乗せている彼女に俺は目を細めて笑い掛け、首を左右に振った。
それだけで俺の現状を察したのだろう。途端に眉を寄せて悲し気な顔を浮かべてしまった。
「まだ回復薬でなんとかなるラインですが、正直長く持つとも思えません。 半年もすれば動けなくなるかもしれませんね」
「そんな……」
「どうにか手は打てないのでしょうか? 治療は不可能でも、せめて緩和させるくらいは出来れば――」
「難しいでしょうね」
嘆く榊原に山田が今度は入ってくる。
彼も解っているが、俺のこれは普通の怪我や病ではない。単純に器に入りきらない量の水を無理に収めているようなもので、時間が経てば経年劣化で器は割れてしまう。
緩和させるにしても、どうやって水を減らせばいいのか。その辺はナラに聞けば解るかもしれないと思うも、敵の言葉を聞き入れるのは拒絶反応が出る。
だから俺なりに未来の情報を漁って考えみたのだが、あまりイケると確信出来る情報は無い。
確率であればあるにはあるものの、それも前提条件が些か厳しくなっている。正直、一ヶ月や二ヶ月そこらで用意するのは不可能だ。
「可能性の範囲であれば、簒奪者か審判官の職を持つ人間が居れば出来るかもしれません」
「それは……両方とも特殊職なのでしょうか」
「そうですね。 条件は解り易いので判明していますが、それでも普通に生活していて取得出来るものではありません」
簒奪者と審判官。
これはどちらも特殊職扱いされる職業だ。簒奪者は言葉通りに相手から何かを奪う能力を保有しており、これは能力と技能も奪うことが出来る。
現状、神の眼と思わしき技能を俺は二つシステム画面で確認していた。
どちらも文字化けでも起こしているような内容で、まったく情報を読み取ることが出来ない。
これのどちらかが神の眼であれば、簒奪者に奪わせることで肉体への負担が無くなるだろう。その反面、奪った側は即座に肉体を四散させるかもしれない。
簒奪者が奪った能力や技能は、原則として元の持ち主に戻ることはない。唯一戻す方法は簒奪者が自主的に戻してあげることだけだ。
直ぐに身体が破裂すれば、技能は帰ってこない。その時点で俺の肉体は健全な状態に戻るわけだ。
そしてもう一つの審判官は、主に罪に対して罰を下す能力を保有している。
この罪が重ければ重い程に審判官は多数の罰を行使可能で、その中には能力や技能の完全凍結も含まれていた。
これはつまり力を使えなくなるのだが、もしかすれば俺の症状を止められるかもしれない。
完全凍結は時間停止のような停滞を強制する。爆発前の状態で停止させておけば、俺の肉体が破裂する前を維持出来るのではないだろうか。
「どちらかが居れば試せるかもしれませんが、簒奪者については相手を殺しかねません。 現状では探すのは得策ではないでしょう」
「となると審判官を探すしかありませんね」
「いえ、審判官も目的の能力を獲得するまで長くなります。 能力の凍結はほぼ終盤ですからね……」
「……そうなりますと、やはり純粋にレベルを上げるのが最速なんですね」
暗い声で榊原が結論を語る。
そう。結局のところ、この可能性は全てレベルが最高位に近いのを前提にしている。
簒奪者も審判官も最初から問答無用で力を振るえる訳ではない。その点だけはどんな職業であろうとも避けられない。
「中国に行く予定はどうなっていますか?」
「恙無くといったところですね。 貴方を此処に置く理由も近々ギルド内で公表する予定です」
「そうですか……。 騒ぎにならないと良いんですが」
緩和も治療も不可能ならと、中国の話題を出す。
今のところは何も問題はない。だがまだ、俺は何かが起きるとずっと不安に思っていた。




